謎の組織との邂逅(ツイステッド・フェイト)
水録願掛の木の暴走事件から、3日が経った。
依然として自分の通う高校は休校が続いていたが、水録学園を巡るあの凄まじい大激戦が嘘のように、水録市の日常は平穏を取り戻していた。
「おい湊! 次、協力プレイのシューティングやろうぜ!」
「待てよ、俺まだこの洗濯機みたいなやつやってないから、ちょっとまってて。」
湊は今日、あの学校の異界化で昏睡から無事に目覚めた高校のいつもの友人たちに誘われ、SNSで流行っている、最近できた大型ゲームセンターへと遊びに来ていた。
湊は前に、な水録学園の2年生である天瀬颯が「楽しい」と評していた音ゲーをやりに来ていたのだ。
この大型ゲームセンターは空間系の超常現象を応用して建造されているらしく、外見は2階くらいの大きさしか無いのにも関わらず、なんと内部は8階まであるという。
しかも、階層ごとに空間拡張をしているらしく、初見でマップも持たずに行ったがために、湊たちは迷子になりかけてしまっていた。
いつもの友人たちは、音ゲーとシューティングゲームを混ぜたような最近出たゲームをやりたかったようで、目的の階は湊と同じだった。
「あ、ごめん。ちょっと自販機で飲み物買ってくる。」
友達とシューティングゲームをやり終えた後、友達が別の音ゲーに熱中し始めた隙を見て、湊は一度、賑やかなフロアから少し離れた静かな自動販売機コーナーへと足を向けた。
静かな自動販売機コーナーで冷たい缶ジュースを買い、一息ついたその瞬間だった。
「――無茶な使い方をしますね、白瀬くん。」
「うわっ!?」
突如、自販機の陰から音もなく姿を現した人物に、湊は心臓が跳ね上がるほど驚いて飛び退いた。
そこに立っていたのは、冷徹な表情を浮かべる研究所の研究員だった。
「びっくりした……。なんでこんなところに。」
「君が今日、友人とこの区画へ遊びに来るデータは把握していました。
世間話をしに来たわけではありません。
確認ですが、3日前の戦闘で、ブランクカセットに『植物』の力を定着させたというのは事実ですね?」
研究員は眼鏡の奥の瞳を冷たく光らせ、声を潜めて言った。
「なんでそんなことを知ってんだ……。
まあ、そうですね。
天瀬先輩と一緒に戦っている時に、ブランクカセットを装填したガントレットのスイッチを押したら、奴のエネルギーを吸い込んで、ブランクカセットが緑色に変わったんです。ほら、これですよ。」
湊はカバンから、鮮緑色に淡く輝くカセットを取り出して研究員に見せた。
「……やはりですか。無表情に見えるかもしれませんが、私、かなり興奮しているんですよ。これほど早く2つ目の力が満たされるとはね。」
そう言う研究員の表情は、全く変わらない。
すると、研究員は懐から、鈍い銀色の輝きを放つ、一つのカセットを取り出すと、湊の手のひらへと強引に押し付けた。
「我々研究所の技術で、ブランクカセットに『鋼の力』を人工的に定着させて作り上げた『メタルカセット』です。
使い方は今までとは変わりませんが……能力を純化したことで、形状記憶合金の記録をはじめ、様々な金属の記録が付加されたようです。
さらに、金属であるならば自分の意のままに操れたり、出現させた金属を回収してエナジー回復を図ることも出来るようになりました。
オリジナルである6色の記録には及ばないと思いますが、クロニクルカセット使用によるデメリットを考えると、汎用的な戦闘としては十分な出力を叩き出すでしょう。」
「……水録学園の学園長は『ある組織』が世界中で超常災害を起こして世界を破壊しようとしているって言っていました。それって本当なんですか?」
湊が真っ直ぐに問いかけると、研究員は一瞬だけ沈黙し、フッと息を吐いた。
「平和を乱し、世界各地でアノマリーを多発させている集団がいるのは事実です。
ですが、大層な組織というよりは、同じ目的を持った者が集まった『数人の集団』という方が正しいです。」
「数人の、集団……。」
「ええ。……それと白瀬くん。以前、君に共有したあの文字だらけの最初のレポートに関しては、現在も解析中ですが、これからも完全解析は難しいと思います。
……また、これ以上の目立つ行動は控えることです。彼らの動きは、この水録市で確実に活発化していますからね。」
「きっと君はすでに彼らにマークされているでしょうから、気をつけた方が良いですよ。」
それだけを冷淡に言い残すと、研究員は翻り、再びゲームセンターの雑踏の中へと音もなく消え去っていった。
「マークされてる、か……。」
得も言われぬ不気味さを感じなから湊は冷えた缶ジュースのプルタブを開け、喉を潤そうとした。
――その、まさに刹那だった。
ピリッ、と皮膚を刺すような、妙な静電気が走った。
ほんの数日前、学校が異界へと反転した瞬間のあの不気味な空気の重さが、ゲームセンターの喧騒を強引に上書きするように湊の周囲だけを包み込み――。
バキィィィン――ッ!!!
