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第16話 金髪の獅子と白銀の牢獄。【前編】 敵の娘、涙の告白とねじくれ若様の手

いつもお楽しみいただきまして誠にありがとうございます。


シルヴィとカイン、持つ者と持たざる者の共感の話。

似て非なる境遇でありながら、本質的に二人は似ています。

自分には無い青春時代を書いて悶絶してました。

お楽しみください。


月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。

月水土曜はガハハの日 お忘れなく。

白銀の牢獄。

その名の通り、冷徹な静寂が支配する一室で、シルヴィは開いたままの参考書に視線を落とした。カインが丁寧に書き記した数式の美しさに、彼女の指先が微かに震える。


「……本当はね、カイン様。私、剣を振るよりも、こうしてペンを握っている方がずっと好きなの」


絞り出すような声だった。シルヴィは顔を上げず、机の端を白くなるほど握りしめる。


「《鋼鉄の牙》の跡取りが、学問に現を抜かすなんて、あるまじきことだって分かってる。でも……本当は、スターレの学区にあるような学校に通って、普通に友達を作って、恋愛だってしてみたかった。大好きな数学や歴史を、心ゆくまで学びたかったの。シンバ父様は、私の剣術の訓練を本当に嬉しそうに見てくれるわ。その顔を見るたびに、『神童が後継者だ』ってみんなに期待されるたびに……裏切れないって、自分を殺してきた」


シルヴィは自嘲気味に笑い、遠くを見るような瞳になった。


「……ザルカス叔父様だけは、私のそんな気持ちをわかってくれているみたい。仕事で遠征に出るたびに、あのごっつい手で本を買ってきてくれるのよ。現地の語学や数学、歴史の本をいっぱいに……。自分は一文字も読めないくせにね。おかしいわよね。」


「それでも、本当の天才っていうのは居るんだなって思い知らされたわ。ヒサメ様やメイ様の高みには、私には一生届かない。カイン様だってそうよ。……天才とは違うのかもしれないけれど、私よりもずっと先、雲の上を歩いている感じがする。」


「あの二人だけを見ていたら、きっと心が折れていた。でも……カイン様を見たから、余計に勉強がしたくなったの。足掻いて、努力して、それでも『学び』を捨てない貴方の背中が、私に勇気をくれたのよ」


シルヴィの震えるような告白を受け、カインはふっと、憑き物が落ちたような顔で笑った。それは、かつての自分を見ているような、切なくも温かな笑みだった。


「……はは、笑うような話じゃないんだがな。実は僕も、自分の身の上が嫌でたまらなかった時期があるんだ。スターレ家は全員が『最優秀』を義務付けられた一族だ。僕は常に、家族全員にコンプレックスを抱き続けてきた。」


「……妹のヒサメだけは、あいつ、一つのことしか見られない性格だろ? 放っておけなくて普通に接することができたが、両親や姉様たちはあまりに遠すぎた。それだけじゃなくて僕が必死に千歩踏み出したと思ったら、後ろからヒサメが二、三歩で追い上げてくるんだ」


カインはペンを置き、組んだ指をじっと見つめた。そこには、ペンを握り込み、剣を振り続けたたゆまぬ努力によって、指の節々が歪に太く、手のひらが硬く層を成すほどに分厚くなった、無骨な痕跡が幾重にも刻まれている。


「勉強だって死ぬ気で頑張った。一族の伝統であるソルボ大への入学は叶わなかった。僕がパリス大で血の滲むような努力をしていた時、メイ姉様とヒサメが『天下十剣』に選ばれたんだ。メイ姉様はソルボ大在学中での十剣へ選抜……在学中の選抜は父様以来の才女だ。ヒサメのやつは、最年少での選抜。」


「……正直、ショックだったよ。自分の存在意義が分からなくなった。その翌年にはセーラ姉様がソルボ大初の女性教授になり、やがてヒサメも当然のようにソルボ大へと受かっていった。」


「それでも、僕は剣術も学問も捨てられなかった。……つらいと思うことも多かったが、パリス大での仲間に支えられたんだ。世間からはエリートと思われてるが、パリスのやつらはソルボ入りを果たせなかったコンプレックスの塊なんだぜ。だからこそ、泥臭く、死に物狂いで足掻く絆がある」


カインは顔を上げ、シルヴィの瞳を真っ直ぐに見据えた。


「似た者同士だな、僕たちは。……だからさ、シルヴィ。君の『勉強が好きだ』っていう本音は、決して傭兵の跡取りとしてあるまじきことじゃない。それは、君が君であるための、一番大切な牙なんだ」


――一番大切な、牙。


カインが放ったその言葉が、シルヴィの胸の奥で、熱い塊となって溶けていく。今まで、剣を置こうとする自分を叱咤し、隠し、恥じてきた。けれど、目の前の男は、自分の最も柔らかい部分を「武器」だと言い切ったのだ。


(ああ、……この人は、知っているんだ)


世間からは「神童」と持て囃され、自分でも剣術の才に恵まれている自負はある。人一倍の訓練も積んできた。けれど、そのすぐ隣には、自分を数歩で追い抜いていくメイやヒサメという「本物の怪物」が平然と立っている。

その、届きそうで決して届かない高みに身を焼き、絶望を知りながら、それでも地べたを這って進み続ける者の痛みを、カインは知っているのだ。


今まで出会ってきた男たちは、皆、彼女を「鋼鉄の牙の神童」として崇めるか、「守るべき小娘」として扱うかのどちらかだった。けれど、カインの眼差しは、そのどちらでもない。

