分断されし超技術(オーパーツ)
湊の視線は、目の前に落ちている白い機械に釘付けになっていた。
(これ、まるで……陰陽道とかでよく見るあの白黒のやつみたいな形をしてる……。太極図とか言ったっけ?)
湊はその白のパーツを拾い上げ、まじまじと見つめた。形状の左半分が綺麗な曲線を描いているのに対し、右半分は何か別の部品と噛み合うための、謎の凹凸が露出している。
(これって……絶対黒いやつもあるパターンだ!なんかカセットを入れられそうだし、一応拾っておこう。)
白い機械を拾った後、湊が感じたのは異様なまでの『静寂』だった。
気がつけば、異界に飛ばされる前まで、パーテーションの向こうからうるさいほどに聞こえていたはずの電子音が今は綺麗さっぱりと消失している。
自動販売機コーナーを抜けて、ゲー厶エリアに戻ると、不気味なほどの無音のフロアには、凄まじい衝撃を受けたかのように、ところどころゲーム筐体が無残に倒れ伏していた。
――さらに、空間拡張を施されていた特別なコンクリートの壁がボロボロに崩れ、決壊した壁の隙間から、外界を拒絶するようなあの禍々しい赤黒い空間が、不気味に、じっとこちらを覗き込むように見え隠れしていた。
(静かすぎる……。一体、どうなっているんだ……?)
実は、湊たちが青年の手によって異界へと引きずり込まれているその最中、現実世界では超常対策課が動いていた。
青年が湊の友人を怪物へと変えたことや、異界への入り口を開いたことで発生した、途轍もない時空の歪みを対策課が検知し、空間が崩壊しかけていたこのゲー厶センターから、すべての人の避難を完全に完了させていたのだ。
そんなことを知る由もない湊は、外界から完全に隔離された施設を探索していた。
しかし、友人はまだ昏睡したままなので、自動販売機コーナーからあまり離れることは出来ず、探索といっても同じ場所を徘徊するだけになっていた。
そして、また同じ場所を見回っている時――
ガシャァァァン――ッ!!!
倒れた筐体の向こう側、静まり返ったフロアの闇を切り裂くような破壊音と共に、重厚なブーツの足音がこちらへと一斉に迫ってくる。
ほどなくして、いくつかの鋭いフラッシュライトの光がこちらへと向けられた。
「――おい!超常対策課の探索班だ!そこから動くな!」
現れたのは、防護服に身を包み、アノマリーの残響を検知する特殊な測定器を構えた、対策課の探索班の人たちだった。
完全に無人になったはずの危険エリアの最深部に、高校生らしき人物が二人も取り残されている。その事実に彼らは驚愕の表情を浮かべながら、一斉に湊たちの元へと駆け寄ってきた。
「君たち、なぜここに残っている!? 避難誘導の指示は聞こえなかったのか!」
「あ、いや、友達が急に目眩を起こして動けなくなってしまって……。それで、介抱していたら逃げ遅れました。」
これは完璧な言い訳だ……。湊は内心、そう思っていた。
「そうか。……とにかく、私たちが来たからにはもう大丈夫だ。本当によく頑張ったね。君の友人の介抱も全て任せてほしい。」
「あ……ありがとうございます。」
湊が小さく息を吐いた瞬間、背後の防護服を着た隊員たちが迅速に動き、手際よく友人の身体を担架へと乗せていく。
「君たちの周囲で今、何が起きたかは大体把握している。この空間が崩壊を始めたんだ。……さあ、一緒にここから脱出しよう。」
リーダーは湊を安心させるように優しく微笑むと、すぐさま出口へと先導した。
その言葉に応じるように、ベキベキと特別なコンクリートの壁がさらに砕け、破れた空間の隙間から赤黒い空の不気味な光がフロアへと漏れ出し始めている。
限界まで拡張されたこの施設のシステムが、完全に崩壊に向かってカウントダウンを始めているのは間違いなかった。
(……今回も助かって良かった。)
湊は崩壊するゲームセンターを脱出すべく、優しく背中を押してくれる探索班の人たちと共に、安全な外に向かって走り出したのだった。
探索班のリーダーに先導され、湊と担架に運ばれた友達は、ボロボロと崩壊していくゲー厶センターのゲートをくぐり、ついに眩い太陽の光が射す地上へと無事に脱出を果たした。
湊たちは、太陽の光に目を細めながらゲー厶センターから離れる。
