超常災害の収束後(ポスト・プロセシング)
「人工の力じゃない……自然そのものを支配する、これが本物の『クロニクル』の力……」
そんな湊の傍らで、陽菜は手元の超常現象観測計を握りしめたまま、ただ呆然と立ち尽くしていた。画面全体を真っ赤に染めていた災害アラートの光点は、文字通り「一撃」で完全に消滅している。
しばらくして、ようやく上体を起こした湊に、陽菜が絞りだすような声で問い詰める。
「……説明して。湊、それ、一体どういうことなの?」
隠す必要も、追われているわけでもない。湊はため息をひとつつくと、昨日あった出来事をそのまま口にした。
放課後、高校の敷地を出たところで一人の研究員に捕まったこと。
国から『クロニクルガントレット』を生身で押し付けられ、監視付きの保管を命令されたこと。
そして、一緒に渡された人工カセット『シャームカセット:メタル』と、透明な『ブランクカセット』の存在を。
「国が、あなたにガントレットを……。じゃあ、今のは何? その青いカセットは、どこから出てきたの?」
「いや、ただの事故だよ。気分転換にブランクカセットを弄りながら歩いてたら、偶然噴水に落としちまって。
そしたらガントレットが勝手に反応して、水を吸い上げてこれに変わったんだ。」
湊がポケットから、澄み渡る深海色のクリアブルーの色のテープを取り出して見せる。陽菜はその美しい色のカセットを一瞥し、頭を抱えた。
「嘘でしょ……。国がどれだけ最先端科学を注ぎ込んでも、人工の『シャーム』を作るのが限界だったのよ? それを、ただ噴水に落としただけで、本物の『クロニクル』を生成できたっていうの……?」
その時、公園の入り口からサイレンの音が響き、物々しい防護服や制服に身を包んだ集団が押し寄せてきた。
市民の通報を受けて出動した、公的な超常災害処理組織――『超常現象対策課』の救助部隊だった。
「これより現場を封鎖する! 一般市民は速やかに避難を――!」
慌ただしく動く対策課の隊員たちが、逃げ遅れた一般人の救護を始める。陽菜が水録学園の学生証を提示するために数歩離れた、その瞬間だった。
「――怪我はありませんか?」
湊のすぐ傍らに、トリアージ用の毛布を持った一人の対策課の隊員がスッとしゃがみ込んだ。
フルフェイスのヘルメットの奥から覗く、冷徹な目。湊はその目に見覚えがあった。
「あんた……昨日の研究員の仲間か……!?」
マスクの隙間から漏れ聞こえたのは、あの国家機密研究所の研究員の、低く冷静な声だった。
「静かに。我々の広域監視システムが、君のガントレットから解き放たれた未知の超大規模なエネルギー波長をキャッチしてね。対策課の出動に紛れて、直接確認に来させてもらったよ。」
研究員は一般人を労わるフリをしながら、湊が持っている新たなカセットである『クロニクルカセット:アクア』を素早く確認した。
「とても素晴らしい。まさか、我々が解析できなかったブランクカセットを、本物へと変質させる唯一のキーがこのクロニクルガントレットだったとは。……さあ、これを。」
研究員は、手渡す毛布の折り目の内側に、緑色の基盤が剥き出しになった奇妙な人工カセットを隠し、湊の手の中へと滑り込ませた。
「我が研究所が開発した拡張用の人工カセット――『ツールカセット』の一種だ。
このガントレット自体に通信機能はないが、そのカセットをガントレットに装填、あるいはスマートフォンなどの電波を発する機器に接触させることで、
ガントレットの挙動や内部データを我が研究所のメインサーバーへリアルタイムで同期・送信することができる。
さらに、我々から君への緊急通信ツールとしても機能する。」
有無を言わせぬ手付きで、毛布越しに『ツールカセット』を湊の手に握らせる。
「こちら側としては、君にガントレットの保管を委ねた判断が100%正しかったと確信した。君はただの保管者ではない。この兵器の唯一の運用者だ。
今後もそのツールカセットを通じて君の戦闘を監視しつつ、さらなるデータの収集協力を期待しているよ。あと、その使用不可能になったカセットは回収する。次渡すときには、エネルギー解放で壊れないようにはするつもりだ。」
研究員はそれを告げると、何事もなかったかのように立ち上がり、「こちらの市民、怪我はありません! 次のエリアへ!」と他の隊員に声をかけ、騒然とする人混みの中へと瞬時に溶け込んで消えていった。
今、混乱に紛れて手渡された、研究所から送られた新たな力である『ツールカセット』。そして、偶然手に入れてしまった本物の力『クロニクルカセット:アクア』。
政府公認の「保管者」という建前の裏で、国にその圧倒的な価値を証明してしまった湊。
彼が望む平穏な日常の境界線は、対策課の喧騒に紛れて手渡されたツールカセットを媒介にして、国のシステムへ完全に組み込まれる形で、音を立てて崩れ去っていくのだった。




