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第三十章

 ガイスの武器屋の奥の鍛冶場で過ごした後、すっかり日が暮れた街を歩き、梨花亭に着く。


 「やあ、おかえり。ひゅうご。」

 「あぁ、今帰った。二人は?」

 「まだ裏庭でやってるぞ。」

 「そ、そうか。ちょっと見てくる。恐らく直ぐ夕食になると思う。」

 「だろうな。用意しておく。」

 「有り難い。」


 裏庭に出ると二人は木刀による型稽古の打ち太刀を行っていた。

 ハーデンは1本目の大剣の木刀、マインはこの間、合間に作って渡してた短刀の木剣2本でだ。


 型はほぼ同じなのに、俺と師匠とのやりとりとは全く違った動きであった。

 大剣と短剣の双剣。

 当たり前だが動きの速さと重さが全く違うのに、打ち太刀にはなっている事が不思議に見える程だ。


 「二人共、励んでるな。後どの位だ?」

 動きを止めないままマインが言う

 「うっ、こ、この1合で、おっ、終わる所でした。」


 「そうか。それは悪かった。声を掛けて。」

 「い、いえ。」

 「だ、大丈夫だ。」


 二人共少し余裕があるな。

 それにしてもハーデンは1本目の木剣を使いこなしているな。


 そう思った所で、丁度1合の終わりを見せた。


 「はぁ、はぁ、はぁ。」

 「はぁ、はぁ、はぁ。」

 二人共息が上がっている。そうとう続けてきてたんだろう。


 「息が整ってない中悪いが、ハーデン、魔大剣を持ってきてくれないか?」

 「はぁっ、えっ? それって?」

 「あぁ。」

 「あっ、今すぐ取ってくる!」


 息の上がってるマインに話しかけようとしたら、先にマインから声を掛けられた。


 「ひゅうごさん、ひゅうごさんの方は上手くいったのですか?」

 「あ、あぁ、これ以上に無い程にな。」


 「えっ!? ひゅうごさんがそこまで言う程にですか?」

 「あぁ。ホント、そうなんだ。」


 「そ、それは上々で。」

 「あぁ。」


 逆に沈黙が流れる。

 そこに喜び勇んだハーデンが現れる。


 「し、師匠! お、お持たせしましたっ!」

 「あぁ。ありがとうな。ハーデン。」


 「い、いぃえっ、 お、お願いしますっ。」

 ホント無邪気でいい。


 ハーデンから魔大剣を受け取る。

 俺は徐に鞘を抜き、両手でそれを構える。

 そして、それに火属性の魔力を籠め、剣の刀身に炎を纏わした。


 「おぉぉぉおっ!」

 っと驚くハーデン。

 それを横目に言葉で制する俺。


「これは、おそらく火属性の魔法使いなら誰でも魔剣に炎を纏わせることはできる。だが、それだけでは大して使い道のない魔法剣だ。」

「えっ? あ? そうなのか?」

「あぁ。」


 そう答えると、俺は真っ赤な炎を纏わせた魔大剣を右手だけで垂直に構え、裏庭の隅へと歩み寄る。

 そこには、予備の木刀を作るために切り出して積み上げてある木材が数本置かれていた。その中から一本を左手で持ち上げる。


 木材は直径10センチほど、長さは1メートルほどある丸太だった。

 それを裏庭の中央まで運び、慎重に重心を見極めながら静かに地面へ立てる。木材は揺れることなく、一本の柱のようにその場へ直立した。


 俺は炎を纏った魔大剣を左手へ持ち替え、右手で愛刀・黒虎徹を静かに抜き放つ。

 刹那。


 黒虎徹が一閃し、立てられた木材を横薙ぎに薙ぎ払う。

 鋭い斬撃は何の抵抗もなく木材を断ち切り、木材はほとんど音を立てることなく真っ二つとなる。そのまま上下の木片は地面へ倒れ込み、乾いた音だけが裏庭へ小さく響いた。


