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第16話 金髪の獅子と白銀の牢獄。【後編】 垂直の獣、天井を埋め尽くす緑の眼

いつもお楽しみいただきまして誠にありがとうございます。


必勝の策を考えるのは本当に面白いです。

それ以上に必勝が覆る話も面白いです。

用意された戦場が敵のえさ場へと変わるとき。

細い勝機を如何につかむか。

登場人物たちの苦闘をお楽しみください。


月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。

月水土曜はガハハの日 お忘れなく。

領主館のエントランス。

出撃を待つ兵士たちの喧騒の中、ザルカスが隣を歩くカインへ低い声を投げかけた。


「若君、一つ聞いておきたい。……あの地下, 守りやすいのは敵にとっても同じだ。袋のネズミにされるリスクは『有事管理論』とやらに載ってねぇのかい?」


ザルカスの問いに、カインは揺れる火光に照らされた口端を、わずかに釣り上げた。


「載っているさ。だからこそ、あそこに……最高級の『お宝』と『心臓』を置いたんだ。敵の狙いがシルヴィの確保と制御室の奪取なら、彼らは必ずあの最奥に戦力を集中させる。……正規軍は規律で動くが、想定外の狂気には脆い。だからこそ、あそこには僕らのような『泥臭い盾』が必要なんだ」


カインは確信を持って、独り言のように続けた。


「それに、僕の『盾』の外側には、もう一人、好き勝手に暴れ回れる『金髪の獅子』を放してある。……あのろくでなしなら、僕が何も言わずとも、一番熱い場所に鼻を利かせて現れるだろ?」


ザルカスは一瞬絶句し、それから喉の奥で、地鳴りのような低い笑いを漏らした。


「……なるほど。あの金の化物を、あえて野放しにしたのはその為か。若君、あんた、その性格の悪さとやり口……。騎士にしておくには勿体ねぇな。完全に俺たちと同じ、傭兵のやり方だ。……嫌いじゃねぇぜ。」


「褒め言葉として受け取っておくよ。……さて、ヒサメ、メイ姉様。配置を――」


カインが振り返ろうとした瞬間。 「……カイン君。……これは陽動、ですぅ」


カインの頭一つ上から響いた、陽だまりのように間延びした、しかし鋭い声。

そこには、いつの間にかメイが立っていた。彼女は儀礼用ではない実戦の重みを持つ幅広の直刀を肩に預け、困ったような笑みを浮かべている。


「敵の主力はここを攻めるはずです~。……カイン君のことだから、分かっていてわざと戦力を分散しているのでしょうけれど……。本当に、対応できるのですか~?」


天才ゆえの直感。メイには、カインがザルカスに語った「逆算」の全てが、説明を受けるまでもなく見えていた。カインは苦笑し、静かに首を振る。


「……お見通しですね、姉様。ええ、これは陽動です。ですが、放置すれば街は灰になる。……市場は、日頃からあの界隈を警邏しているヒサメが適役です。入り組んだ小道も、消火防水の配置も、誰よりも理解している」


「はい!兄様の言うまでもありません! 市場の狂信者ども、ことごとく成敗してくれる! 」


傍らで控えていたヒサメが、武人らしい硬い足音と共に一歩前に出た。彼女の瞳には、すでに戦場の景色が宿っている。


「学区は学生たちがパニックになっているはずです。あそこに必要なのは、声が通り、皆が顔を知っている『スターレの華』……姉様の威光をお借りします。軍を率いて迅速に避難と消火を指揮できるのは、姉様しかいない」


「ふふ~、一本取られましたぁ。……市場のヒサメちゃん、学区の私。……市民を救いつつ、氷の涯(こおりのはて)の狙いをここ一点に絞らせる……。カイン君, 一皮むけましたね~。姉として誇らしいです~」


メイは微笑ましく弟を見つめたが、やがて覚悟を決めたように優雅に一礼した。


「わかりました~。嵐に吸い寄せられるように、あの金髪の按摩師さんが、一番騒がしい場所に現れる……。貴方の読み、信じることにしますぅ。……ガルハート先生がマッサージに来るまで、死んじゃダメですよぉ?」


「善処します。……それではお願いします。」


メイとヒサメが、それぞれの「戦場」へと風のように去っていく。

残されたカインは、静まり返った館の奥を見つめ、レイピアの柄に手をかけた。

嵐の前の静寂。姉妹二人の気配が完全に消えた廊下で、カインは一度だけ深く息を吐いた。指先はまだ微かに震えている。レイピアの柄に置いた手のひらには、ねっとりと嫌な汗が滲んでいた。


(……怖いさ。姉様たちやヒサメと違って、僕には『一閃』で全てを解決する力なんてないんだから)

だが、カインは逃げなかった。パリス大学の埃っぽい図書館で、仲間たちと夜通し議論し、数式を書き殴った日々。あの、一見無駄に思えた「凡人の足掻き」だけが、今の彼の背中を支えていた。


