加速しだした信念(ミッション)
月曜日の朝。窓際の席に座る白瀬湊は、お世辞にも面白いとは言えない担任の長いホームルームをぼんやりと聞き流していた。
黒板の前で口を動かす担任の声は、まるで遠い世界の雑音のようだ。湊の視線は無意識のうちに、机のフックに掛けた通学カバンの奥底へと向けられていた。
そこには、過負荷で焼き切れたはずの、『シャームカセット:メタル』が眠っている。
(まさか、家まで直接来るとは思わなかったな……)
土曜日の激戦の疲れで泥のように眠っていた、日曜日の朝のことだ。
自宅のインターホンが鳴り、寝ぼけ眼で受け取ったのは、湊宛ての小さな荷物――を抱えた、宅配業者を装ったあの『国家機密研究所』の研究員だった。
小さな荷物と一緒に、玄関先で生身のまま手渡されたのは、過負荷で焼き切れたはずの『シャームカセット:メタル』。
それも、土曜日の戦闘データに基づいて過負荷耐性をアップデートされた、新品のカセットだった。
研究員はシャームカセットを手渡すと、嵐のように去っていった。国の影がいつでも日常のすぐ裏側に潜んでいるという事実。それは、普通の高校生にとって十分すぎるほどの恐怖だった。
自室のベッドに大の字になり、支給されたばかりの新品のカセットを天井に透かす。
実験場に行く機会はなかったが、昨日手渡された『ツールカセット:モバイル』の通信モードを通じて、あの研究員はガントレットに備わっている力を説明していた。
『ガントレットには、クロニクルチャージというエネルギーを溜めるという状態を経て、エナジーレリースを発動するという仕様がある。
クロニクルチャージ中に、前方にエネルギーを広く集中させてエナジーレリースを発動させると、君があのときに使用した、金属の力を集結させた防御技となる。
だが、そのクロニクルチャージの際に、足や拳などにエネルギーを一点集中させれば、理論上は攻撃へと転用可能だ。』
頭の中でのシミュレーションなら、ベッドの上で何度でもできた。
鋼の粒子を前面に展開し、あらゆる衝撃を遮断する絶対の盾。
湊はその防御の技を、『メタルプレベント』と名付けた。
そして、その莫大な鋼のエネルギーを右拳の周りに超高密度で凝縮し、質量と硬度を極限まで高めた装甲として叩きつける、一撃必殺の鉄拳。
アニメや特撮ヒーローの知識を総動員して、ベッドの上で密かに呟いた攻撃の技名は、『メタル・リーサルフィスト』。
キーンコーンカーンコーン――。
退屈なホームルームの終わりを告げるチャイムの音が響き、湊は月曜日の教室へと意識を引き戻された。
「なぁ湊、今日の昼飯の購買一緒に行かね?」
隣の席の友人が、いつもと変わらない呑気な笑顔で話しかけてくる。
「あ、あぁ。もちろん行くよ。」
笑顔を返しつつも、カバンの奥にある重たい非日常の感触が、湊にすっかり変わってしまった自分の立場を嫌でも自覚させる。
この何の変哲もない日常の中で、こんな国家が動くようなレベルの兵器を隠し持っているという奇妙な緊張感。
(この緊張感、いつになったら慣れるのかな……。)
湊がこれから先のことを考えて、憂鬱になりながら席を立った、その時だった。
――ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ。
ひどく耳障りな不協和音が、けたたましく鳴り響いた。
音の主は、通学カバンの奥底。
ダイヤルを『0』にして完全に機能を遮断しているはずの――『ツールカセット:モバイル』だった。
(……っ!? バカな、オフにしてるはずなのに……なぜだ!?)
驚いて、カバンの隙間からそっと中を覗き込む。
すると、機能停止しているはずのツールカセットの基盤ランプが赤色に染まり、激しく明滅していた。
それを視認した、まさにその瞬間だった。
突如として、教室全体が底から突き上げられるように激しく揺れはじめた。
周りを見ると、クラスメイトたち悲鳴を上げて机にしがみついている。
(一体、何が起こっているんだ……!?)
こんなパニック状況下であっても、無能力者である自分が未知の機械『クロニクルガントレット』を使用している所を周囲に見られたら、かなりまずい。
そのリスクを本能的に察知した湊は、ガントレットへの装填を諦め、カバンの奥からツールカセットだけを引っ掴むと、自分のスマートフォンへと強引に密着させた。
すると、画面がバグを起こしたように強制起動する。
そこに映し出されたのは――【 MODE 2 : 広域超常現象観測計 】のレーダー画面。
「……嘘、だよな。」
湊は息を呑んだ。
液晶の中、今いる学校の敷地を完全に飲み込むほどの、今までで最も巨大な『真っ赤な円』が、激しく明滅を繰り返していた――。