 俺は普段ほとんど行わない片手納刀をゆっくりと行い、静かに二人へ視線を向ける。

「今から見せる俺の火魔剣は、これが完成形でも何でもない。むしろ、これを見てなお、その先を考え、これを超える発想へ辿り着くことこそが、魔法剣の極意だと言える。」


 口にした瞬間、自分でも随分と大層な前置きをしてしまったと思う。

 その余計な思考を振り払うように、俺は深く息を吸い、再び剣を構えた。


 狙いは、先ほど切り倒した木材。

 真っ赤な炎を纏う対魔剣が静かに唸りを上げる。

 そして、一歩踏み込み、迷いのない横薙ぎを放つ。


 次の瞬間、木材は衝撃で横へと弾き飛ばされ、二つの木片となって宙を舞う。

 しかし、地面へ落ちることはなかった。

 それは空中で真っ赤な炎に包まれ燃え切った。


 そして俺は、先ほど見せた、ただ剣に炎を纏わせただけの一撃とは違う、俺が辿り着いた炎の魔剣、その真髄を見せることにした。


「これがそうだ。」

 ただ一言だけ告げると、俺は静かに意識を集中させ、魔力を魔大剣へと流し込む。


 その瞬間、それまで剣身を包んでいた炎は、まるで役目を終えたかのように一瞬で掻き消えた。

 だが、炎が消えたわけではない。


 次の瞬間には、青白い炎が刃そのものへ吸い寄せられるように収束し、剣身を覆うことなく、刃の輪郭だけを縁取るように静かに揺らめき始める。


 炎は激しく燃え盛ることも、熱を撒き散らすこともない。

 それでも、その場に立つ誰もが、本能的に先ほどまでとはまるで別物だと理解できるほどの異様な気配を放っていた。


「これをよく見ていてくれ。この状態になるために必要なものや、どうすればこの形へ辿り着けるのかは、まだ教えない。」

 俺は魔大剣を静かに構えたまま続ける。


「まずは、お前自身の目で見て、感じて、考えろ。そして、自分なりに挑戦してみるんだ。その先で行き詰まった時、初めて俺が教える。」

「あ、あ、はいっ。」


 緊張した面持ちで力強く頷く声が返る。

 俺は静かに木材へ向き直る。


 先ほどと同じように立てかけられた木材へ狙いを定め、青白い炎を刃だけに纏わせた魔大剣をゆっくりと横薙ぎに振るう。


 剣身が木材を薙いだ瞬間、耳に届いたのは風を裂く微かな音だけだった。

 木材は何の抵抗も見せることなく、まるで初めからそこに切れ目が存在していたかのような滑らかさで上下へと両断される。


 切り離された上半分は宙へ浮かび、下半分はその場へ残ったまま、まるで世界から時間だけが切り離されたかのように、一瞬だけ静止した。


 そして、その静寂を破ることなく、切断面の先端から青白い炎が音もなく走る。

 それは燃え移る炎ではない。


 木材そのものへ浸透し、存在そのものを喰らい尽くすように、一瞬で全体を炭化させていく。

 木片は黒く染まり、崩れ落ちる暇さえ与えられないまま、その輪郭を失っていく。

 やがて形ある木材は極小の黒い灰へと変わり、無数の粒子となって風に溶け込むように静かに霧散した。


 灰すら地面へ落ちることはない。

 すべてが跡形もなく消え去り、そこに残ったのは、焼け焦げた匂いさえ漂わない、木材が最初から存在していなかったかのような静寂だけだった。


 「えぁっ!?何が起きたんだっ?」

 「これ程までとは。」


 俺も正直ここまでの変化を見せられるとは思って無かった。が、それをあくまで言う必要はない。

 「正直、これがお前の完成形だとは思っていない。」

 「こ、これでもか?」


