第13話 金髪の獅子とねじくれ若様。最高の種馬“子の成長”を認む
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ねじくれ若様の本領発揮。
スターレの天才と相まみえるシルヴィという俊才に彼は何を伝えるか
本日は月曜投稿となりましたので皆さまお楽しみください。
次回は水、土曜 18時の週2回投稿になります。
水曜土曜はガハハの日 お忘れなく。
そんな中庭の熱気とは裏腹に、夕暮れを過ぎた白銀の牢獄の一角にある応接室では、静かな、しかし確かな緊張感が漂っていた。 「学問を学びたい」というシルヴィの切実な要望を受けたメイとヒサメが、それぞれの得意分野を受け持って教鞭を執っていたのだが……そこは今、別の意味での戦場と化していた。
「シルヴィちゃ~ん。……ここの古語の発音はね、喉の奥をあけて……。北風が雪を連れてくるみたいに、ゆ~っくり、歌ってみてくださ~い」
メイは、その鋭い外見に似合わず、陽だまりのようにゆったりとした口調で語りかける。
「あ、えっと……こう、でしょうか?『……北の大地に、地母神眠り……』」
「ふふ~、とっても素敵です~。シルヴィちゃんは声が綺麗だし、剣術の時もそうでしたが言葉でもリズムを掴むのが上手ですねぇ~」
メイの教える言語学と声楽は感覚的ではあったが、もともと豊かな感性を持つシルヴィには心地よく響いた。彼女はメイのゆったりとしたテンポに同調することで、驚くほどスムーズに知識を吸収していく。
だが、教鞭がヒサメへと渡った瞬間、部屋の空気は一気に固まってしまう。
「……統計学とは、世界を最短距離で解釈するための手段です。特に戦場における生存率の計算を行う事のメリットに関しては言うまでもありません。
例えば期待命中率pが兵数 n に対して、期待値 E=np。そこから敵の防御率d を逆算すれば、変数分離の必然性は明白となります」
数学を「感性」という名の演算で行うヒサメは、自身の理解を容赦なく一気に繰り出した。
「えっ、あ、……。期待値……? 分離……?」
最高峰ソルボ大を修めたヒサメにとって、統計学は「息をするのと同じ当たり前の論理」だ。だが、独学で戦ってきたシルヴィにとって、ヒサメから受ける研ぎ澄まされた学問の授業は自身の無学を突きつけられる事に過ぎなかった。シルヴィが青ざめ、ペンを震わせる。
「ヒサメ、いい加減にしろ。彼女はソルボ大の学生じゃないんだ」
背後から伸びた大きな手が、ヒサメが書き殴った難解な数式を、黒板消しで横棒一本に消し去った。中庭での合同訓練を終えたカインだった。
「兄様……。ですが、この程度の基礎が理解できなくては、戦場での生存率は算出できません」
「お前は三歩で着く場所でも、階段がないと登れない人間がいるんだよ。……いいかシルヴィ、この『呪文』に付き合う必要はない」
カインはヒサメの冷ややかな視線を意に介さず、チョークを手に取った。
「難しく考えなくていい。たとえば、ここに僕の指揮する『弓兵が10人』いるとする」
カインは黒板に、素朴な弓の絵を10個書いた。
「この10人が一斉に矢を撃つ。でも、みんなが百発百中なわけじゃない。だいたい10本のうち3、4本が当たる。これを命中率30%程……ヒサメの言う『期待値』の正体だ。平均して3人程度倒せる、というだけの話さ」
「……あ。3、4本、ですか」
シルヴィが小さく頷く。カインは優しく笑い、黒板を二つに分けた。
【左:赤軍(弓兵10人/命中率38%)】
【右:青軍(弓兵15人/命中率25%)】
「さて、パッと見てどっちが強いと思う?」
「……青軍? 人数が5人も多いですし……」
「計算してみよう。赤軍は 10 ×0.38= 3.8 。対して青軍は 15× 0.25 = 3.75。……あ」
「そう。人数が多くても、当たらなきゃ意味がないんだ。これが戦争の正体だよ。勇気でも、人数でもない。……『確率』で動いているんだ」
カインの解説は、パリス大学で仲間たちと泥臭く議論し、剣術要綱を言葉に落とし込んできた彼にしかできない「凡人への翻訳」だった。
「ヒサメの言った『防御率』っていうのは、相手が盾を持ってたり、壁に隠れてたりすることだ。そうすると命中率はさらに下がる。だから僕たちは、闇雲に突っ込むんじゃなく、その『確率』を自分たちに有利に書き換えるために知恵を使うんだ」
シルヴィの瞳に、ようやく理解の光が宿る。
周囲の大人たちは、彼女を「完璧な後継者」として期待し、彼女もそれに応えてきた。だが、初めて学問の壁にぶつかった時、横に並んで「階段を一段」作ってくれたのは、この少し肉付きのいい「ねじくれ息子」だった。
「……カイン様。私、それなら……続けられる気がします」
「ああ。君はメイが驚くほど剣も声楽も筋がいいんだ。学問だって、リズムを掴めば必ずできるようになる」
その光景を、部屋の隅で見ていたメイがおっとりと口を開いた。
「ふふ~、やっぱりカインくんは、教えるのがとっても上手ですねぇ~。ねぇ、ヒサメちゃんも、少しは見習ったらどうですか~?」
「……効率が悪いですよ。でも、戦力の底上げという意味では、兄様の手法も有効かもしれませんね」
ヒサメは相変わらず可愛げのない言葉を言うとしかめっ面を背けたが、その耳たぶがわずかに赤らんでいるのを、カインは見逃さなかった。
その様子を、物陰からじっと見つめる視線があった。領主であり彼らの父、オルト・アルマ・スターレである。
息子が、自分やヒサメにはできなかった「異なる者たちへの理解」を示し、現場の戦士や孤独な少女を一つに束ねている光景。
「……私は、あの子を正しく見ていなかったのだな。あの子は、私には持てなかった『繋ぐ力』を持っている」
「ガハハ! ようやく気づいたかよ、領主様」
隣で酒を煽っていたガルハートが、愉快そうに笑う。
「あいつの取り巻き連中も、質はともあれ、カインにだけは妙に懐いてやがった。あれは甘やかされてたからじゃねぇ。おそらく、あいつが誰よりも『下』の奴らの話を聞いてやったからだぜ。……あんたは最高の『種馬』だが、その種がどんな花を咲かせるかまでは予言できなかったってわけだ」
「……私は、刃の鋭さばかりを競わせていた。だが、折れた刃を繋ぎ、折れぬ盾へと鍛え直す鍛冶師が、この家にいたとはな」
オルトは苦笑いを浮かべたが、その視線は、かつて自分が「菲才」と切り捨てた息子が作り出す、新しい時代の熱気を確かに捉えていた。
凡人が天才を束ね、知が武を支える。
温かな結束が生まれつつあるこの場所に、北の暴風はまさに吹き荒れようとしていた。
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