第18話 金髪の獅子と白銀の勲章。【前編】 王都一の淑女、貸し切り馬車を爆走させる
いつもお楽しみいただきまして誠にありがとうございます。
氷の涯を退けて漢を見せたカインとシルヴィの後日談
大きな障害を乗り越えた二人は今後どうなるか、
あと非常に個性的な長女セーラの登場
お楽しみください。
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
粉砕された壁の隙間から、冷たくも柔らかな月光が差し込んでいた。
ガルハートによって「更地」にされた制御室に、静寂を切り裂く凄まじい足音が響き渡る。
市場と学区の制圧を電光石火で終え、弟の危機に駆けつけたメイとヒサメだ。二人の目に飛び込んできたのは、ボロボロの鎧を纏い、意識を失いながらもシルヴィを抱きしめて離さないカインの姿だった。
「カインくんッ!!」
メイはその長身に見合う幅広の重剣を石床に投げ出し、重金属の音を響かせながら、なりふり構わず弟のもとへ膝を突いた。ヒサメもまた、愛剣を握る手が白くなるほど震わせ、絶句している。
血の臭いが立ち込める中で、ガルハートが木刀を肩に担ぎ、姉妹の前に立ち塞がるように歩み出た。
「……よう、お嬢さんがた。見ての通り、あんたらの大事な『カインくん』は、派手な傷をこさえちまったぜ」
ガルハートは不敵に笑い、カインの、あの不格好に分厚い「剣ダコ」のある手を指し示す。
「……領主様には、俺から伝えておく。……『傷一つ付けねぇ』って約束は俺が破ったが、その代わりに、あいつは地べたを這って、たった一人でこの街と女を守り抜く『勲章』を掴み取ったってな」
メイは弟の泥に汚れた手を、自らの震える手で包み込み、ガルハートを真っ直ぐに見上げた。
「……ガルハートさん。……カインくんを信じて預けたこと、後悔はしていません。……でも、これからは私たちも、もっと彼を信じなければいけませんね……」
それまで「武人」として背伸びをしていたヒサメが、我慢の限界とばかりにカインに縋り付いた。耳を真っ赤にし、大粒の涙を零しながら、彼の鎧の隙間を必死に点検する。
「……っ、まぁ、少しは見直しました。少しだけです! でも、無茶が過ぎます、やっぱり馬鹿ですね兄様は!!」
メイがおっとりとした、けれど慈愛に満ちた震える声でカインの頬を撫でた。
「……カインく〜ん。本当によく頑張りましたねぇ〜。……痛かったでしょう? でも、とっても……とっても、格好良かったですよぉ〜」
メイの包み込むような抱擁。
だが、その柔らかな温もりをカインが知覚することはなかった。ガルハートの不敵な面構えを網膜に焼き付けた瞬間を最後に、彼の意識はすでに深い安らぎの中へと堕ちていたからだ。
「ガハハ!こいつは俺が運んでやるが、 あとの介抱は任せたぜ。」
ガルハートが、木刀を背中に差し、羽毛のように軽い手つきでカインのボロボロな身体を抱え上げた。その巨大な背中と分厚い胸板は、戦い抜いた男への無言の称賛に満ちていた。
メイとヒサメが、カインの汚れた手を握り、涙を拭いながらその横を歩く。家族の愛と、最強の男の腕。凄まじい死闘の終わりは、カインを慈しむ者たちの温かさに包まれていた。
シルヴィは、その光景を少し離れた場所から、震える手で見つめていた。
命を懸けて自分を守ってくれたカインを今すぐ抱きしめたい。だが、シンバの利き腕を奪い天災のような威圧感を放つガルハートの存在に、どうしても足が竦んでしまう。
それでも、彼女の瞳は一点の曇りもなく、運ばれていくカインの背中だけを、祈るように追い続けていた。
――そして。
血の臭いに満ちた喧騒が遠ざかり、スターレ領の穏やかな朝日が窓辺を白く染める頃。
翌日の病室にて。
そこには、カインのボロボロになった分厚い手を、壊れ物を扱うように、けれど決して離さないという強い意志で握りしめ続けているシルヴィの姿があった。
「……あらぁ?」
メイが口元に手を当て、花の咲くような微笑みを浮かべる。
「ふふふ……カインくん。貴方、今年で二十四になりますけれど……今まで、掌の皮の厚みを増やすばかりで、浮いたお話の一つもありませんでしたのに。……ようやく、カインくんの心にも、待ちわびた『春』が訪れましたのかしらぁ?」
その言葉に、それまで涙目でカインを検分していたシルヴィが「えっ!?」と肩を跳ねさせた。
「メイ様、何を……っ! こ、これはその、治療の延長というか、命の恩人への礼儀というか……!」
必死に弁明しようとするシルヴィを余所に、メイはなおも楽しげに、シルヴィとカインを交互に見つめた。
「あらあらぁ、ヒサメちゃん。見てごらんなさいな。こんなにしっかりと指を絡めて……ふふ、まるで離したくないという、可愛らしい『執念』を感じますわ。……カインくん、盾になるだけではなく、いつの間にか、とっても素敵な女の子の『心』まで射止めてしまっていたのですねぇ〜」
「兄様にシルヴィ殿はもったいなさ過ぎます。でも兄様と一緒になれば、毎日全力で稽古ができますね」
メイの、逃げ場を塞ぐようなおっとりとした追撃。ヒサメの的外れな感想。意識を朦朧とさせながらも、その言葉にカインの顔が、そしてずっと手を握っていたシルヴィの顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「……メ、メイ姉様……やめて、ください……っ」
――バァンッ!!
