新たなカセットの誕生(セッティング・アップ)
せっかくの土曜日、白瀬湊は気分転換を兼ねて公園へと散歩に出かけていた。
抜けるように青い空からは初夏の爽やかな風が吹き抜け、絶好の休日日和だ。
しかし、そんな湊の右手には、普通の高校生がまず持っていないものが握られていた。
昨日、国家機密研究所の男から手渡された――『ブランクカセット』。
磁気テープの奥が奇妙に透けて見える、完全に透明なカセットテープだ。
さすがに、黒い時計型の機械『クロニクルガントレット』と銀色の『シャームカセット:メタル』はリュックの奥底に仕舞い込んでいるが、この不思議な透明のカセットだけは、どうしても気になって外に出していた。
(超常現象とか異能力だけじゃなくて、自然の力も封じ込められる、だっけ……?)
カチャカチャと手の中で弄びながら、のんびりと公園の遊歩道を歩く。
緑豊かな公園の中央には、休日の憩いの場である大きな噴水があり、涼しげな音を立てて勢いよく水を吹き上げていた。
「へえ、結構なオーバーテクノロジーの癖に、触感は普通のアナログテープなんだな……っと」
その時だった。ブランクカセットを、手の中でいじりすぎたせいで、つるりと指先から滑り落ちてしまった。
「あ、やべっ――」
湊は慌てて手を伸ばしたものの、放物線を描いた透明なカセットは、無情にもそのまま目の前の噴水の水路へと、水しぶきを上げて落下してしまった。
ポチャ、と音を立てて水底に沈んでいくブランクカセット。
「最悪だ……! いくら無理矢理押し付けられた物でも、壊したらさすがにマズい――」
慌てて袖をまくり、水の中に手を突っ込もうとした瞬間だった。
背中のリュックの奥から、聞き覚えのある不気味な電子音が響いた。
(……え? クロニクルガントレットが反応してる……!?)
驚いてリュックに手をかけ、クロニクルガントレットを取り出す。
すると、クロニクルガントレットが意思を持っているかのように動き出し、湊の右腕に勝手に装着された。
「えっ!? なんだこれ!?」
次の瞬間、噴水から上がっていた水の柱がピタリと空中で静止する。
それに続いて、周囲の水路の水が、まるで意志を持った生き物のように水底の透明なカセットへと吸い込まれていく。
そして、水の渦の中心で、透明だった『ブランクカセット』のボディが、見る見るうちに澄み渡る深海のようなクリアブルーへと染まっていく。
ワンテンポ遅れて、ガントレットから無機質な音声が流れた。
『――自然元素:【水】の定着を確認。オリジナルコードとの合致を確認しました。これより、【RECORD No.2:アクア】を生成します――』
「RECORD No.2、アクア……!?」
湊の耳に届いたのは、あの夜、テロリストに向けて使用したドラゴンカセットと同じ、オリジナルの系譜を示す名前だった。
直後、空中で静止していた水柱がジャァァ、と音を立てて、元の静かな噴水へと戻っていく。
波立つ水路の底。
そこには、先ほどまでの透明な姿から一変し、澄み渡る深海のようなクリアブルーへと染まった一本のテープが沈んでいた。
「……冷た」
湊は慌てて周囲を見回し、誰も見ていないことを確認してから、水底に手を突っ込んでそのカセットを拾い上げた。
湊の手に収まったカセットは、仄かな冷気を放ちながら、生き物のようにエネルギーが満ち溢れている。
それは、昨日渡された、人工物の『シャームカセット:メタル』とは明らかに一線を画していた。
(研究所が独自に開発したのが、人工物の『シャームカセット』。そして今、水を吸い込んで生まれたこれが……本物の『カセット』……なのか?)
あのドラゴンカセットと同類の物が、今、誕生した。
その事実に、湊の背中に冷たい汗が伝わる。
カチャリ、とガントレットから音がなり、湊の腕からようやく外れた。
拾い上げたばかりの【クロニクルカセット:アクア】をポケットに押し込み、濡れた手をズボンで拭った。
(これが、俺の力になってくれるのか……?)
どうやって水の力を活用させるのか。
考えていると、声をかけられた。
「――ねえ、そこで何してるの?」
背後から突然かけられた、聞き覚えしかない声に、湊の肩が跳ね上がった。
恐る恐る振り返ると、そこには今一番会いたくなかった人物――蓮城陽菜が、怪訝そうな顔で立っていた。




