第15話 金髪の獅子と二人の女傑。半裸のろくでなし、連れ合う『矜持』を受理す
いつもお楽しみいただきまして誠にありがとうございます。
彼を取り巻く二人の女性とガルハートの話です。
二人は過去にガルハートに助けられ、真剣に惚れ抜いています。
若い二人の決意にガルハートはどうこたえるか。
お楽しみください。
前回間違えて週2回投稿としてしましました。すみません。
月水土曜 18時の週3回投稿になります。
月水曜土曜はガハハの日 お忘れなく。
王国北端の要衝スターレ。この街の輪郭を描くのは、東西に分かたれた「現在」と「未来」の鼓動である。
西には、大陸の胃袋とも称される中央市場が広がっている。リノンのゴールドバーグ商会やミーナの『赤い月亭』もそれらの一つだ。常にこの地では軍需の為に多くの物資や情報が行き交い、スターレという巨体を支える盤石な屋台骨となっていた。
対して東には、領主スターレ家が数代をかけて築き上げた「知の聖域」――学区がある。
国立スターレ大学を筆頭に、初等から高等までの公立学校、さらには次世代の礎となる職人を育てる訓練機関や私立の学び舎が整然と並ぶその景観は、武門でありながら知を尊ぶこの街の象徴であった。カインやヒサメ、メイにセーラもまた、かつてはこの学び舎を離れ、王都の大学で最高峰の学問を修めたエリートである。
だが今、この街の「現在」と「未来」が詰まった場所に、どす黒い二条の煙が上がっていた。それは、スターレが積み上げてきた盤石なる統治の土台が、激しく揺らぎ始めた不穏な予兆であった。
***
スターレの片隅、吹き溜まりのような長屋の一室。
そこには、戦場の鉄火場を渡り歩いてきたとは思えぬほど、弛緩しきった空気が漂っていた。
「……ガル、いつまでそうやって泥酔の演技を続けるつもり? 貸借対照表を読み解くより、貴方の腹の内を推察する方がよっぽど非効率的だわ」
リノン・ゴールドバーグは、最高級の絹を纏った足を組み、冷徹な商人の瞳でガルハートを射抜いた。
「いい、勘違いしないで。この半裸のお猿さんが野垂れ死のうが私の知ったことじゃない。けれど、シルヴィから受けた『団長シンバの捜索』と『クランハウスの奪還』……そのオーダーを、貴方一人の独断で進めるつもりなら、商会のプライドが許さないのよ。……貴方が独占している戦況を開示しなさい。私たちをその契約から除外するつもりなら、相応の違約金を請求するわよ」
「リノンのお嬢の言う通りよ。あんたが私たちを『蚊帳の外』に置いておくメリットなんて、どこにもないんだから」
ミーナが、酒場娘としての顔の裏にある鋭利な声で、ガルハートの横に座る。リノンに対して「お嬢」と呼び、あえて仕事の距離を保って見せるのは、彼女なりのプロ意識だ。
「北の雪解けが始まったのよ、ガル。クランハウス『鋼鉄の揺り篭』を奪還するには、兵站も情報も足りなさすぎる。……それを全部、また一人で勝手に背負い込むつもり? そんなの、情報屋としても、あんたを支える女としても落第点だわ」
「ガハハ! 会頭様に情報通。そんな大物たちを北の鉄火場に連れてってみろ。……保険金が跳ね上がって、俺の木刀一本じゃ払い切れねぇよ。お前らは、この平和なスターレで算盤を弾いてるのが一番似合ってる」
ガルハートは、あえて「ろくでなし」の笑みで煙に巻こうとする。彼女たちを危険な奪還作戦から遠ざけるための、彼なりの不器用な線引きだった。
だが、その時であった。
――ドォォン!!
