始まりとの邂逅(ツイステッド・フェイト)
「あいつを……元に戻してもらうぞ!!」
カセットを装填した勢いのまま、湊はすべての元凶であるコートの青年に向かって、怒りの拳を振り上げて真っ直ぐに殴りかかった。
しかし、その拳が届く直前―――。
突如として変異した怪物が、主を守ろうとしたのか、凄まじい質量を伴って二人の間に割って入り、湊の攻撃を妨害してきた。
「くそっ、どいてくれ……っ!」
眼前へ迫る、怪物と化した友人の巨躯から一斉に太い棘が生え出す。
湊は、とっさにガントレットを装着した右腕を前に突き出し、手に入れたばかりの、メタルカセットの力を解放した。
しかし、とっさに防御行動を取ったのが原因なのか、生成された金属の塊は盾の形を結ぶことはなかった。湊の目の前に生成されたのは、おおよそ盾とは程遠い、ただ頑強なだけの歪な鋼の塊だったのだ。
ギチィィィィィィン――ッ!!!
火花が爆発的に飛び散り、鼓膜を裂くような金属音が 辺りに鳴り響く。
怪物の放った凶悪な針の山が鋼の塊へと激突し、湊の腕を激しく軋ませる――が、骨が砕けるような衝撃に耐えながら、湊はなんとか針が自分の肉体に刺さることだけは防ぎきれた。
(防げたのか……っ!?)
安堵の息を漏らそうとした、まさにその刹那だった。『盾の怪物』と化した友人は、湊の攻撃を防ぎきったその強固な鋼の塊をそのまま前傾させ、重戦車のような速度で、続けざまに強烈なタックルを繰り出した。
「しまっ――」
ドゴォォォォォォォン――ッ!!!
まともにその圧倒的なを受け止めてしまった湊は、右腕を構えて完全にガードした姿勢のまま、一瞬で紙切れのように後方へと吹き飛ばされた。
「が、はっ……!?」
凄まじい風圧と共に宙を舞い、湊の身体はそのまま自動販売機へと背中から激しく衝突した。
プラスチックのカバーが割れ、缶ジュースのサンプルが四方に飛び散る。
背骨をバットで殴られたような激痛が走り、湊は床へと崩れ落ちた。
メタルカセットで生成した壁のおかげで肉体が押し潰されることだけは免れたものの、あまりの衝撃に呼吸が完全に詰まる。
だが、湊は倒れたままではいなかった。
(ここで倒れたら……あいつは、本当の意味での怪物になっちまう……!)
喉の奥にこみ上げてくる鉄の味を強引に飲み込み、衝突した自動販売機を支えにしながら、震える足で泥臭く立ち上がった。
ガントレットをもう一度構え、化物に変えられた友達に向かって、再び立ち向かおうと震える足で一歩を踏み出す。
その、湊の執念の瞳を見たコートの青年が、冷酷に口元を歪めた。
「そこまでの意志があるか。……だが、無意味だ。君とこれ以上ここで遊んでいる時間はない。」
青年は、コートのポケットから手を引き抜くと、ただ静かに、その手を振り上げた。
まさにその瞬間――どこからともなく現れた赤黒い霧が、自動販売機コーナーを包み込んでいく。
「なんだ、これ……」
視界のすべてを、あの外界を拒絶するような禍々しい赤黒いの霧が塗りつぶしていく。
そして、辺りに満ちていた光や電子音が遠ざかり、『現実』が時間を追うにつれて消えてゆく。
「ようこそ、世界の理を失った空間へ。」
目の前の青年が、冷酷な声でそう告げる。
――そして、辺りに渦巻いていた赤黒い霧が、すっと嘘のように晴れていった。
霧の晴れたその視界に広がっていたのは、もはやゲームセンターのフロアではなかった。
周囲の壁や床は完全に消失し、湊の身体は、目の前で獰猛に吼える『盾の怪物』ごと、あの現実の理が一切通用しない『異界』へと完全に引きずり込まれていたのだった。
そこは、『古代の闘技場』のような不気味な異空間だった。
見上げる空の色は、前に入り込んだ異界の時とまったく同じ、外界を拒絶するような禍々しい赤黒い色に染まっている。
外界を拒絶する禍々しい赤黒い空の下、世界の終わりを思わせる、昏き古代の闘技場。
謎の青年が観客席から見下ろす中、湊と【盾の怪物】の戦いが始まった。
現実の制限から解き放たれた怪物の体躯は、その名の通り『絶対の防壁』としての異質な体躯をさらに膨れ上がらせ、先ほど湊を吹き飛ばした以上の、凶悪なプレッシャーを放ちながら地響きを立てて湊へと真っ直ぐに突進してくる。
(――今度は、焦らない……ッ!)
痛む背中を強引に意識から締め出し、湊はガントレットを装着した右腕を前に構えた。
「壁よ、生えろ!」
ドォォォォォォォン――ッ!!!
突進してくる怪物の大質量を正面から迎え撃つように、分厚い『鋼鉄の壁』が生成された。火花を散らし、激突する二つの防御の力。
その大激突の様子を。闘技場の石造りの観客席に腰を下ろした長いコートの青年は、一歩も動くことなく、暗く沈んだ瞳でただ静かに見下ろしていた。
その視線の先で、湊と盾の怪物は死闘を繰り広げている。
湊は、鋼鉄の壁で、怪物の体当たりを防ぐとともに、怪物を壁ごと後方へ吹っ飛ばした。
(ただ守っているだけじゃ、あいつを無力化できない……!)
