第10話 金髪の獅子、敵の娘に断罪される。ガハハと笑う男の過去
今回、ガルハートの「見せたくなかった過去」が暴かれます。
黄金の獅子がかつて戦場に撒いた報い。
平穏な日常を切り裂く、北の嵐の始まりをご覧ください。
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水曜土曜はガハハの日!
「団長が……『氷の涯』に攫われた。他のクランのトップも同様だ。大事なもんを人質に取られ、棟梁の身柄を要求する……あいつらの常套手段でやられた。北の連中は、今や牙を抜かれた! 頭が居ない傭兵がどうなるか、あんたならわかるだろ。どのクランも、もはや崩壊寸前だ」
ザルカスが告げた、その名を聞いた瞬間、ガルハートの脳裏に「記憶」の断片が過った。
北方国家アルカディア。地母神信仰を国是とするその宗教国家において、『氷の涯』は神の意志を地上で執行する実働部隊として恐れられている。彼らが国境を越えて動いたということは、もはや世俗の政治的要因などではない。「信仰」という名の猛火が、この街にまで飛び火したことを意味していた。
「……厄介な奴らを呼び込みやがって。あいつらは、俺のような『ろくでなし』が一番嫌いな人種だぜ」
ガルハートの冷めた呟きに、ザルカスは震える手で背後の兵たちに合図を送った。
兵たちが左右に割れ、その中心から、ボロボロの外套に身を包んだ一人の少女が姿を現す。
「……この子を、シルヴィお嬢様を連れ出すのが精一杯だった。団長と、残った仲間たちは……この子と俺、それに十名にも満たない手勢を逃がすために、あいつらの盾となって……」
ザルカスの声が、屈辱と後悔で途切れる。
少女――シルヴィは、泥と返り血に汚れた顔を上げ、椅子に座る黄金の男を射抜いた。その瞳には、恐怖を塗りつぶすほどの、ぎらついた憎悪が宿っている。
「……あいつらは、アルカディアの教義にある『何か』を探していた。そんなもの、私たちには心当たりなんてない! なのにあいつらは、いくつかのクランの『牙』……長年の戦いを知る者たちなら、隠し場所を知っているはずだと決めつけて……!」
シルヴィが一歩、ガルハートへ詰め寄る。その小さな肩は、止めようもなく震えていた。
「……お前よ。お前のせいよ、ガルハート!」
叫びとともに、彼女の瞳から大粒の涙が溢れ出した。
「お父様が万全なら、あんな連中に遅れなんて取らなかった! 苦戦だってしなかったわ! お父様があんな目にあったのは……っ、お前が、その忌々しい木刀で、お父様の利き腕を使い物にならなくしたからよ!!」
細い指が、ガルハートの傍らに立てかけられた木刀『世界樹』を指す。
数年前、北の戦場で「金の傭兵王」が刻んだ消えない傷跡。かつて最強を競った『鋼鉄の牙』団長の誇りと武力を、力ずくでへし折ったのは他でもない、目の前の男なのだ。
「……お父様を、返して……ッ。お前のせいで奪われたものを、全部返してよ……!!」
少女の悲痛な責め苦が、埃っぽい長屋の中に木霊する。
リノンは扇子を握りしめたまま絶句し、ヒサメは抜こうとした剣の柄から手を離せぬまま、立ち尽くした。そして、いつもは軽口で場を回すミーナさえも、その胸元を自ら抱きしめるようにして、痛ましげに顔を歪めている。裏社会の情報に精通する彼女には分かっていた。かつて「金の傭兵王」が北の地で振るった暴力が、どれほど多くの者の運命を、取り返しのつかない形に変えてしまったのかを。
非難を一身に浴びるガルハートは、ただ黙って少女を見上げていた。
その瞳には、弁明も、憐れみもない。ただ、かつて自分が戦場に撒いた「報い」を、真正面から受け止める王の静寂だけがあった。
「……ガハハ。あの時のチビッ子か。大きくなっても相変わらず、いい目をしてやがる」
ガルハートの言葉に、シルヴィの肩がびくりと跳ねた。
