第17話 金髪の獅子と白衣の聖母。 聖母の懺悔(ざんげ)と、辿り着く彼岸の極地
いつもお楽しみいただきまして誠にありがとうございます。
脳内のイメージをしっかり描けない事がもどかしいです。
今回は本当に自分の才能の無さに悶絶しました。
全力で書いたこの話お楽しみください。あとこの話の閑話も用意しました
明日19日の18時に投稿します。意外と重要な話です。
尚、19日以降は通常通り
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
黒衣の僧兵たちが、聖母グレゴの背後で音もなくカインたちの退路を断つ。
白銀の光を背負い、グレゴが緩やかに歩を進めた。彼女はただ歩くだけで、密集隊形を組んでいる残されたスターレ・ガードと鋼鉄の牙の傭兵たちを、目に見えぬ衝撃で木の葉のように跳ね飛ばしていく。
その刹那、跳ね飛ばされた部下たちが作った一瞬の死角から、鋼の閃光が奔った。
副団長ザルカスだ。ベテラン傭兵らしい、一切の躊躇いもない全力の振り下ろし。
だが、グレゴはその刃を、まるで薄い紙をつまむかのように左手の指先で止めてみせた。
「素晴らしい太刀筋です。死角からの狙いも良い。氷の涯でも中々の腕と言えるでしょう」
全身の血管を浮き立たせ、咆哮と共に剣を振り抜こうとするザルカス。だが、グレゴは事も無げに右手を伸ばし、彼の頬を優しく撫でた。
直後、ザルカスの瞳から色が失われる。彼は糸の切れた人形のように膝から崩れ落ち、滂沱の涙を流し始めた。
「すまない……すまない……」
小声で何度も謝罪を繰り返し、巨躯を小刻みに震わせるザルカス。その異様な光景に、カインとシルヴィが目を見開く。
「叔父様ッ!」
シルヴィが叫び、メイやヒサメをも彷彿とさせる、電光石火の突きを放つ。
これをグレゴは微笑みながら、右手で掴み取った。
「素晴らしい鍛錬です。私が素手で対応出来る限界の技です。……手に、切り傷が出来ました」
カミソリで切ったような小さな傷から滴る血をシルヴィに見せ、力量差に愕然とする彼女の頬を、その血の付いた右手で撫でる。
シルヴィの意識が、急速に遠のいていく。
視界に広がるのは、セピア色の、けれどどす黒く濁った過去の情景。
(……ああ、母様。どうして、私を産んで死んでしまったの)
産褥の苦しみに顔を歪め、命を散らしていく母。傍らで、絶望に打ちひしがれ、自分を抱くことさえ忘れて泣き崩れる父シンバ。その背中には「お前が殺したのだ」という呪詛が張り付いていた。
場面が飛ぶ。宴の席。父は幼い自分を膝に乗せ、仲間たちに酒を振る舞いながら豪快に笑っている。
「見ろ! これが俺の娘だ! 《鋼鉄の牙》を継ぐ最高の後継者、神童シルヴィだッ!」
誇らしげな父。熱狂する傭兵たち。だが、シルヴィの視線は、部屋の隅に置かれたザルカスからの土産――現地の言葉で書かれた、古びた歴史の本に釘付けだった。
(ごめんなさい、父様。私は、剣なんて振りたくない。本が読みたい。学問の世界を知りたい……)
その「裏切り」の心が、幻覚の中の父を変貌させる。
見知らぬ地下。鎖に繋がれ、拷問に喘ぐ父シンバが、血の混じった唾を吐きながらシルヴィを睨みつける。
「……お前が生まれなければ、あいつは死なずに済んだ。学問が好きな傭兵の娘なんて、この俺にはいらないんだよ! お前とザルカスが勝手な理屈で逃げ出したから、俺はこんな痛い目に遭っている……。この、親不孝者めッ!!」
もっとも見たくない悪夢の連鎖。シルヴィは、もはや立ち上がることすらできず、手からカインのレイピアを取り落として、泥濘のような絶望の中に崩れ落ちた。
「ザルカスとシルヴィに……何をしたッ!」
カインの怒鳴り声に、グレゴは穏やかに答える。
「『懺悔』です」
微笑を崩さぬまま、彼女は続けた。
「若君、貴方のような立場の方が、これ以上事を構えてはならない。ごらんの通り、神意の実行には痛みを伴います。私も人を殺したいわけではないし、傷つけたいわけでもない。ただ、神の意志は我々人間には計り知れない……それが神意というものです」
グレゴの瞳に、冷徹な光が宿る。
「私どもの行動は、一体どなたの差配によるものか。王族でもある聡明な貴方なら、理解いただけますよね。さあ、その娘を渡してください。我々は北へ戻るだけです」
カインは、答えない。
震える足で一歩前に出ると、意識を失い「生まれてごめんなさい」と譫言を繰り返すシルヴィを、その腕で強く抱きかかえた。
「……しょうがありません。平和的に、貴方の戦意と意識もくじくことにしましょう」
グレゴの平手が放たれた。
それは、大木で殴りつけられたような、暴力的な衝撃。
カインが纏った最高級の白銀の鎧が、ミシミシと嫌な音を立てて変形していく。逃げ場のない制御室の中で、子供の尻を叩くような無慈悲な殴打が、カインの肉体を幾度も突き抜けた。
(痛い……っ。死ぬ……、死ぬのか、僕は。……でも……)
殴られ、血を吐きながら、カインは腕の中のシルヴィへ必死に呼びかける。
「シルヴィ、聞こえてるかい。……僕もね……ついこないだまで『生まれてきてごめんなさいって』そう考えていたんだ。……でも、ある男がこう言ってくれた。『そんな中で鍛え上げられたお前の剣は、誇り高い一本だぜ』って……!」
脳裏に響く、あのろくでなしのガハハという笑い声。
「おかげで僕は、家族と和解できたんだ。あいつの強引な『診察』で……忌まわしかったこのタコを、父様も、ヒサメも認めてくれた……!」
カインはグレゴを睨み据え、歯を剥き出しにして笑った。
「……シスター様……説教なら、パリスの教授で……もう、聞き飽きてるんだよ……っ!!」
その叫びが、シルヴィの闇を切り裂く。
父親の幻想に頭を抱え、震えていたシルヴィの意識を、あの分厚く節くれ立った、カインの掌が優しく包み込んだ。
『似た者同士だな、僕たちは。……君が君であるための、一番大切な牙なんだ』
その言葉が、凍りついた彼女の心根を熱く溶かす。
ふと、視界の悪夢が反転した。
そこには、微笑む父シンバがいた。剣を振るう娘を自慢していたのは、後継者としてだけではない。自分が手に入れられなかった「本」を必死に目で追う娘の知性を、誰よりも愛おしく思っていた父の、不器用な愛。
そして、その隣には母がいた。彼女の顔には、自分の命と引き換えにこの世に宝物を送り出した、至福の喜びと満足の笑みが満ち溢れている。
かつて存在した、親子三人の風景。それは呪いなどではなく、間違いなく「祝福」としてそこにあったのだ。
(……私は、愛されて生まれてきた。……私が私であることを、皆が笑って認めてくれている……!)
