空間の歪みの別世界(アノマリー・フィールド)
スマートフォンに映し出された、過去最大級の『真っ赤な円』。
それが激しく明滅を繰り返した、まさに直後のことだった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ――ッ!!!
地鳴りのような重低音と共に、世界が激しく反転を始めた。
「超常現象だ! 早く机の下に隠れ――ぐッ!?」
担任の先生が声を張り上げたが、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
重力が、ねじ曲がったのだ。
激しい衝撃と共に、先生どころか、湊たち生徒全員の身体が「天井」へと叩きつけられた。
パリン、パリン、パリン――ッ!!!
空間の上下が逆転した極限状態の中、凄まじい圧力に耐えかねた教室の窓ガラスが一斉に内側へと弾け飛んだ。
鋭利な破片が凶器となって降り注ぎ、クラスに悲鳴が響き渡る。
だが、この空間の狂気はそれだけでは終わらない。壁の時計の針は狂ったように逆回転を始め、天井のスピーカーからは「キィィィィィン――」と、脳を直接抉るような凄まじい高周波のノイズが鳴り響く。
ドサッ、と重力が元に戻り、床へと転がった湊は何とか立ち上がった。割れた窓の外へと、必死に視線を向ける。
そして、その眼前に広がる異様な光景に、思わず息を呑んだ。
そこにあったのは、見慣れた水録市の街並みではなかった。
抜けるように青かったはずの空は、ねじ切られた墨を流したような、不気味な赤黒い色に変色している。
校門の向こう側は、まるで世界そのものが刃物で切り取られたかのように、禍々しい濃霧の壁によって完全に遮断されていた。
(これが……あのとき研究員が言っていた『異界』なのか? だけど、この超常現象は、今までのものとは何かが決定的に違う気がする……!)
肌を刺すような、重苦しいプレッシャー。
五感が危険信号を乱打する中、湊はハッと我に返った。
(そういえば……他のみんなは大丈夫なのか!?)
急いで教室中を見渡す。その瞬間、湊の背筋に冷たいものが走った。
「……え?」
クラスメイトたちも、担任の先生も、全員が床に力なく倒れ伏していた。
窓ガラスの破片が散らばる中、ピクリとも動かない。
「おい! 大丈夫か!? しっかりしろ!」
近くに倒れていた身近な友人の肩を、声をかけて激しく揺する。
だが、目を覚ます様子は微塵もなかった。
まるで、この異界の空気に触れた瞬間、魂の根幹を強引に眠らされてしまったかのように。
(俺以外の全員が……意識を失ってる……!?)
外界から完全に隔絶された学校。助けを呼ぶこともできない孤立無援の空間で、湊はたった一人、取り残されてしまったのだ。
その時だった。
ゴゴ……、ゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
先ほどとは違う、今度は「大地そのもの」が激しく震えるような、不気味な地響きが足元から這い上がってくる。
窓の外、誰もいない校庭の地面が、生き物のように膨れ上がり始めていた――。
ゴゴ……、ゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
再び、窓の外を見下ろした湊の目が、大きく見開かれた。
「な、んだよ……あれ……っ!」
誰もいない校庭の地面が、まるで生き物のようにボコボコと歪に膨れ上がっている。
そして次の瞬間、コンクリートの地面を内側から爆破するように突き破り――巨大な『岩石の槍』が、何本も、何十本も牙を剥いた。
それは、大自然の質量そのものだった。
超常現象によって生み出された質量兵器は、蛇のような軌道を描きながら、湊たちのいる校舎へ向けて一直線に突き進んでくる。
狙いは、この教室だ!
(来る――ッ!!)
本能が死を察知し、湊は全力で床を蹴った。
身近な友人の身体を強引に引き寄せ、自分の身体で覆いかぶさるようにして抱きしめる。
ズドォォォォォォォン――ッ!!!
鼓膜が破裂するかのような大音響。岩石の槍が、教室のコンクリートの壁をいとも容易く粉砕した。
凄まじい衝撃波と、大量の土砂、そして容赦なく降り注ぐ天井の瓦礫。
「が、はっ……!?」
衝撃で背中に激痛が走り、湊の口から苦悶の息が漏れる。視界が土煙で真っ白に染まる中、ガラガラと音を立ててさらに巨大な天井のコンクリート塊が、気絶した友人たちの真上へと崩落を始めた。
このままでは、全員が生き埋めになって死ぬ。
(クソッ……! どうすれば……!)
周囲を見る。クラスメイトたちは全員、意識を失ったままだ。
そして……自分の右腕を見つめる。そこには、国家レベルの兵器が装着されている。
(これを使えば――だったら、今ここで使わない理由なんてないッ!!)
湊は覚悟を決めた。
カバンの奥から、昨日研究員から受け取ったばかりの輝く新品――『シャームカセット:メタル』を取り出す。
そして、右腕の『クロニクルガントレット』へとカセットを装填した。
【 Cassette Lock! ――RECORD 『Sherm : Metal』Play Start. ――】
機械から鳴る音声と共に走り出す。
昨日、ベッドの上で何度もイメージした技。ぶっつけ本番。失敗すれば、自分も、友達も、全員がここで肉片に変わる。
そんなプレッシャーを抱えながら、湊はガントレットのスイッチを押す。
【 Chronicle Charge METAL 】
ガントレットから、災害アラートのような警告音が流れた後、先ほどよりも一段低い、無機質な重低音の音声が流れる。
それと同時に、電池ゲージが激しく点滅し、限界を超えたエネルギーが凝縮されていくのが分かった。
「頼む、今度こそは耐えてくれッ!!」
湊はもう一度、そのボタンを力任せに押し込んだ。
【 METAL Energy Release ! 】
湊は、迫り来る大地の質量に向けて、右腕を突き出しながら叫んだ。
「――『メタルプレベント』――ッ!!」
直後、教室中を覆う鋼の障壁が展開された。
そして……迫りくる天井と激突する―――。




