第19話 金髪の獅子と白銀の剣豪。荒野に咲く花と再びの嵐
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一難去ってまた一難の展開がやってまいります。
その一難に乗っかって迷惑な親戚の叔父さんが登場します。
こういう人が来るときは碌なことがありません。
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
白銀の領主館、最奥、練武場。
外の喧騒を遮断した、石造りの塀を持つ庭園の一角に、二つの火花が散り、鋼の打撃音が重厚に響き渡っていた。
「……はぁ、……っ、はぁっ!!」
ザルカスは全身から滝のような汗を噴き出し、肩を大きく上下させていた。手にした練習用の木刀は、脂汗と熱気で滑りそうになるのを必死に堪えている。
対するオルトは、数分間に及ぶ激しい攻防の後だというのに、呼吸一つ乱れていなかった。その立ち姿は鏡面のような静寂を保っている。
「……良い腕だ、ザルカス殿。実に見事な、そして誠実な刃だ」
オルトは満足げに目を細め、自ら傍らの水差しを手に取ると、ザルカスへと手渡した。
「王都の御前試合で見るような、型をなぞるだけの『お座敷の剣』とは根底から違う。……貴殿が北の地で、あのシンバを支え続けてきた理由が今の一太刀でよく分かった。泥臭く、最短距離で命を奪いに来る……その実直な実戦の剣術。久々に、心躍るやり取りだったよ」
大剣豪からの最大級の賛辞。だが、それを受けたザルカスは、手渡された水を飲むことさえ忘れ、己の指先の震えを必死に抑えていた。
(……心躍る、だと? 冗談じゃねぇ……)
ザルカスは先ほどの攻防を反芻し、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。
自分は殺すつもりで打った。クランに伝わる秘伝も、戦場で編み出した汚い小細工も、すべてを乗せて。だが、この王族は――受け流すことさえせず、ただ『そこに居ない』かのようにすべてを無効化してみせた。
(次元が違う。ガルハート殿が『すべてをなぎ倒す嵐』なら、この御人は、剣を振る前に勝敗が消滅している『虚空』だ……)
ザルカスは居住まいを正し、畏怖を込めて深く頭を下げた。
「……領主様。俺みてぇなドブ板の剣を、そんな風に言って頂けるたぁ……。ですが、俺の刃なんて、貴方様の領域から見りゃあ、止まっているも同然だったはずだ」
「謙遜はよせ。その『止まって見える』刃で、我が息子を支えてやってほしいのだ。……さて」
オルトの瞳から武人の愉悦が消え、領主としての、そして一人の父親としての鋭い光が宿る。
「ザルカス殿。……本題に入ろう。剣を交え、共に戦った貴殿の目に、我が息子カインはどう映った?」
オルトは、親の甘さを排した厳格な口調で問いかけた。
「一つは、北方のクラン《鋼鉄の牙》の副団長として。あの歪な男に、戦場を預ける価値があるか。
もう一つは、シルヴィ殿の叔父として。あの男に、姪の隣を歩ませる資格があるか」
ザルカスは、深く息を吐き出した。領主への礼を失せぬよう、かつ傭兵としての直言を隠さず、彼は言葉を選び出す。
「……ならば、包み隠さず申し上げます。領主様。副団長としての俺の目は、若君を『異才』と見ました。正直に言えば、技は二流、肉体は三流だ。……ですが、そんなもんは後からどうとでもなります。飯を食わせ、場数を踏ませりゃあ、いくらでも化けるもんです」
ザルカスは一度言葉を切り、凄みのある、けれどどこか温かい笑みを浮かべた。
「だが、一番肝心な……教えられて身につくはずもねぇ『芯』の部分が、あの若君には備わっていやがった。……あの土壇場で、自分の命を計算式の一行に入れて、笑って盾になりやがる。地上に出てるのは小さな若芽かもしれねぇが、その下には、俺ら傭兵も驚くほど深く、ぶっとい根を張っていやがる。踏まれりゃ踏まれるほど強く咲く……あの男は、**『荒野に咲く花』**のような器を持ってます。……反吐が出るほど、あのクソったれな俺たちの団長のやり口に似てやがるんですよ」