「……さて。始めようか、僕の『生存戦略』を」


カインは翻り、待機していたザルカスとスターレ・ガードの精鋭たちが待つ、地下の重厚な防壁へと足を進めた。迷いはない。彼が選んだのは、正規軍の華やかな突撃ではなく、出口のない檻の中での、徹底した「待ち伏せ」と「消耗戦」だ。


地下二階、導力制御室。カインは制御盤の前に立ち、震えるシルヴィの気配を背中で感じながら、そのレバーに手をかけた。


「……全中隊、予定位置! 導力の照明を消せッ!」


カインの鋭い号令が、白銀の牢獄に響き渡った。一斉に導力の光が途絶え、牢獄は重苦しい、濃密な薄暗がりに包まれる。パリス大学で叩き込まれた『閉鎖空間における集団防御理論』。地の利を熟知した者だけが動ける環境を作り、視覚情報の優位を奪う。

同時にカインは、対魔術結界としての最適解――魔術の源である「導力」そのものを乱すジャミングを展開した。本来なら、これによってあらゆる魔術的な現象は封じ込められ、王国精鋭が必勝を収めるためのおりとなるはずだった。




闇に沈んだ視界の先。




天井や壁の至る所に、爛々と輝く無数の「緑の眼」が浮かび上がった瞬間、カインの背筋を冷たい蛇が這い上がった。

それは暗闇に撒かれた無数の星座か、あるいは見知らぬ星空のように、天井を、壁を、逃げ場なく埋め尽くしていた。


「垂直の獣」――氷の涯の僧兵たちにとって、暗闇や閉所は障害ではなく、ただの狩場に過ぎなかったのだ。


「う、上だ! 構え――ッ!?」


悲鳴が上がるより早く、緑の閃光が「降ってきた」。漆黒の法衣を翻し、僧兵たちは壁を垂直に蹴り、天井を巨大な蜘蛛のように跳ね、密集した盾の真上から音もなく急降下してくる。肩を深く刺し、反撃の刃が届く前に闇へと消える。そしてその隙間を埋めるように、また新しい「緑の眼」が頭上の闇から降り注ぐ。

一人、また一人と、カインが誇った鉄の壁が、防御不能な頭上からの波状攻撃によって、無残に食い破られていく。


ふと、脳裏に一瞬の情景がフラッシュバックする。

夕暮れのスターレの街。地母神寺院の、目も眩むような高所の尖塔。そこで、命綱もなしに、まるで平地を歩くかのように身を乗り出し、地母神像を丁寧に、丁寧に磨き上げていた「清掃員」たちの、あの奇妙に滑らかな影。

(あれは……『信心深い清掃員』なんかじゃなかった。あの日から、僕たちの日常のすぐ隣で、奴らはこうして『壁や天井』を歩いていたんだ……!)


戦慄が、カインの全身を駆け抜ける。


このスターレの街に生まれ、王国中のどこにでもある地母神の教えを、当たり前の「風景」として受け入れてきた。だが、その日常の裏側では、既に「氷の涯(こおりのはて)」の法力が、血管のようにこの国へ、この街へと、深く、深く浸透していたのだ。


(僕らがパリス大学で、新しい時代の導力学だ, 理論だと騒いでいる間も……奴らは、数千年前から変わらない『ことわり』で、僕らを見下ろしていたのか……!)


近代戦術が、古の神、地母神の残滓に握りつぶされる絶望。「垂直の獣」たちは、カインの構築した暗闇をあざ笑うように、天井から「降ってきた」。


「ぐわぁぁッ!」

「上だ! また上から――ッ!?」


盾を構え、槍を突き出すという水平の戦いしか想定していないスターレ・ガードの陣形が、文字通り「日常という名の影」から這い出してきた獣たちによって、次々と食い破られていく。

100の精鋭たちが、わずかな「緑の眼」を前に、なす術もなく無力化されていく。


「……あ、……ぁ, ……っ」


最前線で剣を構えるシルヴィの呼吸が、激しく乱れる。たった今、自分の突き出した刃が何かを裂いた。暗がりの中で顔に飛んできた、生々しく熱い液体。それが「返り血」であるという確信すら持てぬまま、ただ命を奪い合っているという重圧だけが、十六歳の少女の細い腕に鉛のようにのしかかる。あまりに生々しい「やり取り」の中心に立たされている恐怖。


ガラン、と乾いた音が響いた。震える指先から力が抜け、握っていた剣が冷たい石畳に転がる。視界が歪み、闇に呑み込まれかけたその時だった。


強引に、けれど確かな温もりを伴って、細い肩を掴まれた。カインが、自らの丸まった大きな背中を、彼女の背に力強く叩きつけたのだ。


「立て、シルヴィ! 背中を貸せッ!」


カインの背中から伝わる、岩のような熱量と、激しく打つ心臓の鼓動。


「……僕が君の『盾』になる。メイ姉様も褒めていた、君の『耳』を貸してくれ。……僕たちは二人で一つだ。まだ、負けていないッ!!」


カインは腰の鞘から、自慢のレイピアを引き抜いた。だが、彼はそれを迷いなく逆手に持ち、柄をシルヴィの方へと差し出した。


「これを持ってくれ。……僕が振るうより、君が持つ方が、この剣も……『牙』として役に立つ」


シルヴィは、ハッとして目を見開いた。カインだって、本当は震えている。自分と同じように、死の恐怖にさらされている。なのに彼は、そのプライドを捨て、自分を「剣」として、自分自身を「まとい」として差し出してみせた。


