鋼の記録の限界突破(エナジー・レリース)
「――ねえ、そこで何してるの?」
彼女――蓮城陽菜の右手には、水録学園の中でも上澄みの生徒に支給される精密機械――『超常現象観測計』が握られている。
その液晶画面は、激しく明滅し、画面の中央に捉えられたひとつの光点を指し示していた。
その光点は、禍々しいほどの赤色に染まっている。
「陽菜……!? なんでここに……?」
「近くのカフェにいたら、私の観測計が突然バグを起こしたの。広域スキャンモードにしていた画面全体が、明滅するほどの大規模な超常エネルギー反応。それが指し示す方向に向かったら、光点がレーダーの中心に来る場所がここだったということなの。あなた、ここで何をしていたの?」
陽菜はレーダーの画面から視線を上げ、淡い光を放っている、湊のズボンの左ポケットへと鋭い視線を向けた。
そこには、先ほど噴水の水を吸い上げて生成されたばかりの【クロニクルカセット:アクア】が、いまだ仄かな蒼い光を放ちながら収まっている。
「湊、あなた……まさか研究所からデバイスを返されたの!?」
「あ、いや、これは……。」
「誤魔化そうとしても無駄よ。このレーダーに刻まれたエネルギーの波長は、一週間前の、あのドラゴンのカセットと完全に一致してる。
でも、おかしい……。検査班の報告では、あの機械は国の人工カセットでしか代替できないはずじゃ……。今の超常反応はどう見ても、人工物なんかじゃない。純粋な自然の力を直接変換した、本物のカセットの反応よ!」
陽菜は一歩、また一歩と湊に詰め寄る。
手元のレーダーは、近距離に存在するあまりにも強大すぎるエネルギーに耐えかね、ジジ……と電子ノイズを上げ始めていた。
「国家機密研究所が、そのエネルギーの強さのせいで解析に失敗した本物のカセットを、こんな場所でどうやって作り出したの……?」
大規模なエネルギーの残滓が、初夏の生温かい風に乗って二人の間を吹き抜けていく。
言い訳の立たない証拠を前に、ついに観念して、昨日あったことをすべて白状しようと、湊が口を開きかけた――その瞬間だった。
ピキィィィン――ッ!!!
突如として、大気を引き裂くような高周波の異音が公園内に鳴り響いた。
空は赤く染まり、公園でくつろいでいた人々の悲鳴が周囲にこだましていく。
音のした方――公園の広場中央の空間が、まるでガラスが割れるように激しく歪み、そこから真っ赤な『炎の嵐』と、禍々しい『衝撃波』が全方位へと弾け飛んだ。
この都市では珍しくない、だが最も恐れられている現象。
自然の力が、この都市に充満しているエネルギーに触れて突発的に暴走することで発生する、純粋な『超常現象災害』だった。
ジジジジジジジジッ!!!
陽菜の手元で、超常現象観測計が煙を吹きそうなほどの警告音を鳴り響かせる。
先ほどの光点を、完全に飲み込むほどの大規模な災害エネルギーの光点が、画面全体を真っ赤に埋め尽くしていく。
「嘘……!? この規模の超常災害は、中々に見ない規模な物ね………!」
陽菜が瞬時に表情を戦慄のそれに変え、周囲の一般人を見る。
空間の歪みから生じた炎が、容赦なく木々を焼き、逃げ惑う人々のすぐ近くへと降り注いでいる。
「危ない……!」
歪みの中心から、大気を激しく引き裂く巨大な衝撃波が、湊たちのいる噴水目掛けて目にも留まらぬ速さで迫ってきた。
「くそっ……!」
目の前に迫る、大気を灼く炎の衝撃波。
とっさに陽菜が防御の異能を展開しようとしたが、あまりの突発的な災害に、その発動は間に合わない。
(クロニクルカセットは……駄目だ! 何が起きるか分からない!)
湊の脳裏に、ポケットにある澄み切った青いカセットが浮かぶ。しかし、あまりにも強大すぎる自然のエネルギーを秘めたそれは、ただの一般人である湊にとって恐怖の対象でしかなかった。
使うなら――こっちだ!