「……そうか。あやつをそう評価してくれるか」
オルトは呆れたように肩を揺らしながらも、その瞳には慈しみが宿っていた。
「ザルカス殿。実は、私の娘たちからも聞いているのだ。貴殿の姪、シルヴィ殿のことをな。……ヒサメは剣の筋を、メイは詠唱の感性と耳の良さを。そしてセーラは、彼女がどれほど真摯に学問を愛しているかを熱心に語っていたよ。……剣の才に恵まれながら、なお知を求めようとするその瞳。だが、戦場育ちの彼女が一人でペンを持つには、この世界はまだ少しばかり、泥濘が深すぎる」
オルトは一歩踏み出し、ザルカスの肩に、一人の父親としての切実さを込めて手を置いた。
「カインは歪な男だ。王族の矜持を持ちながら、誰よりも泥にまみれ、隣に立つ者の痛みを己の痛みとして引き受ける。今回の戦いを見て、ようやく理解したよ。……あやつは独りにしておけば、いつか誰かのために自分を使い潰してしまう。……だからこそ、ザルカス殿。シルヴィ殿を、カインの側室として迎えさせてはくれんか」
「……っ!? 領主様、本気……なんですかい。俺たちの姪を、あんた様の一族……『家族』として……」
「ああ、本気だ。あやつが**『荒野に咲く花』**として土を掴むのなら、その隣には、北の地を知り尽くし、あやつの独りよがりな自己犠牲を笑って支えてくれる最高の『家族』が必要だ。……ザルカス殿。私と一緒に、あの中途半端に優しすぎる息子と、夢を追う少女を……『家族』として見守ってくれんか?」
ザルカスは、絶句した。
これまで、北方の巨大クランである自分たちを取り込もうとする大貴族は掃いて捨てるほどいた。だが、奴らが提示するのは常に「金」の話ばかりだった。自分たちを便利な道具として買うための、金貨の積み合い。
だが、目の前の王族は違う。
彼は姪の個人的な夢を把握し、息子の欠落を認め、それを補うための「血脈」――「家族」としての絆を求めてきたのだ。
(……参った。他所の連中ときたら、金貨の山を積めば俺らが首を縦に振ると思ってやがった。だが、この領主様は……俺たちの誇りを、家族として丸ごと抱え込もうってのか……)
ザルカスは、オルトの眼差しに、王族としての絶対的な威厳の裏側にある、ただひたすらに「子供たちに生きて幸せになってほしい」と願う、一人の父親としての親心を読み取った。
(……王族の御方が、ただの『父親』として俺に頭を下げてきやがった……)
ザルカスは静かに、しかし力強く頷き、深々と頭を下げた。
「……領主様。そんな風に言われて、断れる傭兵はいやせん。……あのアホみたいに真っ直ぐな若君と、うちの可愛い姪っ子を独り歩きさせねぇよう、俺たちクランの総力を挙げ、血の誓いを持ってお支えいたしましょう」
練武場の外では、春を呼ぶ北風が吹き始めていた。
王族の威厳と、傭兵の執念。二つの魂が「家族」という絆で結ばれた、静かな、しかし確かな夜明けだった。
***
アルカディア中央聖堂。その一角にある、清浄な魔力に満ちた医務聖域。
真っ白な天蓋の下で、聖母グレゴはゆっくりと目を開けた。胸の奥には、今も消えない黄金の熱が疼いている。
「……聖女様……。わたくし、どのくらい眠っていたのかしら……」
傍らには、地母神の代弁者である聖女メルツラが静かに佇んでいた。
「おお、気が付いたか、グレゴ。半日ほど意識を失っていた。……貴様を診た医師たちが首を傾げておった。外傷はないのに、魂そのものが、あまりに強い『神の奔流』に焼かれ、疲弊しているとな」
グレゴは、震える手で自身の胸をそっと押さえた。あのガルハートという男に、魂の芯まで打ち抜かれた場所だ。
「……あの一撃を受けた瞬間から、神意が……地母神様の残滓が、わたくしを媒介にして、狂おしくあの方を呼んでおられるのです。世界樹の庇護という創生の理さえ、今はあの方の影に隠れてしまうほどに。……ええ、地母神様は、今この瞬間、世界の存続よりもあの方お一人を求めていらっしゃいますのよ……。なんて、愛おしくも恐ろしいことかしら……」