腹に響く重低音。続いて、もう一発。
リノンが即座に立ち上がり、窓の外の煙を凝視する。
「一箇所は中央市場……私の商会の集積所がある場所。もう一箇所は学区ね。……私たちの母校や訓練機関を叩くなんて、経済的利益を完全に無視した、あまりに非合理な破壊工作だわ。犯人は、この街の機能を物理的に停止させることだけを目的としている」
「情報泥棒、何か掴んでる?」
リノンが振り返り、刺々しい口調でミーナを呼んだ。公の場における、いつもの油断ならない二人の距離感だ。
「……街の『機能』を殺しに来てるんだわ」
ミーナが短く応える。その声は、微かに震えていた。
「ガハハ! お前ら、考えすぎだ。答えは持ってるはずだぜ。奴らの本当の目的は何だ?」
ガルハートは無造作に立ち上がると、二人の肩を強く引き寄せ、その逞しい腕で半裸の胸板に二人をまとめて抱き込んだ。
「きゃっ……!?」
「ちょっと、お猿さん……!?」
不意の接触に、二人の思考回路が一旦停止する。岩のように硬く、それでいて驚くほど熱いガルハートの胸板。そこから伝わる一定で力強い鼓動が、焦燥に駆られていた二人の知性を強引に鎮めていく。
「……シルヴィ、の身柄ね」
リノンが、ガルハートの肌の熱に顔を赤らめながら、絞り出すように答える。もはや「お猿さん」と呼ぶ強がりは、その熱の中に溶けて消えていた。
「彼女を拘束すれば、行方不明になっている《鋼鉄の牙》の団長を意のままに『懐柔』できる。北の最強の『牙』を、自分たちの猟犬に作り変えるのが奴らの狙いよ」
「だったら結論は一つだ。本命は、シルヴィのいる『白銀の牢獄』に向かう。狙いや結論が明らかな時はな、余計なもんを削ぎ落として、逆算するもんだ。……分からない状況に無駄に怯えるな」
ガルハートの太い指先が、リノンの顎をくいと持ち上げる。
「……狡いわよ、ガル。いつもそうやって……」
リノンが潤んだ瞳で彼を見上げる。その様子を見て、ミーナがふっと毒気を抜かれたように笑った。
「そうよ。……リノちゃんを安心させるために、わざと『ろくでなし』の顔をしてたんでしょ? ガル」
ミーナの口からこぼれた、親友同士、二人きりの時だけの呼び名。
外向きの「お嬢」と「情報泥棒」という壁を脱ぎ捨て、かつて同じ絶望を共有し、この男に救われた少女たちに戻った証であった。
「待って、ガル。私たちも行くわ」
「そうよ。私たちだって、ただ守られてるだけのタマじゃないわ」
二人が食い下がるように一歩踏み出す。リノンは袖に隠した短銃を、ミーナは鋭利な暗器を既に指に挟んでいた。
「ガハハ! 分かってるよ。お前らも、そこらの野郎よりはよっぽど『護身』の術を心得てる。だがな、
今回は相手が読めねぇ。理屈の通じねぇ連中だ」
ガルハートは、二人の頭に大きな手を置いた。
「リノン、ミーナ。今すぐここを出て、ミーナの実家……『赤い月亭』に戻れ。あそこなら親父さんもお袋さんもいるし、従業員も戦場帰りの手練れ揃いだ。街が揺らいでも、あそこだけは落ちねぇ。情報が集まる、最も安全な場所で待ってろ」
「……わかったわ。今、ここで無理を通して貴方の足手まといになるほど、私は愚かな経営者じゃないわ」
リノンが、苦い良薬を飲み込むように頷いた。
「でも、覚えておきなさい。今回だけよ」
「ええ。次に、あんたが北方の鉄火場へ戻る時は、必ず私たちも連れていくこと。……これが、今回の『待機』の対価よ。いいわね?」
「ガハハ! 高くついたが、そのオーダー……謹んで受理してやるよ。」
ガルハートは、二人の頭を乱暴にかき回した。
「お前らほどの女傑を『鉄火場』に連れてくんだ。並の鎧や情報じゃ、俺が納得しねぇぞ。……せいぜい、俺が惚れ直すような最高の『準備』をして待ってろ」
その言葉は、拒絶ではなく、明確な「合流」の約束だった。 二人の顔が、今度は羞恥ではなく、武者震いにも似た高揚感で赤く染まる。
「……言ったわね、ガル。後悔しても知らないわよ。このお猿さん。」
「ええ。あんたの隣に立つのに、これ以上相応しい女はいないって、思い知らせてあげるわ」
ガルハートの「逆算」に従い、二人は足早に長屋を後にした。
残されたガルハートは、オタマ婆さんから借りた息子のリネンシャツを羽織り、背中に木刀を一本背負っただけの、あまりにお粗末な格好で「白銀の牢獄」へと歩き出す。
その背中を遠くから見送りながら、リノンは冷徹な商人としての自分を深く恥じた。
「……あんな無防備な格好で戦場に向かわせるなんて。連れ合いとしての準備不足も甚だしいわ。次に北へ行く時は、大陸最高の防具と武具を揃えてみせる」
ミーナもまた、情報屋としての敗北感を噛み締めていた。
「情報の読み合いで、ガルに言い負かされるなんて……。いつも支えてるつもりでいて、これじゃあ情けないわね。北の戦場では、風が吹く前にその情報を掴んでみせる。……いいわね、リノちゃん」
「ええ。次に彼が旅立つ時、私たちはもう、ただの『大家』や『馴染みの酒場娘』じゃないわ」
二人の瞳には、既に決意の炎が宿っていた。
今回の騒動では一歩引く。だが、それは来るべき旅立ちへの準備に過ぎない。やがて彼が再び北方の鉄火場へと向かう時、二人は必ずその隣に立つ。
最高の『支え』を構築するべく、二人の女傑はそれぞれの主戦場へと走り出した。
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