(……あぁ。この人が、私を……必要としてくれている)


シルヴィは、声楽講義でメイと交わした言葉を思い出した。


『……シルヴィちゃん。貴方の耳、ちょっと「良すぎ」ますねぇ~』


穏やかな昼下がり。声楽の稽古中、メイがふと歌う手を止めて、どこかくうを見つめながら、間延びした口調で呟いたことがあった。


『音の高さやリズムだけじゃな~い。貴方は、空気が震える「色」まで視えているでしょう~? ……それはもう声楽の域を超えて、世界を聴く「耳」ですよぉ~』


(……今なら, わかる。メイ様が言っていたことが……!)


シルヴィは意識を研ぎ澄ませた。雑音を削ぎ落とし、ただ純粋に、暗闇という「大気のキャンバス」を震わせる「色の波」だけに集中する。敵の筋肉がしなる音、天井の石材を蹴る振動、および、獲物を定める冷徹な呼吸の波紋。


「……カイン様、二時! 天井の梁を蹴りました。右肩に『落ちて』きますッ!!」


「……ガハッ、捕まえたぞ……ッ! 今だ, シルヴィッ!!」


カインは座標を信じ、己の「脂肪よろい」を弾丸のように投げ出し、掌打を受け止めながら壁際で僧兵を押し潰した。その肩越しに、シルヴィの銀閃が奔る。

闇の中で不気味な手応えが響き、一体の「獣」から不自然に力が抜け、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。生死すら分からぬ静かな手応え。それが余計に二人の背筋を凍らせる。


「……見たか, 若君! 案外、なんとかなるもんですぜ!」


廊下の向こうでは、副団長ザルカスが、天井を蹴って迫る僧兵の胴を空中でキャッチし、石畳の床へ強烈なバックドロップを叩きつけていた。メキリ、という鈍い音。膠着状態。知性と執念が、不条理の波をかろうじて押し留めている。


「……ああ! みんなが戻ってくるまで支え切るんだ! 僕たちは、やれるッ!!」


(いける。このまま時間を稼げば、ガルハート殿が、あるいは姉様たちが……!)


混成軍の士気が最高潮に達し、カインが初めて確かな「希望」を掴みかけた, その時だった。

闇の奥から、あまりに場にそぐわない、慈愛に満ちた穏やかな「声」が響いた。




「……あら。……どの子がどこにいるか, これでは見えませんわね。光を。」




その瞬間、世界が反転した。導力のジャミング――対魔術結界としての「正解」をあざ笑うかのように、牢獄全体が暴力的な白光に包まれた。


「……なっ!? 照明系統は死んでいるはずだ……! 何だ、この光はッ!!」


光を背負って歩み出るのは、聖母グレゴ。

カインが積み上げた理論、ザルカスが示した剛の意地、シルヴィが掴んだ勇気。その全てを無に帰す「本物の怪物」が、微笑みを湛えてそこに立っていた。

彼女は周囲の惨状も、兵士たちの怒号も、まるで視界に入っていないかのように、慈しみと申し訳なさが混ざり合った瞳で彼らを見つめている。


「……ええ, ちょうどいいわ。……皆様, 本当に申し訳ありません。……ですが, 可哀想に。……そんなに, あらがわなくてもいいのですよ?」


カインが思考を巡らせる暇さえ与えず、密集陣形の前方が、巨大な質量に叩かれたかのように爆ぜた。


鋼鉄の盾ごと、十数人の兵士が木の葉のように吹き飛ばされる。壁に、天井に、肉体が叩きつけられ、ドサドサと折り重なる。生死すら判別できぬ沈黙が、一瞬で場を支配した。

崩れ落ちる味方の向こう側。


グレゴは、壁にめり込み血を吐くザルカスや、震えるカインたちを、ただ「そこにある事実」として、静かな悲しみを持って見つめた。


「……さあ、神意しんいを受けなさい。……神の意志は、時として残酷で、理不尽です。……貴方たちが望まぬことも、私も痛いほど分かっております」


グレゴは、まるで迷い子を優しく迎え入れる母親のような手つきで、カインが後ろに隠しているシルヴィへと、その白く柔らかな手を静かに差し出した。


「……さあ、その子をこちらへ。……沈黙と無抵抗で応えてください。……ね? その方が, ずっと神意に添えるはずですから」


対話の余地など微塵もない、あまりに穏やかで絶対的な強要。その指先が、絶望に凍りつく二人の鼻先へと届こうとしていた。


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