 「あぁ。こんな力で切った相手を全て消し炭にしてたら、報酬を一つも得られんからな。あくまで一つの例だと思ってくれ。」

 「あ、あい分かった。」


 「それで今晩からハーデンには、ここでこの大魔剣を持って先程の炎を纏わせるトレーニングだ。」

 「はいっ。」


 「そこで寝落ちしてもらうが、火事の心配があるから、これからここに水槽を作る。必ずそこで行うこと。」

 「はいっ。」


 「そこで更に安全を期して、俺かマインが必ずその場に居る時に限る。」

 「えっ?もし居なかったら?」

 「その時はこの訓練は行わないで、別の、今までのファイアーボールの訓練かな。」


 「えぇー。」

 「仕方ない。それ程までに火事は怖いんだ。」

 「そういうならそうするけど。」


 「あぁ、そうしてくれ。」

 「私も気を付けます。」

 「助かる。」


 「そしてお前には魔力量の管理を明日から覚えて欲しい。」

 「え、あ、魔力か、管理?」

 「あぁ、魔力量の管理だ。」


 「はい。」

「魔力量の管理とは、自分の魔力総量を正確に把握し、その中でどこまで使い、どの時点で引き返すかを判断するための基準を作ることだ。」

「ふむ、ふむ。それで?」


「お前の場合、ファイアーボールは最低でも15発は確実に撃てる。20発は撃てるかもしれないが、そこには確証がない。だから安全ラインは15発と考える。」

「あ? 最低15発は撃てるのにか?」


「あぁ。"安全マージン"という考え方だ。可能性ではなく、確実性を基準にする。」

「おぉ、そういうことか。俺は15発までは確実に撃てるってことだな?」

「そういうことだ。だが、そこで終わりじゃない。」

 俺は一本指を立てて続ける。


「その15発をすべて使い切るんじゃない。帰りの危険も考慮する。今回は15発を最大値と仮定し、そのうえで帰還用の魔力を残す。つまり、5発撃った時点で引き返すんだ。」

「あぁっ? たった5発撃っただけで戻るのか? それじゃ少しも稼げないじゃないか。」

「今の話は、お前を一人の魔法士として見た場合の基準だ。」

「魔法士として?」


「あぁ。お前はまだ魔法剣を扱えない。だから今は魔法を戦闘へ組み込む訓練を優先する。その前提なら、ファイアーボールを5発撃った時点で帰還する。それが今回の基準だ。」

「あぁ……それは分かった。じゃあ、魔法士じゃない今の俺は、何を基準に引き返せばいいんだ?」

「そこが難しいところだ。本来なら魔法剣士は、自分の残り魔力と剣士としての体力や技量、その両方を見ながら自分で判断しなければならない。」


「また急に難しいことを言うな。」

「確かにな。だから今回は、お前でも判断しやすい基準を作る。」

 俺はそう言って指を二本立てた。


「ファイアーボールで倒す数と、剣だけで倒す数を同じくらいにすることを意識しろ。そして合計10体倒したら引き返す。」

「剣だけで10体倒したらってことか?」

「いや、そうじゃない。」


 俺は首を横へ振る。

「特に明日は、アント1体を剣で倒し、次の1体をファイアーボールで倒す。そんな意識で戦ってほしい。」

「なるほど。」


「もちろん、実戦でそこまで綺麗に交互になることは絶対にない。だから数に縛られる必要はないが、『剣と魔法を半々くらいで使う』という意識だけは忘れるな。そして、ファイアーボールを5発撃ったら必ず引き返す。それだけは徹底してくれ。」

「でもよぉ、5発撃って戻ってたら、かなり効率が悪いと思うぜ? 行きは湧いてくる魔物を狩れるだろうけど、帰りは行きに全部倒してたら、1匹も出ずに入口まで戻れるんじゃないか?」

