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第11話 金髪の獅子とねじくれ若様。贅肉の下に刻まれた男の勲章

いつもお楽しみいただきまして誠にありがとうございます。

今回はマッサージを受けたねじくれ若様の登場です。

コリがほぐれた彼の本当の姿とは

第三章も涙と笑いを楽しみください。


水、土曜 18時の週2回投稿になります。

水曜土曜はガハハの日 お忘れなく。

ヒサメが長屋を飛び出してから、一時間後。


長屋の前に、領主軍「スターレ・ガード」の精鋭を率いたカイン・アルマ・スターレが姿を現した。

 彼は不機嫌そうに鼻を鳴らし、磨き抜かれた軍靴で埃っぽい地面を叩きながら、連れてこられたヒサメを振り返る。

「……いいか、ヒサメ。パリス大学の『有事管理論』によれば、出所不明の難民を領主館へ招き入れるなど、安全保障上の自殺行為だ。しかも、相手はあの狂信集団『氷の涯』だろう? 街を戦場にする気か!」


「だからこそです、兄様! 街中で戦わせないために、彼らを隔離し、かつ守らなければなりません。……兄様、貴方は父上にこの街の安寧を託されたのでしょう? ならば、今こそその『学問』の使い所ではありませんか」


ヒサメの真っ直ぐな、一点の曇りもない視線。

先日の『診察』を経て、ガルハートという男の言葉を反芻していたカインにとって、その視線はかつてのような「劣等感の源」ではなく、逃げ場を塞ぐ「正論の壁」となった。


「……くっ、相変わらず理屈の通じない妹だ。だが、いいだろう。このカイン・アルマ・スターレ、公私の別は心得ている」


カインは一つ溜息をつくと、長屋に集まった一同を睨みつけた。


「領主軍本部地下、通称『白銀の牢獄』を開放する。かつて王国を揺るがした政治犯を収容するために造られた、対魔術結界完備の堅牢な地下要塞だ。……あそこなら『氷の涯氷の涯(こおりのはて)』の奇襲も防げるし、街への被害も最小限に抑えられる……おい、ガルハート。いや、ガルハート……殿」


カイン・アルマ・スターレは、一度口にした呼び捨てを、苦虫を噛み潰したような顔ですぐに言い直した。


「ガハハ! なんだ、カイン様よ。急に『殿』なんて付けられると、背中が痒くなってくるぜ」


「……ふん。その『カイン様』というのも、いい加減止めたまえ。……貴殿のような、その、得体の知れない強者に様付けで呼ばれるのは、居心地が悪くて敵わん。カインで……カインでいい」


カインは顔を背け、鼻を鳴らした。彼は学んだのだ。格上の者に不遜な態度を取る愚かさと、それ以上に、己が認めた強者に対して礼を欠くことの恥ずかしさを。

 その、カインの微かな逡巡と、言葉の端々に滲む隠しきれない敬意。

それを見ていたザルカスの瞳が、鋭く光った。


(……ほう)


ザルカスは、カインの姿を値踏みするように観察した。

見た目は贅肉のついた小太りの若造だ。周囲の噂では、親の七光りで持ち上げられただけの「飾り物の神輿」だと聞いていた。だが、ふとカインが腰の剣に手をかけた際、ザルカスの目はその右手に釘付けになった。

指の付け根、そして手のひら。贅肉に埋もれがちだが、そこには分厚く、硬く、幾度も皮が剥けては重なった「剣ダコ」が刻まれていた。それは一日や二日の稽古で身につくものではない。数年間、あるいはそれ以上の月日、毎日欠かさず剣を振り続けた者にしか宿らない、泥臭い努力の結晶――「傭兵おれたち」と同じ手の跡だ。


(見かけによらず、勤勉で生真面目な男と見える。ただ恐れるだけでなく、ガルハートの器を正しく評価しようとする度量……。ふん、ただの放蕩息子かと思っていたが、この若さでこれほどの『地』を隠し持っているとは。やはり王族、スターレの血筋、侮れんな)


北の戦場を生き抜いたザルカスにとって、才能よりも「継続した研鑽」こそが最も信頼に値する。カインという男が持つ、エリートとしての傲慢さの裏に隠された「本質」に、ザルカスは静かな興味を抱いた。


