日常を蝕む異変(コロージョン)
「考えても分からないし、寝るか……。」
気がつけば、世界の裏側にいるらしい連中から狙われ、怪物と戦い、国家機密研究所なんて場所に監視される立場になっている。
「……普通の高校生に戻りたいんだけどな。」
苦笑しながら、湊は机の上に置いていた白い機械を再び見つめる。
昨日、あの青年が消えた後に、自分の目の前に残されていた謎の遺物だ。
結局、これが何なのかは分からない。
ただ、あの青年の口にした『ボス』という言葉といい、この白い機械といい、自分の知らないところで何か大きなものが動いている。
そんな予感だけは、嫌というほど感じていた。
「……まあ、今考えても仕方ないか。」
湊は白い機械から視線を逸らすと、そのままベッドへと身体を倒した。
昨日の事件から今日まで、色々なことが起こりすぎたのだ。
せめて今夜くらいは、何も考えずに眠りたい。
そう思って目を閉じようとした――その時だった。
――ピピッ。
寝ようとしたその時、カバンから小さな電子音が鳴り響いた。
「こんな時間になんだろ?」
湊はベッドから降りると、部屋の隅に放り投げていたカバンを開き、教科書や筆箱、さらにその下に入れていた小物を掻き分けていく。
そしてカバンの底から、通信が来ていることを示す赤色のランプを点滅させていた『ツールカセット:モバイル』を発見した。
「寝るつもりだったけど、仕方ないか。」
湊は伸びをし、机に白い機械と共に置いてあるクロニクルガントレットを右腕に装着してツールカセットを装填した。
すかさず、ツールカセットのダイヤルを1に回す。
――【 MODE 1 : RESEARCH CONNECT 】――
次の瞬間、音声と共にツールの基盤から空色の光の粒子が噴き出し、ホログラムウィンドウを展開した。
『――白瀬くん。聞こえていますか。』
「聞こえていますよ。で、こんな時間に何の用ですか?」
『今日、君がゲームセンターで遭遇した事件についてです。2点ほど話したいことがありまして……。』
『まずは1つ目について話します。
今日、君がいたゲームセンターでは空間の崩壊が発生していました。この時、君がどこにいたのかが不透明なんですよ。君は、どこにいたのですか?』
その言葉を聞いた瞬間、湊の表情が僅かに強張った。
(人を怪物に変えるディスクや、異界に連れ込まれたことについて説明するのか……。)
湊は、自分が自動販売機コーナーでジュースを買おうとしたところ、謎の青年が現れて友達を謎のディスクで怪物に変貌させたこと。
そのまま異界に連れ込まれ、怪物と戦わされることになり、青年が友達に挿入したディスクを破壊して怪物を友達に戻したこと。
謎円盤状の太極図の白部分に似ている、謎機械を現実世界で拾ったこと。
湊は、研究員に向かってこれらの主な3つの出来事を事細かに説明した。
説明している途中、研究員はディスクについて興味を示していて、太極図の黒部分をかたどったものを自分たちも拾ったことを報告した。
『……その際、周辺で発生した別の超常現象の処理にあたっていた超常対策課が、現場から一つの異質な機械を回収しています。
こちらは最初から炭化していた為、修復作業がまだ終わってないですが、修復作業が終わり次第、届けるつもりです。』
『現時点では、修復にかなりの時間を要すると判断しています。内部回路そのものが損傷している上、一部のパーツが欠損しているためです』
「……欠損!?」
『はい。どうやら、完全な状態ではありません』
「じゃあ、その機械だけじゃ使えないんですか?」
『それだけではありません』
研究員は淡々と続ける。
『仮に修復できたとしても、起動には特定の三つの記録媒体が必要になるようです』
「三つ……?」
『大空の力――スカイカセット』
一つ目。
『電気の力――サンダーカセット』
二つ目。
『そして、大地の力――ロックカセット』
そして、三つ目。
『これらのカセットを集めないと起動ができない仕様になっているので、とにかくこれらのカセットを集めてください。
それと、謎の青年が使用したディスクについても調べておきます。』
『また、君が所持しているアクアカセットとプラントカセットは、同じ体系に属するものと考えられています。
これらのカセットは、恐らく白い方に反応するのでしょう。』
「……なるほど。この前の文章についていた図形のやつみたいな感じか……。」
『だいたいそんな感じですね。後、君はデュアルブースターを扱えると思います。
君は、アクアカセットとプラントカセットを持っているのですから、きっと制御できると思いますよ。
――では、もう切りますね。』
ツーッ、ツーッ、ツーッ。
電話が切れた後には、何も映し出されないホログラムウィンドウがあるだけとなった。
