第18話 金髪の獅子と白銀の勲章。【後編】 種馬の涙と、遅い春
いつもお楽しみいただきまして誠にありがとうございます。
カインとシルヴィの後日談、後編になります。
自分の負い目で苦手になった人は誰でもいるものです。
この似た者二人も同じです。
彼らが乗り越えなければならない人々
お楽しみください。
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
静まり返った深夜の病室。
カインはシルヴィの問いに答えていた。
「……ガルハート殿を、どう思うかって?」
カインは、包帯の巻かれた自分の掌を見つめる。
「努力の向こう側……。僕たちがどれほど一生懸命に石を積んでも届かないような、圧倒的な高みにいる人だ。……あの日、あの人が障壁を貫いた一撃はね。僕のこれまでの『剣』という概念を、根底から覆してしまったんだ」
カインの瞳に、静かな熱が宿る。
「……あの人の剣は、僕らには到底届かない彼岸にある。けれど、あれは天才の閃きなんかじゃない。一振り、一振りを、気が遠くなるほどの年月、ただ愚直に積み重ねた者だけが辿り着ける……そんな『地層』のような道が見えたんだ。……だから。だからこそ僕は、確信した。……僕もあそこまで石を積み続ければ、いつか、あの背中に届くはずだって」
シルヴィは、カインの手を握る力を強めた。
「……私も、覚えています。幼い日、シンバ父様が一騎打ちに臨んだ時のこと。……けれど、あの男が踏み込んだのは、たった一瞬。……剣を振り抜く音さえ聞こえなかった。ただ、金色の巨大な獅子が、父様という『人間』を紙切れのように弾き飛ばした……そんな光景でした」
シルヴィが、真っ直ぐにカインを見つめる。
「……でもね、カイン様。……絶望の淵で、ボロボロの白銀の鎧を纏って、私を、私の生き方を肯定してくれたのは……。私と一緒に戦ってくれたのは、貴方でした」
シルヴィの手が、カインの指に強く絡みつく。
「……私は、カイン様に惹かれました。黄金の獅子ではなく、目の前で傷だらけになって笑ってくれた、貴方に」
「……シルヴィ。僕は、カイン・アルマ・スターレだ。父様たちのような圧倒的な『武』は、まだ僕にはないかもしれない。……けれど、あの日……君と背中を合わせて戦った時、僕は初めて自分の『剣』に意味を見つけられた気がする。……君が僕の生き方を肯定してくれたように、僕も、君の故郷と、君の誇りを取り戻すために、この名に懸けて戦うよ」
「……はい。……カイン様。貴方は、私の、白銀の騎士様です」
唇が重なり合わんとした二人を祝福するような沈黙、それを廊下から響く不謹慎なほど軽い足音が踏みにじった。
「おっと。……ガハハ! 悪いな御両人、一番いいところだったか?」
酒瓶を片手に、今しがた通りかかったと言わんばかりの気楽さで、ガルハートがひょっこりと顔を出した。
「なっ……!?」 「が、ガルハート殿っ!?」
二人は火が付いたように真っ赤になり、弾かれたように距離を取る。カインは慌てて毛布を被り直し、シルヴィは顔から火が出るほど俯いて、逃げるようにベッドから立ち上がった。
「……あ、あの、私、お水をもらってきますわッ!」
シルヴィが真っ赤な顔で部屋を飛び出そうとしたその時、ガルハートがその巨躯で扉を塞ぐように立ち、酒瓶を掲げた。
「ガハハ! 逃げるこたぁねぇだろ、お嬢ちゃん。……カインの野郎の顔、見てやりな。あんなに情けねぇツラしてたのが、今は少しだけマシな『男の顔』になってやがる。……あんたのおかげだぜ」
その言葉は、シルヴィの逃げ腰な心を力強く撃ち抜く、「叱咤」と「肯定」として響いた。 カインが「男」になった。あの日、死の淵で互いに守り合い共に戦い抜いたことで、自分たちは二人の力で「本物の強さ」を掴み取ったのだと、目の前の「黄金の獅子」が確かな事実として認めたのだ。
だが、その不敵な笑い声を聞くたびに、彼女の脳裏には父シンバの血に塗れた利き腕が、そして圧倒的な力で自分たちの世界を粉砕した男の影が、消えない棘となって疼き出す。
感謝はしている。カインを導き、自分たちを救い出した「恩人」であることは痛いほど分かっている。
しかし、この男は、北方最強とまで謳われた父シンバを「敗者」へと叩き落とした、畏怖すべき「王」なのだと。
いつまでも、この威圧感から目を逸らして逃げ続けるわけにはいかない。
それは、自分を救ってくれたカインの隣に立つ者として、何より《鋼鉄の牙》の誇りが許さなかった。
シルヴィは止まらなかった。無粋な乱入によってかき乱された鼓動を、無理やり「鋼鉄の牙」の誇りで抑え込む。
「……ガルハート、殿」
シルヴィは、絞り出すような声で呼びかけた。
「……いえ、……傭兵王、様」
シルヴィはその巨躯の前に、膝を折らんばかりに深く、深く頭を下げた。
「……私たちの不徳のせいで、貴方にも……そしてカイン様にも、取り返しのつかない傷を負わせてしまいました。……本当に、申し訳ありませんでした」
床を見つめるシルヴィの視界に、ガルハートの履き古されたブーツが映る。静寂が流れ、彼女の背中に冷たい汗が伝った。
「ガハハ! 謝るんじゃねぇよ、お嬢ちゃん」
頭上から降ってきたのは、呆れたような、けれどどこか温かい笑い声だった。ガルハートは面倒そうに鼻を鳴らし、酒瓶を傾ける。