石造りの重厚な扉が、およそ淑女のものとは思えぬ勢いで跳ね飛ばされた。砂塵と共に転がり込むように現れたのは、王都での激務を放り出し、貸し切り馬車を一晩中走らせて駆け戻ってきた長女、セーラだった。
「カインッ! 無事なの!? 息をしてる!? どこを怪我したの、お姉様に言いなさいッ!!」
乱れた黒髪、土埃に汚れたドレス。普段の理知的で冷徹な「長女セーラ」の面影はどこにもない。彼女はメイやヒサメを突き飛ばさんばかりの勢いでベッドに詰め寄り、気絶寸前のカインの肩を掴んで激しく揺さぶる。
「カ、カイン……ああ、神様、まだ温かいわ! 死んでないわね!? よかった、本当によかった……っ!」
必死に涙を堪え、弟の生存を直接肌で確認するセーラ。だが、ふと、カインの手を「恋人のように」握りしめ、自分を呆然と見つめている見知らぬ美少女――シルヴィと目が合った。
「…………あら?」
刹那。セーラの脳内にある「長女としての矜持」と「完璧な淑女の教本」が猛スピードでページをめくった。彼女は、わずかコンマ数秒で乱れた髪を指先で整え、荒い呼吸を肺の奥へ押し込むと、何事もなかったかのように背筋をピンと伸ばした。
そこには、王都一の淑女と謳われる、「スターレ家の長女」が立っていた。
「……失礼いたしました。少々、取り乱してしまったようですわ」
咳払い一つ。セーラはシルヴィに向き直り、優雅極まるカーテシーを披露してみせる。その手足の震えがまだ止まっていないのは、ご愛嬌だ。
「貴女が……《鋼鉄の牙》の御息女、シルヴィ殿ね。……弟の不手際で、多大なるご迷惑をおかけしたこと、お詫びいたしますわ。……そして」
セーラは、慈愛と、どこか「弟を射止めた馬の骨の娘」を見る小姑のような鋭い光が混ざった瞳で、シルヴィを真っ直ぐに見つめた。
「……命を賭して、我が弟を、カインを……『男』にしてくださったこと。……姉として、心より感謝いたしますわ。ありがとう」
その完璧な「長女の仮面」の下で、セーラの心臓はまだバクバクと早鐘を打っている。メイがその横で、クスクスと楽しそうに笑い声を漏らした。
「ふふふ……セーラお姉様。……仮面が、少し歪んでいましてよ?」
「……うるさいわね、メイ。……今年収穫の穀物への租税計算、あんたとヒサメに任せたから、覚悟しておきなさいな」
その瞬間、メイとヒサメの顔色が蒼くなった。メイは優秀ではあるが計算好きではない。ヒサメは興味のない分野の事務作業は苦痛でしかないのだ。
病室に、場違いなほどの絶望の呻きが響く中、カインは恥ずかしさと安堵が混ざった溜息をついた。 だが、その手にはまだ、驚くほど熱いシルヴィの体温が残っている。
「……あの。姉様たち。……少し、静かにしてくれないか。シルヴィが……困っているだろ」
カインが蚊の鳴くような声で抗議すると、三人の姉妹たちは顔を見合わせ、それから示し合わせたように、いたずらっぽく微笑んだ。
「あらあらぁ。カインくん、私たちよりも『シルヴィさん』の心配ですかぁ?」
「兄様、そんなにしっかり握っていたら、シルヴィ殿の手が痺れてしまいますよ。……まぁ、離したくないのは分かりますけれど!」
「……ふん。カイン、元気そうで何よりだわ。……シルヴィ殿、これに懲りずに、またこの愚弟の相手をしてやってくださるかしら?」
姉たちの波状攻撃に、シルヴィは耳まで真っ赤にしながら、けれど繋いだ手だけは決して解こうとはしなかった。彼女は一度、深く深呼吸をすると、俯き加減に、けれどはっきりとカインを見つめて囁いた。
「……いいえ、カイン様。私、……痺れてなんて、いませんから」
その言葉が引き金となった。
病室の外、扉の影で今のやり取りをずっとニヤニヤしながら聞き耳を立てていた「あの男」が、堪えきれずに声を上げる。
「ガハハ! 『痺れてねぇ』だとよ! 全く、最近の若いもんは慎みってのがねえな!」
ガルハートの野暮な冷やかしに、病室の誰もがこみ上げる笑いを堪えきれず、温かな喧騒に包まれた。
「……あら。貴方はたしか、カインと父様の『按摩師』ね。……死地から弟を連れ戻してくれたこと、改めて感謝いたしますわ」
形式的な謝辞。だが、セーラはそこから一歩も引かなかった。
「……それで? 貴方はいつまで、その下卑た皮を被り続けるつもりかしら? 教えてちょうだい。あの夜、貴方が謳ったあの言葉……四百年前の宰相が遺した私信の中にしか存在しなかったはずの『下の句』を、なぜ貴方が知っていたのかしら! 」
セーラはガルハートの胸ぐら(正確にはボロボロのシャツ)を掴まんばかりの勢いで詰め寄った。普段の理知的で冷徹な姿はどこへやら、学術的な好奇心という名の狂気が、再構築したばかりの「長女の仮面」を内側から突き破ろうとしている。
「あぁ? なんだ、またあの古臭いハナウタの話かよ。……俺の故郷のドブ川に浮いてた酔っ払いが歌ってたんだ。」
「嘘よ! そんなはずないわ! 貴方、一体何者なの!? 答えなさい!」
「姉様! 落ち着いてくれ、ガルハート殿が本当に困ってる……!」
カインの必死の制止も耳に入らず、セーラの追及はヒートアップする。結局、メイとヒサメに両脇を抱えられ、「下の句をどこで聞いたか吐きなさーい!」と叫びながら病室を引きずり出されるまで、彼女による尋問は止まらなかった。
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