湊はリュックの奥底へ手を突っ込み、昨日無理やり押し付けられた黒い時計型の機械、そして鈍い銀色に輝くカセットを引っ張り出した。
「動け……! 『クロニクルガントレット』っ!!」
叫びながらガントレットを右腕に叩きつける。
金属質のベルトが生き物のように湊の右腕に巻き付き、装着された。
間髪入れず、国が作った人工のカセット――『シャームカセット:メタル』をそのスロットへと叩き込む。
【 Cassette Lock! ――RECORD 『Sherm : Metal』Play Start. ――】
クロニクルガントレットが冷徹な機械音を響かせると同時に、湊の右腕から眩い銀色の粒子が噴き出した。
それは一瞬にして大きな壁の形を成し、湊と陽菜、そして背後にいる逃げ遅れた一般人たちを覆うように、地面に生成された。
ドガァァァァン――ッ!!!
激突する、炎の爆風と鋼のシールド。
すさまじい高熱と衝撃波が銀色の障壁を激しく叩き、周囲のアスファルトを融解させていく。
「ぐっ……くそ、なんて重さなんだ……っ!」
ガントレットを通じて、あり得ないほどの質量が湊の全身を押し潰そうとする。
『シャームカセット』は確かに国が作った最新鋭の疑似的なカセットだった。
だが、目の前で荒れ狂う空間歪みの「自然発生した超常災害の炎」に対し、出力が明らかに足りていない。
ミシ、ミシシ……と、銀色の鋼のシールドに蜘蛛の巣のような亀裂が走り始める。
「嘘、そのカセットの力で耐えきれてない……!? 湊、障壁が割れかけてる!」
陽菜の悲鳴のような叫びが響く。
このままでは、シールドごと炎の嵐に飲み込まれ、全員が消し炭になる。
(耐えきれない……何かないのか?)
どうすればいいのか分からず、湊が必死に右腕のガントレットへ目をやった、その時だった。
カセットの表示が、いつの間にか変化していることに気づく。
(え……【 METAL 】って文字が消えてる……!?)
そこに表示されていたのは、スマホの残量表示のような、明滅するゲージだった。そのエネルギーゲージが、炎の猛攻を受けて見る見るうちに減少し、赤色へと変わっていく。
さらに湊の目が、ガントレットの側面に配置された、昨日までは気づかなかった、赤いスイッチを捉えた。
(これ……押せるのか!?)
一か八か、湊はそのボタンを叩くように、強く押し込んだ。
【 Chronicle Charge METAL 】
ガントレットから、災害アラートのような警告音が流れた後、先ほどよりも一段低い、無機質な重低音の音声が流れる。
それと同時に、電池ゲージが激しく点滅し、限界を超えたエネルギーが凝縮されていくのが分かった。
「頼む、耐えてくれッ!!」
湊はもう一度、そのボタンを力任せに押し込んだ。
【 METAL Energy Release ! 】
「いっけえええぇぇッ!」
閃光。
次の瞬間、ひび割れていた銀色のシールドが爆発的な輝きを放ち、目の前の炎の爆風を強引に押し返すようにして前方へと炸裂した。
鋼のエネルギーが炎の衝撃波を完全にシャットアウトし、周囲の炎を力任せに弾き飛ばす。
しかし、それと同時に限界を迎えた『シャームカセット:メタル』は、カセットの電池ゲージがゼロになり、完全に沈黙した。
「はぁ、はぁ……っ! 弾いた、けど……!」
空間の歪みはまだ収まっていない。
弾かれた炎の嵐が、さらに大きな質量となって再び湊たちへ襲いかかろうと、鎌首をもたげている。
もう、躊躇している暇はなかった。
湊は歯を食いしばり、恐怖をねじ伏せるように左手でポケットを探った。
指先に触れたのは、先ほど噴水の水を吸い上げて生まれた、氷のように冷たいカセット。
「頼むから、言うことを聞いてくれよ……っ!」
沈黙した銀色のテープを引き抜き、代わりに深海のような深みのあるクリアブルーの光を放つ、『クロニクルカセット:アクア』をスロットに入れた。