頬を微かに上気させ、うわ言のように語るグレゴに対し、メルツラは冷徹なまでの静謐さを保っていた。
「……ええ。神がこれほどまでに激しく、たった一人の魂を求めておいでだ。……ならば、我らはただ、その御心を執行するのみ。ライナル王国への関税、および全方位からの圧迫を即時に開始せよ。神がお一人を求められるのであれば、我らはその足元を飾るために、道を舗装せねばならぬ」
メルツラの瞳に宿るのは個人的な感情ではない。神という巨大な意思に飲み込まれた「装置」としての義務感であった。
場所を同じくして、アルカディア外務省の外事執務室。
そこでは、神意を「外交カード」という名の冷徹な武器に変換する作業が進められていた。
「ルナールを除く隣接諸国すべてへの通達は完了した。関税は即時、現行の三倍へと書き換えられる。これに連動し、市場では穀物相場を吊り上げさせろ。明日の朝には、王都のパン一つを民が奪い合うほどの混乱が起きるだろう」
外交官の一人が、署名されたばかりの勧告書を閉じ、事務的な口調で続けた。
「身柄要求のロジックは、『第三国による国際テロの陰謀説』だ。背教集団『鋼鉄の牙』の背後には、二国間の分断を狙う工作員の関与が疑われる……とな。この不穏な風聞を王都の新聞社へ流せ。民衆の物価上昇による怒りの矛先を、元凶である『傭兵を囲うスターレ家』へと向けさせるのだ。内側からの突き上げが激しくなれば、ライナル王家とてスターレを切り捨てざるを得まい」
「ああ。表向きは犯罪者として扱わねば、ライナルの法を飛び越えての強制連行に正当性が持てんからな。スターレが抵抗すればするほど、彼らは自国を飢えさせ、他国の工作員を庇い立てする大逆人となる。……だが、実務に当たる者たちには厳命しておけ。あの方の御髪一本、肌の一傷たりともつけることは許されぬ。我らが迎えるのは、容疑者の皮を被った『神聖なる至宝』なのだからな」
窓の外では、夕暮れ時の広場に集まった民衆が、穏やかに聖歌を歌っている。
「……昨日のアデラ地区の洪水も、地母神様が僧侶に授けた予言のおかげで防げた。神の理不尽に従った先にこそ、救いがある」
「左様。神がお一人を求められるのであれば、我らはただ従うのみ。それがたとえ、隣国を飢えさせ、一つの家門を圧殺することになろうとも。……我らはただ、滞りなくあの方を神の檻へと奉納するのみだ」
彼らは揃って胸に手を当て、祈りを捧げた。その瞳には、抗いようのない「信仰」という名の盲目さが宿っていた。
***
その頃、ライナル王都。外務省の実務官たちは、アルカディアから届いた不自然極まる勧告と、アルカディア資本による国内新聞社への「スターレ家弾劾」のリークを掴み、戦慄していた。
「急げ! 至急、北方のエレン殿へ先触れを出すのだ! 公式な通告が届く前に、せめて概要だけでも……!」
かつての同僚たちがスターレ夫妻への助勢に奔走する裏で、アルカディアの密使は、一人の男の虚栄心に火を灯していた。
ヴァロワ公爵家当主、エドワード・アルマ・ヴァロワ。現国王の叔父であり、王族の長老である彼は、かつて先代スターレ公によって恥をかかされたという屈辱を、生涯消えぬ火として抱え続けていた。
「(ふん、他国の工作員に謀れたか。オルトめ、北の泥を啜るうちに、王家の尊厳まで泥に塗れたか。……私がその『至宝』を引き立て、不始末を詫びてやろう。無能な身内を持つと、長老も苦労するところを世に示す絶好の機会だ)」
自尊心を保つためにスターレ家を「野蛮な雑用係」と見下し続けてきたエドワードは、積年の遺恨を晴らすべく、歪んだ笑みを浮かべて馬車を走らせる。
神の意志と人の悪意。その二つを詰め込んだ馬車の車輪が、冷たい泥を跳ね上げながら、静まり返ったスターレ領へと確実に近づいていた。
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