地上は、超常対策課のパトカーや防護車両が何台も並び、一時封鎖のイエローテープが張られて、事件を取材にきたレポーターや、野次馬たちで騒然としていた。
友達はそのまま対策課の手配した救急車へと乗せられていく。
それを見守っている湊に、探索班のリーダーが声をかけた。
「ほら、君も一緒に救急車に乗りなさい。友人の付き添いも兼ねて、病院で一度しっかり検査を受けよう。……あとは私たちに任せなさい。」
探索班のリーダーに背中を押され、湊は未だ昏睡状態のままの友人の担架を追って、赤色灯の明滅する救急車の車内へと一緒に乗り込んだ。
サイレンを鳴らす車内で簡単な処置を受け、湊たちは最寄りの総合病院へと搬送された。
幸いにも、湊の身体に大きな外傷はなかった。ディスクの呪縛から解放された友人も、依然として昏睡したままであったが、
医師からは「極度の疲労による一時的な深い眠りですね。」と診断され、命に別状はないとのことで一般病室へと移された。
夕暮れの光が差し込む、静まり返った病室。湊はベッドの脇のパイプ椅子に腰掛け、窓から見える夕暮れの街を見るともなく見ていると、
コンコン、と静かな病室にノック音が響いた。
「な、なんで先輩が病院に……!?」
驚愕して顔を上げた湊の視線の先。ドアの隙間から、ポケットに手を突っ込んだ天瀬颯が、いつもと変わらない気怠げな様子でひょっこりと顔を覗かせていた。
「何でって、そりゃあさ。僕が前に『楽しいよ』って紹介したゲームセンターで、いきなり対策課がすっ飛んでくるような大事件が起きたって聞いたからさ。
――まさかと思って慌てて現場まで駆けつけたら、白瀬くんが救急車でここの病院に運ばれたって聞いたから、お見舞いに来ちゃったわけ。」
「……心配、してくれたんですか。」
「そりゃあね。僕の紹介のせいで白瀬くんが空間の狭間に閉じ込められたりしたら、流石に寝覚めが悪いからさ。」
颯はベッドの横まで歩み寄ると、眠ったままの友人の顔を一瞥し、それから湊の目を真っ直ぐに見つめた。その蒼穹の瞳には、いつもの眠たげな光ではなく、後輩の無事を心から安堵する、不器用で、けれど真っ直ぐな温かさが灯っていた。
「……本当に、無事でよかったよ。怪我はない? 災難だったね、白瀬くん。」
ぽつりと、掠れるような声で呟かれた本音。いつも飄々としている先輩が、初めて見せた真剣な表情。その言葉の重みに、湊の胸の奥がじんわりと熱くなる。
「はい。俺はピンピンしてます。……ありがとうございました、先輩。」
「うん、まぁ、お礼言われるようなこと何もしてないけどねー。とにかく、元気そうなら安心したよ。」
颯はそう言って、いつもの気怠げなマイペースな笑顔を浮かべると、ポケットから取り出した缶ジュースを湊の手元へと放り投げてよこしたのだった。
「じゃ、僕はもう帰るからー。白瀬くんも、今日はもう早く帰って寝なよ?」
ひらひらと片手を振りながら、だらだらとした足取りで病室のドアを開けて出ていく颯。
最後までいつもの調子を崩さない先輩の背中を見送り、視線を友人のほうへ戻す。
(もう、こんなことは2度と起きてほしくない。)
湊はそう思いながら、しばらく横たわる友人のそばに、静かに座っていた。
夜、疲れ果てた体を引きずるようにして、湊は自分の家へと帰宅した。
パチ、と壁のスイッチを押して部屋の明かりをつけると、湊は重いカバンをベッドの上へと放り出す。
どさりと倒れ込んだカバンのチャックを開け、その最も深い奥底から、昼間手に入れた遺物を静かに取り出す。
部屋の照明を浴びて、それは冷たい輝きを放った。流線型の美しい曲線を描く、眩いほどに綺麗な『白のい円盤状の機械』。
「これ、やっぱり……太極図の、白い勾玉の形をしてるよな。」
昼間、地下のフロアで直感したその疑念は、静かな部屋でじっくりと観察したことで、確信へと変わっていた。
「……ボスは君にご執心のようだ、か。」
白い機械を見ているとコートの青年が残していった不気味な言葉が、静かな部屋の中に蘇る。
運命に流されるまま、気づけば世界の理を揺るがす巨大な渦の中心へと、自分は確実に引きずり込まれている。そんな実感を、漠然と感じていた――。