対等な一人の人間として、これほどまでに深く魂に触れてきた者は、彼が初めてだった。


出会った頃の印象は、確かに最悪だったかもしれない。


情けない声を上げ、鍛え方も甘い「ぷよぷよのお肉」の持ち主。エリートの皮を被った、線の細いお坊ちゃん。けれど、今、目の前で静かに笑うカインの、机に置かれたその「手」を見て、シルヴィは息を呑む。それは、才に恵まれ、効率よく磨き上げられてきた自分の整った手とは、明らかに異なっていた。何度も皮膚を剥き、そのたびに肉を盛り上げ、それでもなおペンを、そして剣を握り続けてきたことが一目でわかる、節くれだった分厚い手。執念と努力を幾重にも積み重ねて層を成したその手のひらは、彼が歩んできた泥臭い歳月の重みを雄弁に語っていた。


この男の「肉」は、ただ甘やかされていたわけではない。自分よりもずっと千歩先を歩いているように見えたカインが、実は自分以上に泥を啜り、この分厚い手で一歩一歩、未来を掴み取ってきたのだと。


胸の鼓動が、先ほどまでの恐怖や緊張とは違う、速く、熱いリズムを刻み始める。向けられたカインの眼差しが、あまりにも温かくて。


シルヴィは、自分が「鋼鉄の牙」の跡取りとしてではなく、ただの「シルヴィ」として、この男の隣にいたいと願っている自分に、戸惑いながらも気づき始めていた。


二人の間に流れる、静かで温かな共鳴。


だが、その穏やかな「学びの時間」は、部屋の扉を叩く無機質なノックの音によって、唐突に、そして無慈悲に打ち破られた。


「カイン様! 失礼いたします!」


血相を変えて飛び込んできたのは、スターレ・ガードの伝令係と、その背後に立つ岩のような巨躯の男――ザルカスだった。ザルカスは、すすと焦燥にまみれた伝令係を横目に、鋭い眼光をカインへと向ける。中庭で、地を這う者の誇りを見せつけたあの日のカインを、ザルカスは一人の戦士として誰よりも高く評価していた。


「若君。……ご指示を」


地を這うような重厚な声。ザルカスはカインの前に直立し、全幅の信頼を込めてその「決断」を待った。伝令係が、震える声で詳細を吐き出す。


「中央広場に隣接する市場、および学区の数カ所から同時に火の手が上がりました! 爆発を伴う大規模なテロです! 市民に多数の負傷者が出ており、警邏隊と消防隊が総出で救助にあたっていますが、火勢が強くもはや現場は彼らの手に負える状況ではありません!」


カインが立ち上がる。その指先からペンが転がり落ち、代わりに、机の傍らに置かれた細剣レイピアへと迷いなく手が伸びた。


「……行政の警邏隊で収まる規模じゃない。即刻、軍のスターレ・ガードに出動要請を出せ。全中隊を市街へ展開、救助と並行して『不自然な動き』をする者を封鎖しろ。これは、ただの火事じゃない。……獲物を狙い澄ました、獣の臭いがする」


迅速かつ的確な指揮。ザルカスが口端を微かに歪め、満足げに頷いた。


「承知いたしました、若君。……シルヴィ、貴様も遅れるな。牙を研ぐ時間は終わったぞ」


「待て、ザルカス。シルヴィは連れていかない」


カインの言葉に、二人の視線が彼に集まる。カインはシルヴィの肩に手を置き、その瞳を真っ直ぐに見据えた。


「シルヴィ。君は今すぐ、地下最奥の制御室へ移動して待機するんだ。あそこなら壁も厚く、館の全機能を掌握できる。……いいかい, これは命令だ。君を失うわけにはいかない」


「……分かりました。お任せします、カイン様」


「僕を信じろ。……君は、僕が必ず守る」


カインの強い眼差しに、シルヴィは溢れそうになる言葉を飲み込み、小さく頷いた。


「……はい。……ご武運を、カイン様」


シルヴィが地下へと続く階段へ消えていくのを見届け、カインは翻ってザルカスへと向き直った。その瞳には、すでに戦場のチェス盤が映し出されていた。


「ザルカス、行くぞ。館内の防衛配置を再編する」


カインはザルカスを伴い、指示を飛ばしながら館の重要拠点へと駆け出した。


(……次は、私があなたを助ける番ですから)


背後から届くはずのない、けれど確かに鼓動に刻まれたシルヴィの小さな、あまりに小さな呟き。カインはそれを風の加減かと思い直しながら、嵐の中へと足を踏み出した。


しかし、市場と学区での同時多発的な火の手による、徹底した戦力の分断。

そして、堅牢なはずの「白銀の牢獄」への籠城。

カインがパリス大で学んだ知性を動員し、最善かつ常識的であると下した決断は、皮肉にも『氷の涯』が描き出した「剪定」のシナリオそのものであった。


いつもご愛読いただいありがとうございます。

月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。

月水土曜はガハハの日 お忘れなく。

先日PV数が400超えました。皆さんのおかげでございます。

投稿して1か月、目標PV数500を達成できそうで励みになっております。

より面白いものを書けるように精進いたします。

『続きが気になる!』『面白い!』と思っていただけたら、下の星を【★★★★★】にして応援してくださいませ。嬉しくて頑張っちゃいます!

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