「そう考えるのは当然だ。実際、多くの場合はそうなるだろう。」

 俺は静かに頷く。


「だが、迷宮はそんな『多くの場合』が通用しない場所でもある。」

「……。」

「5体目を倒した直後、新たに5体、あるいは10体もの魔物に気付かれ、そのまま後退している最中に、後ろから再出現した魔物に襲われる。そんなことは珍しくない。」

「むむっ……。」


「本当に、よくある話だ。前の魔物へ対処している間にも、後方ではリスポーンした魔物が次々と現れる。気付けば完全に前後を挟まれ、逃げ道を失う。」

 俺は少しだけ表情を曇らせる。

「そうなったパーティーは……ほとんど助からない。」

「うげっ……。」


「だから何度も言う。まずは安全に入口まで戻れ。そのうえで、まだ余力があり、もう一度潜っても問題ないと判断できるなら、そこで初めて次の探索を始めればいい。」

「た、確かに……。」


 「それを解って貰えればそれで良い。」

 「うん。」

 「確かに今の段階では煩わしい位に思えるのも確かだが、だがマインがお前と同等クラスの後衛であったら、これでも安全マージンは足りないと思えるぞ。」

 「あ、確かに。」


 「それが解れば良いんだ。」

 「あ、ありがとう、師匠。」

 「かしこまる必要は無い。それを教えるのが師匠の役目だ。」

 「あ、あぁ、そういうものかもな。」


 俺は裏庭の建物から最も離れた一角へと歩み、土魔法を発動させる。

 足元の土が静かに盛り上がり、四方を囲うように土壁がせり上がっていく。俺は魔力を細かく操りながら、その形を徐々に整え、一辺が真っ直ぐに揃った四角い水槽を作り上げていった。


 だが、形を作るだけでは終わらない。

 水を溜めるには、内側から水が染み出さないようにしなければならない。


 俺は水槽の内壁へさらに魔力を流し込み、土の粒子一つ一つを圧縮するように密着させていく。隙間という隙間を埋めるように粒子を固め、滑らかな壁面へと仕上げていった。


 石畳以外の立体物を土魔法で作るのは今回が初めてだったため、形を整え、強度を保ち、さらに防水性まで持たせる作業には予想以上の時間が掛かった。


 それでも、完璧ではないにせよ、水を張ってもすぐには漏れ出さず、ある程度の時間なら維持できる程度には仕上がっただろう。


 そう判断すると、俺は完成した水槽を見下ろし、小さく息を吐く。

 いつものように闇魔法で水を採取することもできたが、今回は水魔法の訓練も兼ねることにした。

 掌を水槽へ向け、魔力を静かに練り上げる。


 やがて、透明な水が空中から湧き出るように現れ、細い流れとなって水槽の底へと注ぎ込まれていく。

 一度に大量の水を生み出すことはまだできない。


 俺は魔力の流れを乱さぬよう慎重に制御を続け、水位が少しずつ上がっていくのを見守った。

 気の遠くなるような時間を掛け、ようやく水槽いっぱいに透き通った水が満たされる。

 水面は夕日に照らされ、揺らめく鏡のように静かな光を映していた。


 水槽を作る前に、先に夕食をと勧めた二人が夕食を終えて戻って来た。

 ここまで時間が掛かるとは、想定はしていたが、思っては無かった。


 「はぁ、ハーデン。最後の寝落ち訓練はこの水槽の前でな。マインの居る前でだ。」

 「はい。」

 「マイン。悪いな。ハーデンが寝落ちするのを確認して欲しい。俺が戻ってたらいいが。」

 「大丈夫ですよ。食事になさって下さい。」

 「あぁ、そうする。後は頼んだ。」

 「はい。」


 俺は二人を置いて食事に向かった。

 アギレンとマギーとの他愛のない会話をすすめながらの食事を終え、中庭に向かうと、俺が作った水槽に魔大剣を落とし、そこに突っ伏したハーデンが居た。


 「ハーデンは寝落ちたか?」

 「はい。今しがた。私は型稽古をしていたもので、今それを確認したばかりですが。」

 「そうか。ならハーデンを部屋に運ぼう。その後はヒョウの祠でいいか?」

 「勿論です。」


 「ハーデンの魔剣の色は変わってたか?」

 「はい。ひゅうごさんのとは遠く及ばないですが、赤色からは少し変わってた様に見受けられました。自身の稽古の合間に横目で見ただけでの判断ですが。」

 「そ、そうか。それなら良かった。」


 俺はそう言い、ハーデンを抱え2階の俺の部屋に運んだ。

 その後マインの部屋に向かい、黒穴引と出を作り、二人で祠に向かった。


 ヒョウに軽く挨拶して、マインと二人で祠前の広場で型稽古。俺は木剣の二刀流、マインは木短剣の二刀流でだ。


 重力は6倍。

 ひとしきり行い、疲れ切った所で終え、祠に戻る。

 最後は瞑想をしながら認識阻害の魔法で魔力同調を行い、寝落ち。

 そして、次の朝を迎えた。


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