覚悟の光を宿し、シルヴィは意識を取り戻した。
視界に入ったのは、自分を抱きかかえ、凄まじい平手の衝撃に耐え続けるカインの、ボロボロの背中。
「もういいわ、カイン様! 私を渡して!」
泣き叫ぶ彼女に、カインは血に濡れた口端を無理やり釣り上げた。
「……ガハッ……大丈夫だ……。この、小太りの脂肪が……こんな時に役に立つとは……思わなかっただろ。いい鎧だ……。学問よりも……ずっと確実な、生存戦略だ」
(ああ……温かい。メイ姉様のような才能も、ヒサメのような鋭さもない菲才の僕でも、誰かの盾にだけは……なれたんだ)
浮かぶのは、自分を救ってくれたあの男の、広すぎる背中。
もう一度「私を渡して」と縋るシルヴィに、カインはガルハートを真似て、不器用に笑ってみせる。
「……ふっ、……ガハハ……ッ! 何を言ってるんだ、シルヴィ。僕が憧れた男なら……こんな時、……笑ってろって、言うはずだぜ。……笑え、シルヴィ。嵐の中で笑うのが、本物の『獅子』のやり方なんだろ……?」
膝が崩れ、カインの意識が急速に遠のいていく。
グレゴが、慈しみと申し訳なさが混ざり合った瞳で、二人を見つめた。
「……さあ、神意を受けなさい。……沈黙と無抵抗で応えてください。……ね?」
その絶対的な強要の指先が、二人の鼻先へと届こうとした――その瞬間。
周囲の空気が、不自然なほどに「静止」した。
音がないのではない。グレゴの放つ圧倒的な法力が、その空間の酸素さえも押し潰し、真空に近い異様な静寂を作り上げたのだ。
……。
だが、その張り詰めた「静寂」の糸を、野蛮な熱風が真一文字に焼き切った。
――ドォォォォンッ!!
制御室の堅牢な壁が、内側からではなく、外側からの「圧倒的な暴力」によって粉砕された。
「ガハハ! 俺の背中をちょっと見た程度で、その笑い方を真似るにゃあ、百万年早ぇぞ、カイン!!」
黄金の突風。猛烈な砂塵と熱気を引き連れて現れたのは、ボロ布となったリネンシャツを翻し、木刀一本を肩に担ぎ、全身から蒸気を放つガルハートだった。
グレゴが顔を上げる暇さえ与えなかった。ガルハートが地を蹴る。瞬間、彼がいた場所の石床がクレーター状に爆ぜ、一歩で距離をゼロにする。
「おっと、シスター。診察の予約は入ってねぇぞ」
ガルハートの振るった木刀が、白銀の光を纏ったグレゴの法力ごと、彼女の身体を真横から薙ぎ払った。
それは剣技ではない。ただの、圧倒的な破壊。
グレゴの身体が、背後に控えていた「氷の涯」の僧兵たちをドミノ倒しのように巻き込みながら、反対側の壁を何層も突き破って消え去った。
一撃。たった一撃で、先ほどまでの絶望が、物理的な衝撃波と共に更地へと変えられた。
意識が途切れる寸前、カインはその光景を、魂に深く焼き付けた。
(……あぁ、そうか。……分かったぞ)
それは、神聖な雷などではない。ガルハートから漂ってくるのは、自分と同じ、泥を啜り、地べたを這い続け、血を吐きながら一歩を刻み続けた者だけが放つ「執念の臭い」だ。
(……あの剣は、天才のそれじゃない。……何百万、何千万回と地獄を振り抜き……自分の無能さを一つずつ殺して、練り上げた……『凡人』が辿り着ける、遥か彼岸の極地だ……)
ガルハートもまた、自分と同じだったのだ。
天を飛べぬことを知り、それでも空を叩き落とすために、地べたで一生を研ぎ澄ませてきた男。
(なんだ……。届くんじゃないか、僕らにも)
カインは、満足げに口角を上げた。
いつの日か。いつの日か、僕も――。
カインの意識は、温かな黄金の残光に包まれながら、深い闇の中へと途切れた。
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敵視点もたまにはいいものです。
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