(これって、自分のイメージ通りのものを生成できるはずだから……。)
湊は自分の中でイメージできる、最強の武器を想像した。それは、湊が大好きなゲー厶シリーズに出てくる伝説の武器である『カーバイドブレード』だった。
「カーバイドブレード!」
湊の声に呼応するように、白銀の閃光がガントレットの腕を包み込み、その光が徐々に剣の形をなしながら湊の手に収まってゆく。
光が実体化したとき、その手に握られていたのは、緻密な刀身を誇る超硬質の武器――『カーバイドブレード』だった。
「これなら……頼む、大人しくしてくれ……ッ!」
湊は地を蹴り、無言で突進してくる盾の怪物へ向かって自ら果敢に斬りかかった。
鋼の刃と怪物の漆黒の防壁が激しく激突し、闘技場に火花が狂い咲く。
カーバイドブレードの鋭い剣撃が何度も怪物を捕らえ、その巨躯にヒビが走り始めた、その時だった。
ギチギチギチギチ――ッ!!!
突如、盾の怪物の全身から、肉肉しい音を立てて【太い鋼鉄の棘】が四方八方へと爆発的に生え揃った。
先ほど湊の防御を強引に破った、あの凶悪な針の山が、今度はこの空間の出力で何倍も太く、巨大に凶暴化して迫り来る。
(早く防御を……っ!?)
咄嗟に堅牢な壁を作ろうとして、湊の脳裏に、自分の生成した鋼の塊ごと吹き飛ばされた記憶がフラッシュバックした。
(ダメだ! ここで守りに回って後手に回ったら、またあの理不尽な体当たりの直撃を喰らう……!)
ここで防御行動を取って後手になると、また体当たりに直撃することになる。そう思った湊は、銃弾を大量に生成して牽制をすることにした。
「――これで足止めだッ!!」
湊がガントレットを天へと掲げた瞬間、メタルの構成能力が最大に暴走する。湊の頭上の空間に、白銀の輝きを纏った銃弾が、怪物をドーム状に取り巻く形で、壁を成すほどの圧倒的な物量で一斉に生成された。
「いけぇぇぇッ!!」
腕を振り下ろすと同時に、数千発の鋼の銃弾が、凄まじき豪雨となって、 太い棘を生やした怪物へと向かって一斉に射出された。
ドガガガガガガガッ!!! と闘技場の石畳を粉砕しながら降り注ぐ白銀の弾丸が、怪物の突進を強引に足止めすべく、その巨躯へと激しく撃ち込まれていく。
凄まじい質量兵器の豪雨をまともに浴びた盾の怪物は、全身の棘を砕かれ、その場に完全に硬直した。
(――今だッ!!)
狙い通りの絶対の好機。
湊は一瞬の迷いもなく、ガントレットのスイッチを押して、怪物に向かって走りだす!
両手に握り直した『カーバイドブレード』の白銀の刀身へ、ガントレットの全出力を上書きするように、すべての意識を集中させる。
「――『クロニクルチャージ』――ッ!!!」
【 Chronicle Charge!】
脳内に響き渡る、これまでの激戦を共にしてきたシステム音声。
ガントレットからキィィィンと高周波の充填音が鳴り響き、溢れ出た白銀の爆発的な光の奔流が、カーバイドブレードの刀身へと限界を超えて吸い込まれ、さらに強く輝く。
限界まで高まった金属のエネルギー。湊はその力を、一気に解き放つ!
【 METAL Energy Release!】
「これで終わりだ……!――『メタルカーバイドスラッシュ』――ッ!」
閃光。
最大解放されたメタルカセットの力による圧倒的な白銀の光条が、世界を真っ二つに両断するように、絶対防御を誇る盾ごと怪物を切断した。
すると……怪物となってしまった友人の体からエボリューションディスクが物凄い勢いで排出され、崩壊した。
ディスクの呪縛から完全に解放されたことで、怪物の巨躯は光の粒子となって消え去り、中から元の人間の姿へと戻った友達の身体が、ゆっくりと床へ向けて倒れ込んでいった。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
カーバイドブレードを消滅させ、膝を突きながら激しく息を切らす湊。
「見事だ。無能力者の君が、ここまでその力を引き出し、使いこなすとはね。」
パチ、パチ、パチ、と。闘技場の石造りの観客席から、冷徹な拍手の音が静かに響き渡った。
長いコートを羽織った青年が、ゆっくりと立ち上がり、湊へとその瞳を向けていた。
「あいつは……元に戻したぞ。次はお前だ……ッ!」
ガントレットを構え、震える足でなおも戦おうとする湊。だが、青年はそれ以上戦う意志を見せることなく、ただ冷淡な笑みを浮かべて見下ろしてくる。
「今回は、私たちの作り出した新兵器を見事、倒せたことに免じて見逃してあげよう。私は逃がす気などないのだが……ボスの命令だからな。」
「ボス……? 何を言って――。」
「彼は君にご執心のようだ。これからも気をつけるんだね。」
青年の雷雲のような低い声が、闘技場の冷たい空気の中に溶けていく。
(ボスって……あいつらの上に、何者かがいるってことか?それに、なんで俺なんかに……。)
湊が驚愕の事実に息を呑んだ、その瞬間だった。青年が踵を返し、闘技場の闇の奥へと一歩を踏み出すと、彼の身体はまるで最初から幻影だったかのように、赤黒い霧の中にすうっと溶けて消え去っていった。
それと同時に、古代の闘技場という不気味な異界の景色が、足元から音を立ててボロボロと崩壊を始める。
赤黒い空がひび割れ、元の世界へと引き戻されるかのような猛烈な光が視界を覆っていく。
湊は倒れ込んだ友達の手を握りしめ、現実世界の光の中へと呑まれてゆく――。




