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心に決めた信念(ミッション)

超常現象対策課の誘導に従い、騒然とする公園を後にした湊と陽菜。二人は対策課の目を盗むようにして、すっかり夕闇に包まれた近くの静かな歩道橋の上へと移動していた。


「……湊。それ、さっきあの男に渡されたやつよね?」


陽菜の視線の先で、湊は手の中の物体を見つめていた。研究員から、超常現象の混乱のどさくさに紛れて手渡された――『ツールカセット』。


緑色の基盤が透けて見える、無骨な人工カセットだが、よく見るとその側面には、小さなダイヤルが取り付けられていた。ダイヤルの周りには、かすれた文字で0から4までの数字が刻まれている。


「研究員は、ガントレットに装填するか、電波を発する機器に接触させろって言ってたな……。」


湊は、右腕に装着されたままの黒い時計型の機械――『クロニクルガントレット』を見つめた。


スマートフォンに接触させることもできるが、この小さなカセットを重ねるのは、どうにもアンバランスさが否めない。湊は迷わず、右腕のガントレットのスロットへと、ツールカセットを滑り込ませた。


初期状態である『0』から、カセットの側面にある小さなダイヤルを『1』に合わせてカチリと回した。


直後、ガントレットのホログラムが発生するところが激しく明滅する。

次の瞬間、ツールの基盤から空色の光の粒子が噴き出し、ガントレットの少し上に、スマートフォンの画面より一回り大きなサイズの、ホログラムのウィンドウを展開した。


――【 MODE 1 : RESEARCH CONNECT 】――


機械音声がツールカセットから流れた後、無駄のないサイズ感で宙に浮かぶ画面に映し出されたのは、先ほどの国家機密研究所の研究員の顔だった。


『ツールカセット:モバイルの起動を確認した。動作は良好なようだね、白瀬くん』


「本当に通信が始まりやがった……。」


『そのカセットは、クロニクルカセットに由来しない、我が研究所の独自の技術の結晶だ。ダイヤルを切り替えることで、君をサポートする4つのモードが発動する。説明しておこう。』


研究員は淡々と、しかしどこか誇らしげにその機能を語り始めた。


『初期位置の【0】は、すべての機能を遮断するオフモード。

そして今使っている【モード1】は我が研究所との通信機能だ。

【モード2】は高性能な広域超常現象観測計で、超常現象値が急激に上昇した危険地点が赤色の円で示され、君の現在地が水色の光点で表示される。街の異変を一目で察知できるはずだ。』


研究員の言葉に従い、湊がダイヤルを『2』へと回す。

通信画面が瞬時に切り替わり、ガントレットの上に精緻なグリッド線が描かれた蒼いレーダー画面が浮かび上がった。画面の中央、水色の光点(現在地)のすぐ近くで、先ほどまでいた公園の場所が、未だに薄い赤色の円で囲まれて明滅している。


『自然エネルギーを吸い上げた時のように、ガントレット本体のインジケーターを直接拡張しているからね。その方がホログラムの安定性も高いはずだ。

……続いて【モード3】は時計機能。ホログラムで現在地の正確な時刻を表示する。

これには一つ、特殊なギミックがあってね。もし君が今後、超常現象空間の歪みの奥にある【異界アノマリーフィールド】に迷い込んだ場合、その時計は「異界に入る前にいた地点の時刻」を指し示し続ける。時間の概念が狂った異界において、元の世界との絶対的な時間軸を失わないための命綱だ。』


ダイヤルを『3』に回すと、デジタル調の時計が静かに18時03分を刻み始める。異界という、聞いただけでその異常さが伝わる世界の存在を当然のように語る研究員の言葉に、湊はごくりと唾を飲み込んだ。


『最後の【モード4】は、君が所持しているカセットのリスト表示機能。現在の君の登録データと、機体の負荷状況をリアルタイムで確認できる。』


湊は『4』へとダイヤルを合わせる。


――【 RECORD No.2 : AQUA 】(ACTIVE / 100%)

――【 SHARM No.1 : METAL 】(DOWN / OVERHEAT)


ガントレットの上に新しく画面が浮かび、それには、先ほど手に入れたばかりの『アクア』のカセットと、過負荷で焼き切れた『メタル』の状態が表示されていた。


『仕様は理解できたかな? 我々はそのツールを通じて、君の日常を監視しつつデータを集める。では、良い休日を。』


通信が一方的に切断され、空中のホログラムが光の粒子となって霧散した。湊がダイヤルをカチカチと『0』のオフモードに戻すと、ガントレットの上の画面はスッと消灯する。右腕に馴染む黒い機械を見つめながら、湊は長いため息をついた。


「ハハ、大層なものを押し付けられちゃったわね。完全に研究所にロックオンされてる。」


隣で一連の起動を見ていた陽菜が、歩道橋の欄干に背中を預け、どこか自嘲気味に笑った。

夕暮れの風が、彼女の髪を揺らす。


「なぁ、陽菜。俺、これからどうすればいいと思う?」


湊の率直な問いに、陽菜は笑みを消し、水録学園のエリートとしての、冷徹で真剣な眼差しを湊に向けた。


「研究所はあなたを便利な『保管者』と呼んでいるけれど、本音はただの都合のいい実験体よ。

今回みたいに、あなたが急に発生した超常災害に巻き込まれて死んでも、研究所はただツールカセットから戦闘データを回収して、『次』を探すだけなの。

でも、あなたが死んだあとに、その機械の生体ロックが外れるか分かるまでは、研究所はあなたを全力でサポートしてくれるはずだから安心して。」


「都合の良い実験体、か……。」


無能力者の自分には、世界の裏側と戦う義務も、正義の味方になる高潔な思想もない。

あるとすれば―――あの、どこまでも退屈で愛おしい日常への執着だけだ。


けれど、研究所に監視され、この『クロニクルガントレット』が俺にしか使えない以上、ただ平穏を願って逃げ回るだけでは、いずれ、今の日常すら理不尽に踏みにじられるだろう。


(だったら……流されるがままに戦ってデータを集める義理なんてない。)


湊は、もう一度ツールカセットのダイヤルを『2』

――超常現象観測計(へとカチリと合わせた。ガントレットの少し上に、夕闇に染まる水録市の地図と、自分の居場所を示す水色の光点が、再び綺麗なホログラムとして浮かび上がる。


「決めたよ。」


「え?」


陽菜が驚いたように目を丸くする。湊はガントレットが装着された右腕をぐっと握りしめ、前を見据えた。


「ただ研究所にデータを送るだけなんて癪だ。

このツールを使って、超常現象からこの街を守る。

自分の日常を理不尽に壊されないために、街を守りながら、研究所、ひいては国が欲しがってるデータをこれでもかってくらい集めて、送りつけてやるさ。」


それは、無能力者の一般人が、国家と不条理な運命に対して叩きつけた、ささやかな反逆の決意だった。

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