「……あいつが自分で選んで、自分で盾になったんだ。その『重み』を、謝罪なんて安いもんでチャラにしようとするな。それは、あいつの覚悟を侮辱するってことだぜ」
シルヴィは弾かれたように顔を上げた。ガルハートの鋭い眼光の奥には、カインへの確かな、そして対等な「武人」としての信頼が滲んでいた。
シルヴィは拳を握りしめ、ずっと胸の奥に澱のように溜まっていた問いを、震える声で口にした。
「あの……一つだけ、教えてください。……私の父……『鋼鉄の牙』シンバは……強かったのでしょうか」
ガルハートは動きを止め、天井を見上げた。その脳裏に、かつて北方の吹雪の中で刃を交えた、一頭の猛々しい野獣の姿が浮かぶ。
「ああ。……強かったぜ。あんなに執念深くて、野蛮で……部下を思う心だけは人一倍だった男は、そうはいねぇ」
ガルハートは不敵に笑い、シルヴィの目を見据えて断言した。
「俺が今まで出会った剣士の中で、あの領主様から、ちょっとだけ離れた『二番目』に強かった。間違いなく、北方では最高の豪傑だったぜ」
シルヴィの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。「二番目」。それは、この世界最強の男にとって、自分と相対した男への、不器用な賛辞だった。
「っ、……ありがとうございます……っ!」
シルヴィは声を押し殺して泣いた。父の敗北は無意味ではなかった。父が積み上げた石は、確かにこの峻厳な峰の記憶に刻まれていたのだ。
***
一方、その頃。
病室の重厚な扉のすぐ外では、王都から馬を三頭潰して帰還したばかりのオルト・アルマ・スターレが、ドアノブに手をかけたまま、石像のように硬直していた。
(……シンバが二番目……。……あの傭兵王が、私に次ぐと……!?)
かつて北方の戦場を震撼させた『鋼鉄の牙』シンバ。
王族という血筋ゆえ、在野の強者と私闘を演じるなど許されなかったオルトにとって、シンバは長年、強烈に意識し続けてきた存在だった。
自分が王都の政務と格式に縛られている間も、戦場を縦横無尽に駆け、その牙で「最強」の一翼を担っていた男。刃を交えることが叶わぬからこそ、武人としてのオルトの心の中で、シンバの存在は巨大な幻影となっていたのだ。
そのシンバよりも、自分の方が「離れて」強いと。自分にとって遥かな高みに座す「峻厳な峰」であるはずのあの傭兵王が、他人の前で、こともなげに言い切った。
(……っ、……。……く、……ふ、……っ)
天下十剣筆頭として、孤独に「最強」の看板を背負い続けてきたオルトの胸に、かつてないほど熱く、爆発的なまでの「喜び」が込み上げる。認められたのだ。世界で唯一、自分がその背中を追うに値すると信じた男に、明確に「一番」だと。
(……これでは……入りにくいではないか。……どの面を下げて、中へ入ると言うのだ。……顔が、戻らん……っ)
端正な顔を真っ赤に染め、最強の剣士として鍛え上げたはずの表情筋が、ニヤけそうになる口元を抑えきれずに小刻みに震えている。彼は片手で顔を覆い、扉の前で行ったり来たりと不審な足踏みを繰り返した。
だが、中から聞こえるガルハートの「ガハハ!」という笑い声。そして、すすり泣くシルヴィの気配を感じ、彼はようやく、自らの頬を一度、鋭く叩いた。
一瞬で、浮ついた歓喜が消え去る。そこには、王都の貴族たちが畏怖し、領民が平伏する「天下十剣筆頭」の冷徹なまでの静謐が戻っていた。オルトはゆっくりと、けれど確かな重みを持って扉を開いた。
「……ふん。いつまで扉の番人をしてやがる、領主様」
不意に開いた扉の先で、酒瓶を片手にしたガルハートが、すべてを見透かしたようなニヤけ面で立っていた。
「……ガ、ガルハート殿。……今、着いたところだ」
「ガハハ! 嘘をつけ。鼻の下が伸びっぱなしだぜ。……中のお熱い二人さんに当てられたか?」
ガルハートはすれ違いざま、オルトの肩を力強く叩く。
「……息子を傷物にしちまったが、文句はねぇな? その代わり、地べたを這って女を守り抜く、最高のねじくれ息子に仕立ててやったぜ」
オルトは一瞬、自分が追ったシンバの影を振り払うように一度だけ目を閉じ、それから病室の奥で身を固くするカインとシルヴィへと視線を移した。
軽く咳払いしたオルトは、領主としてガルハートに答えた。
「よかろう。今後もあやつを後見し、導き続けること。……それを持って、貴殿の違えたオーダーはすべて『チャラ』にしよう。……感謝する、ガルハート」
オルトは、病室の静寂を切り裂くように歩みを進めた。ベッドの傍らに立ち、包帯に巻かれたカインの「分厚い手」を見つめ、彼は静かに、けれど誇り高く告げた。
「……よくやった。……スターレの名に恥じぬ、見事な戦いだった。……誇りに思うぞ、カイン」
不器用な父の掌が、カインの頭を一度だけ、強く撫でた。
「……っ、……は、はい。父様……っ」
カインの声が震えた。
生まれてこのかた、父から触れられる時はいつも、厳しい稽古の後の、形ばかりの労いだった。これほどまでに力強く、体温を伝えるような、そして魂を揺さぶるような「肯定」を向けられたのは初めてだった。
オルトの大きな掌から伝わる、不器用なほどの愛情と矜持。
カインは涙が溢れそうになるのを必死に堪え、包帯越しにシルヴィの手を強く握り返した。
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