かつて、泥濘の戦場で父の傍らにいた幼い自分。あの時、黄金の鬣をなびかせて戦場を蹂躙した「怪物」が、今は目の前で穏やかな、けれどすべてを見透かすような瞳で自分を見つめている。
ガルハートは椅子から身を乗り出すと、視線の高さを彼女に合わせた。
「で、お嬢ちゃん。本当は、何をしにここへ来た? ザルカスの野郎が頭を下げたのは、単なるきっかけに過ぎねぇ。お前のその目が、俺に何かを言いたがってるぜ」
「それは、俺が――」
ザルカスが助け舟を出そうと口を開くが、シルヴィはその大きな背中を手で制した。
「待って、ザルカス叔父様。これは、私が言うべきことだわ」
彼女は溢れそうになる涙を手の甲で乱暴に拭うと、凛とした足取りで一歩前へ出た。もはやそこには、泣きじゃくる子供の姿はない。クラン『鋼鉄の牙』の血を引く、一人の「依頼人」の顔があった。
「金の傭兵王、あんたにオーダーよ」
その言葉が響いた瞬間、長屋の空気が張り詰める。
「私たちのクランハウス……『鋼鉄の揺り篭』の奪還。そして、連れ去られた父様の消息を探ること。……父様の消息については、あんたの為に探した婆さんの息子の墓の件で『ロハ』にしてあげる。でも、ハウスの奪還に関しては――」
「ちょっと待ちなさいッ!!」
鋭い声と共に、扇子が机を叩く乾いた音が響いた。
それまで絶句していたリノンが、憤怒の色を隠しもせず割って入る。彼女はガルの腕をひっつかみ、シルヴィを冷徹な商人の瞳で睨みつけた。
「いい度胸ね、お嬢さん。この『お猿さん』は、今は私の私有物……ゴールドバーグ商会が三倍の値を付けて買い取った専属の商品なの。勝手に他人がオーダーを出していい道理なんてないわ。依頼があるなら、まずは私を通しなさい!」
「なっ……! 私は、父様の、クランの誇りのために頼んでいるのよ!」
「誇り? そんなものでお腹が膨れるかしら? 悪いけど、私の『所有物』を安売りするつもりはないわよ」
リノンはさらに力を込めてガルハートの腕を抱き寄せた。
あたかも「ここから先は一歩も譲らない」と言わんばかりに、シルヴィの前に立ちはだかったのであった。
リノンがシルヴィを冷たく突き放した、その時だった。
「……やめなさい、二人とも!」
凛とした声が長屋の空気を切り裂いた。
ヒサメが、リノンとシルヴィの間に割り込む。その瞳は、いつもの純真な少女のものではなく、スターレの街を守る「騎士」の鋭さを帯びていた。
「リノン・ゴールドバーグ、シルヴィさんの言う通り、もはや商売の範疇を超えています。『氷の涯』が動いた以上、状況がどうあれ、この長屋での滞在は愚策でしょう。万が一の時には貴方の『所有物』だって無事では済まない」
「なっ……」
リノンが言葉を詰まらせる。ヒサメは間髪入れず、今度はシルヴィに向き直った。
「シルヴィさん。貴女のオーダーは私が預かります。『氷の涯』は……攫った身内を人質にして、要人を意のままに操ることで知られています。あいつらにとって、貴女を捕らえることは、団長であるお父様を完全に屈服させるための『仕上げ』に等しい。……ここよりも確実に、そして『公的』に貴女を隠し通せる場所が必要です」
ヒサメは一度、ガルハートを見た。彼が黙って頷くのを確認すると、彼女は決然と長屋を飛び出した。
「心当たりはあります、少し待って下さい。兄様を……カイン兄様を、話の通じる場所まで連れてきます!」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ついに動き出した宗教国家の影、そしてカイン兄様の再登場。
獅子の過去は、この街に何をもたらすのか。
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次回、カイン・アルマ・スターレの「凡人の意地」が炸裂します。
お楽しみに!
水、土曜の週2回投稿となっております。(筆がのれば月曜日も更新します)
水曜土曜はガハハの日!




