潮風に消えし異変(コロージョン)
光線は怪物を真正面から捉え、その巨体を一瞬にして眩い光の中へと飲み込んでいく。
「――オオオオオオオオオッ!!」
怪物は地鳴りのように響く咆哮を上げると、光線に向かって全身の銃火器を一斉に乱射し、必死に抵抗する。
しかし、光線へと撃ち込まれ続ける無数の弾丸は、その光に溶けるばかりで、威力を削ぐことすら叶わなかった。
そして、凄まじい勢いで怪物に押し込まれた光線が、怪物の漆黒の装甲を激しく震わせ、全身に次々と亀裂が走っていく。
装甲が内側から押し広げられるように軋み、両腕のガトリング砲が大きく震え始めた。
次の瞬間――。
全身に走った亀裂から、湊の光線にも匹敵するほどの青白い光が一気に噴き出し、辺りを覆った。
「うわっ……!」
あまりの光量に湊が思わず腕で目元を隠す。
次第に光が弱まり、湊がゆっくりと腕を下ろすと――そこに残されていたのは、地面に倒れ込んだ青年の姿だった。
力なく地面へ倒れ込んでいる青年からは、漆黒の装甲も、両腕のガトリング砲も、胸部の大砲も、全てが消え去っている。
「……よし、戻った!」
湊は安堵しながら、倒れている男性へと視線を向けた。
その瞬間だった。
倒れ込んだ男性の胸元から、一枚のディスクがゆっくりと姿を現した。
エボリューションディスクは、まるで身体の内側から押し出されるように、ゆっくりと外へ滑り出していく。
そして完全に体外へ排出されると、静かに地面へと落下した。
「これが……あの怪物を生み出していたディスクか。」
湊がディスクへ近づこうとした、その時だった。
「――それには触れるな。」
「……!」
聞き覚えのある声が、背後から響いた。
湊が振り返る。
そこには――あの青年が立っていた。
「お前……!」
青年は湊の反応など気にも留めず、地面に落ちたエボリューションディスクへと歩み寄る。
そして、何の躊躇いもなくそれを拾い上げた。
その表情には、驚きも焦りもない。
まるで――最初から、この結末を知っていたかのようだった。
「なるほど……銃火器の能力か。使えそうだ……。」
青年は手にしたディスクを眺めながら、淡々と呟く。
「それを何に使うんだよ!」
湊は怒りを込めて叫ぶが、青年は答えない。
ただディスクを指先で弄びながら、ゆっくりと湊へ視線を向ける。
「それは君には関係ない……。取り敢えず、これを回収する手伝いをしてくれたことには礼を言おうか。」
「つまり、お前の目的の為に俺を利用したということか!?」
「……また会おう、適合者。」
青年はそれだけを告げると、エボリューションディスクを懐へしまう。
そして何事もなかったかのように踵を返し、遊歩道を行き交う人々の中へと歩いていった。
「待て!」
湊も追いかけようとする。
しかし――。
「……っ。」
身体に重なった疲労が、湊の足を止めた。
その間にも青年の姿は人混みの中へと紛れていき、やがて完全に見えなくなる。
「……また、あいつの仕業か。」
湊は青年が消えた先を睨みながら、強く拳を握り締める。
しかし――今の湊には、それ以上追うことは出来なかった。
(もう俺に出来ることはない、か。残っていても邪魔だろうし……。)
湊は伸びをすると、ゆっくりと公園の外に向かって歩き出した。
「――大丈夫ですか!?」
遊歩道の向こうから、慌ただしい足音が響いてくる。
「超常対策課です! その場から動かないでください!」
「……対策課?」
湊が振り返ると、数人の隊員が周囲を警戒しながら、こちらへ駆け寄って来るのが見えた。
手にはアノマリーの残響を測定するための機器が握られており、その後方には防護車両も停車している。
「怪我はありませんか!?」
「俺は……大丈夫です。」
湊は一応、自分の足で歩くことはできていた。
しかし、まだ戦闘の疲労が残っているのか、脚にはうまく力が入らない。
その僅かなふらつきを、隊員も見逃さなかった。
「無理に動かなくていい。かなり消耗しているようですね。」
隊員の一人がそう言いながら、周囲を見渡す。
「この周辺で大規模な超常反応を確認しました。怪物が出現したという通報も入っています。一体、何があったんですか?」
「それなら……あそこに倒れている人が……。」
湊が指差した先には、先ほど怪物に変えられていた男性が倒れている。
隊員たちはすぐに駆け寄り、男性の状態を確認し始めた。
「生命反応あり。意識はありませんが、外傷は目立ちません。」
「了解。救護班を呼んでください。」
その様子を見ながら、湊は小さく息を吐く。
すると、隊員がまた湊に声をかけた。
「あなたも、今回の事件に巻き込まれた一般の方でしょう。これ以上ここにいる必要はありません。」
「……分かりました。」
「ただ、まだ脚元がおぼつかないようなので、帰る時は気をつけてください。無理に急ぐ必要はありませんから。」
隊員は最後に湊の様子を確認すると、軽く頷いた。
「それじゃあ、気をつけて帰ってください。」
「ありがとうございます。」
湊は一礼すると、ゆっくりとその場を離れていく。
その背中を見送った隊員は、すぐに別の隊員へ声をかけた。
「一般人は全員、現場から離れさせてください。こちらは引き続き調査を。」
「了解。」
湊はそんな隊員たちの声を背中に聞きながら、遊歩道を歩いていった。
そして、人混みの向こうへ消えていった青年の姿を思い出す。
「……あいつ、一体何者なんだよ。」
誰にも聞こえないほど小さな呟きが、潮風の中へ消えていった。