「……ガハハ! そうかよ、カイン。なら遠慮なくそう呼ばせてもらうぜ。いいぜ、あんたの用意した『白銀の牢獄』、拝ませてもらおうじゃねぇか」


ガルハートがカインの肩を叩く。今度はカインも身を縮めることなく、その重みを不器用ながらも受け止めた。




スターレ領主軍本部、その最深部。磨き抜かれた大理石の床に、カインの軍靴の音が硬く響く。重厚な扉が開かれ、その先に広がる結界の微光が一同を包み込んだ。

広間の奥に座すのは、スターレの絶対的な象徴。カインは、その巨大な影に気圧されそうになる自分を、右手の「剣ダコ」を握りしめることで制した。


「……父様。北方の情勢、および狂信集団『氷の涯』による脅威を確認しました。これより、ザルカス殿およびシルヴィ嬢を白銀の牢獄にて保護し、迎撃態勢を整えます」


カイン・アルマ・スターレが居住まいを正し、淀みなく報告する。その声には、かつての虚勢ではなく、守るべきものを見据えた男の響きがあった。


広間の奥に座す領主、オルト・アルマ・スターレは、沈黙をもってそれを受け止めていた。その傍らには、天下十剣の一角、次女メイと三女ヒサメが、抜き身の刀身のような鋭い気配を纏って控えている。


ザルカスは、その場に足を踏み入れた瞬間、心臓を冷たい指で掴まれたような感覚に陥った。現役にして天下十剣筆頭の大剣豪が放つ威圧感に、ザルカスは息を呑んだ。


(……なんだ、この男は。座っているだけで、全員の首が飛ぶ錯覚すら覚える。ガルハートとは別の、あまりに静謐で、抗いようのない『断絶の気配』だ……)


北の修羅場を幾度も潜り抜けたザルカスから見ても、オルトという男は「剣士」という枠組みを逸脱していた。それは技が冴えているとか、力が強いといった次元の話ではない。オルトの周囲数メートルは、物理的な法則すら書き換えられた「絶対不可侵の領域」と化しているのだ。


(……剣を抜く必要さえないのか。この男の前に立つということは、すでに斬られた後の世界に立たされているのと同じだ)


ザルカスは、この広間そのものが、オルトという巨大な「個」が支配する、逃げ場のない鞘の内部であることを察した。

オルトは、息子の報告を最後まで聞くと、わずかに眼光を和らげた。


「……よかろう。カイン、この件、おまえが全指揮を執れ」


「えっ……。僕が、ですか?」


思わぬ言葉に、カインは目を丸くした。オルトは揺るぎない口調で続けた。


「メイやヒサメは剣だ。だが、この混乱した状況を理論立てて御し、街を守るための『盾』を構成できるのは、パリスで学び、この街の理を理解しようと足掻いているおまえだ。……カイン、おまえの信じる正義で、この事態を収拾してみせよ」


カインの背筋が、鉄の芯を通されたように伸びる。


「……承知いたしました、父様。全力をもって、務めを果たします」


ガルハートは「ガハハ!」と短く笑い、カインの背中を軽く叩いた。ザルカスもまた、カインの「剣ダコ」とその父の言葉を反芻し、この小肥りの若造が「ただの神輿」ではないことを確信していた。


だが、ただ一人、シルヴィだけは納得がいかない。彼女はカインの太い腹と、お世辞にも敏捷そうには見えない体躯を交互に眺め、不安を募らせていた。


(……正気? あの大剣豪の息子だからって、こんなぷよぷよしたお肉の詰まった坊ちゃんに、私の、そして父様の命運を預けるっていうの? ……ザルカス叔父様も傭兵王も、なんでこんな男を信じられるのよ……っ!)


シルヴィの疑念をよそに、カイン・アルマ・スターレという一人の指揮官による、「白銀の牢獄」での防衛戦が幕を開けようとしていた。


カインが決然たる面持ちで深く頭を下げると、オルトは静かに席を立った。

 広間を去り際、オルトは壁際に控えていたガルハートの傍らで、ふと足を止める。

 天下十剣筆頭の鋭い眼光が、黄金の男を真っ向から射抜いた。


「……息子を、頼む」


短く、重い一言。それは領主としてではなく、一人の父親として、己が認めた唯一の「怪物」へ愛息の命運を託す言葉だった。


「ガハハ! 随分と高くつく依頼だなぁ、領主様。……ああ、任せときな。あんたの自慢の『ねじくれ息子』、傷一つつけさせねぇよ」


ガルハートが不敵に笑い、二人の視線が火花を散らすように交差する。

 カインはその背中合わせのやり取りを見ていない。だが、その光景を横で見ていたザルカスは、戦慄と共に深い安堵を覚えていた。


(……あの『金の傭兵王』が、これほどまでに信頼を置く男。そして、それを対等に扱う大剣豪の器……。どうやら俺の勘に狂いはなかった。この街へ、この男の元へ来て正解だったようだ)


ザルカスは、知らずのうちに強張っていた肩の力を抜き、この奇妙な共同戦線に己の全てを賭ける決意を固めた。


水、土曜 18時の週2回投稿になります。(筆がのると月曜投稿もします)

水曜土曜はガハハの日 お忘れなく。

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