鼓膜を揺らす不快な音と共に、世界の『色彩』が、まるでネガフィルムのように一瞬で反転した。
煌びやかだった筐体のネオンや自販機の明かりが禍々しい色へと変色し、世界の理が狂ったことを告げる。
(この感覚……まさか、超常現象か……!?)
湊が飲もうとするのを止めて咄嗟に身構え、カバンの中のガントレットへ手を伸ばそうとした時。
どこからともなく現れた一人の男が静かに歩み出て、湊の行く手を遮るように立ち塞がった。
「――お前が適合者か。ようやく見つけた……。」
そこに立っていたのは、この賑やかな空間にはおよそ不釣り合いな、長いコートを羽織った青年だった。服装自体はどこにでもいる若者のようだが、その身に纏う雰囲気は、地の底のように昏く、圧倒的なプレッシャーを全身から放っていた。
「……誰だ!?」
「お前が知る必要は無い……。」
青年はまるで『雷雲』そのものが喋っているかのような低い声でそう告げると、ゆっくりと歩み寄ってきた。
その身からジワジワと溢れ出すのは、普通の人間なら呼吸を忘れるほどの、途轍もない殺気。
(なんだよ、このプレッシャー……ッ!)
湊が息を呑み、圧倒されながら一歩、後ずさった。
その時スッ、と。
青年は、さっきまで周囲の空間を圧殺せんばかりに放ち続けていた凄まじい殺気を、まるで最初から何もなかったかのように、完全に消し去った。
あまりの急激な温度差に、湊は逆に背筋が凍りつくような錯覚を覚えながら、その場に崩れ落ちた。
青年はコートのポケットからスッと片手を引き抜くと、見たこともない奇妙なデバイスを湊へと差し出した。
画面には、びっしりと未知の文字だけで埋め尽くされた、研究員に見せてもらったあの謎文章に似たものが映し出されている。
「提案だ、と言えども君には選択肢などない。私たちの仲間になれ。」
「な、仲間になれって……お前たちが、水録願掛の木を暴走させたんだろ!それに……色々な超常現象を起こす手助けをしてるんだろ!」
「君がこちら側に来ればすべて教えてあげよう。
私たちの理念も、こんなことをしている理由も。
……断るというなら、今ここで、君を捕らえて廃人にし、君を起源とする超常現象を発生させるだけだ。」
断れば、今ここで日常のすべてが消される。
完全に殺気を消したからこそ、その言葉に含まれた絶対的な脅迫が、湊の心へと重く突き刺さる。
青年は不敵な笑みを浮かべ、湊に向けてゆっくりと手を差し出してきた。
「さあ、どうする?」
「そんなこと……断るに決まってるだろ!」
湊は、差し出された青年の手を真っ直ぐに睨みつけ、はっきりと、 有無を言わさない強い語気で言い放った。
しかし、湊は内心、こんなこと言わなければよかったかも、と考えていた。
実際、湊の足はガクガク震え、全身が硬直し、汗が噴き出していた。
あまりの恐怖に心臓が破裂しそうだったが、それでも、目の前の男に屈することだけは――どうしても、プライドが許さなかった。
「……そうか。非常に残念だよ。」
青年が小さく呟き、差し出していた手をポケットへと戻し、ディスクのような物を取りだした――。