湊は白い機械をカバンの奥へと戻し、クロニクルガントレットを腕から外してカバンの奥に隠した。。
「……今度こそ、寝よう。」
そう呟き、湊はベッドへ潜り込んだ。
◇
翌日の昼、水録市の臨海都市部にて。
今日は休日ということもあり、様々な施設が立ち並ぶ大通りには多くの人々が行き交っていた。
水録市は『超常現象対策都市』に指定されてはいるが、実際のところ新たな観光名所として、休日にはたくさんの観光客でにぎわっている。
もちろん湊も、その観光客の一人として臨海都市を歩いていたが、そういった最先端の施設が目当てではなく、この都市の海辺にある遊歩道を散歩する為に来ていた。
「水録市がいくら発展しても、ここらへんの景色は変わらないな。」
湊は、移り変わる様々な景色を楽しみながら、遊歩道を散歩していく。
そして、遊歩道の途中にある公園で休憩をしようと公園のベンチに腰を下ろした。
「……やっぱ、海はいいな。」
目の前に広がる青い海を眺めながら、湊は小さく息を吐いた。
休日の昼下がり。
潮風が頬を撫で、遠くから聞こえてくる波の音に混じって、観光客たちの楽しげな声が聞こえてくる。
海沿いの遊歩道には、家族連れや学生、観光客など、様々な人々が行き交っている。
少し離れた場所では、海を背景に写真を撮っている若者たちがいて、そのさらに向こうでは小さな子供が両親と手を繋ぎながら歩いていた。
――平和だ。
昨日まで、あれほど凄まじい事件に巻き込まれていたとは思えないほどに、いつも通りの休日だった。
(……こういうのでいいんだよな。)
湊は背もたれに身体を預け、空を見上げる。
「よし、そろそろ行くか。」
湊がベンチから立ち上がった、その直後だった。
公園の中央付近にいた一人の男性が、突然その場で動きを止め、苦しそうに悶え出す。
「……え?大丈夫ですか!?」
男性の近くにいた青年が声をかけても、悶えるだけで男性はまともに返答をすることができない。
それは昨日、友人の身体を怪物へと変えた時に見たものと、あまりにもよく似ていた。
(――まさか)
嫌な予感が、背筋を駆け抜ける。
(これ、ゲーセンの時と似てる……!)
そう思った湊は反射的に叫んだ。
「その人から離れて!!」
直後、男性の身体から、青白い光が漏れ始める。
身体から溢れ出した青白い光が辺りに拡散し、近くにいた人々が悲鳴を上げた。
〚――Shot monstrosity ――〛
光が収まると、そこにいたのはもう人では無かった。
男性の皮膚の表面は漆黒の防壁のような硬質物質に変化し、両腕はガトリング砲、胸は大砲、肩はオートタレットへと変形していた。
「――オオオオオオオオオッ!!」
怪物と変貌した男性は、咆哮をあげると近くにいた青年に狙いを定め、自身の腕が変形したガトリング砲を容赦なく撃ち込んだ。
――が、しかし。その凶弾が青年を貫くことは無かった。
【 Cassette Lock! ――RECORD 『Sherm : Metal』Play Start. ――】
青年の目の前へ巨大な鋼鉄の盾が生成されていたのだ。
「はぁ、はぁ、間一髪、だったな……。」
弾丸が次々と鋼板へ激突し、激しい火花を散らした。
「はぁ、はぁ……!」
湊は盾の後ろで荒い息を吐く。
「大丈夫ですか!?」
「た、助かった……!」
「早く逃げて!」
「きゃあああああっ!!」
「逃げろ!!」
「誰か、対策課を呼んでくれ!!」
公園にいた人々が蜘蛛の子を散らしたように逃げ出す。
(きっと、誰かが対策課にもう通報してる)
超常現象対策都市。
この規模の異常を、対策課が見逃すはずがない。
(でも……来るまで待ってたら、こいつがどれだけの人を巻き込むか分からない。)
湊はガントレットへ視線を落とす。
そして、昨日研究員から聞いた言葉を思い出した。
『君なら扱える可能性が高いと判断しています』
「これを使ってみるか……。」
湊が取り出したのは、デュアルブースターの半身。
「ここに接続して……。よし、できた!」
【 Awakening Chronicle Light ! 】
機械音声と共に、クロニクルガントレットに白い機械が接続された。
湊は、デュアルブースターの上面にあるスライドカバーを開け、スロットに『プラントカセット』をはめ込んだ。
【 Awakening Cassette Lock ! 『Plant』 】
直後、湊の身体を淡い緑色の光が包み込み、湊に新たなる力を与える。
海辺の公園を彩る様々な植物が、まるで自我そのものを宿したかのようにざわめき始める。
湊は右腕を構えながら、ゆっくりと顔を上げ、その視線の先にいる怪物を見据える。
怪物も全身の兵器を構え、再び湊へと狙いを定める。
「……今度は、何も破壊させない。」
湊が宿した思いが強くなると共に、淡い緑色の光がさらに強く輝きを増していった――。




