超常終演、蒼天の共鳴者(シアン・スカイ)
「危ない、危ない……ほら陽菜、ちょっと掴まってて。」
颯が呟いた瞬間、彼の背中に大空に浮かぶ雲のような純白の翼が生えた。
颯は陽菜の身体を軽々と抱き上げると、その翼を羽ばたかせ、重力を完全に無視するほどの圧倒的な速度で上空へと飛翔する。
そのまま陽菜を、安全圏である正門のゲート前の広場まで一瞬で退避させた。
「よし、これで大丈夫っと。」
陽菜を降ろした颯は、そのまま一人で再び宙へと舞い上がった。
迫り来る数千枚の木の葉の散弾。だが、颯はそれを己の周囲に発生させた猛烈な『風圧』だけで完全に無力化させながら、怪物と化した巨樹の本体へ向かって正面から突っ込んでいく。
ギチギチギチギチ――ッ!!!
天瀬の接近を阻まんと、巨樹は無数の枝を猛烈な勢いで伸ばし、彼を空中で叩き落とそうと躍起になって襲いかかった。
だが、空中を縦横無尽に駆ける颯のスピードが勝る。
「うざったいなぁ、もう」
天瀬先輩がその手を振るうたび、大気を極限まで凝縮した不可視の刃が空間を幾重にも切り裂いた。伸びてくる枝という枝が、豆腐のように一瞬ですべて切断されていく。
颯はその驚異的なスピードのまま巨樹の懐へと飛び込み、怪物と化した巨樹に向かって、竜巻を纏った強烈なパンチを放った。
次の瞬間、空間を爆破するような重低音と共に、巨樹の幹が、大きく陥没する。
しかし――。
「あー、やっぱりね。再生速度がやばすぎる。」
颯が眉をひそめた。
竜巻の勢いで貫通したはずの巨樹から赤黒い霧が噴出し、瞬時に元通りになっているのだ。
気が付けば、先ほど切断したはずの枝もすべて元通りに再生している。
これが示すのは、どれだけ風の刃で刻もうとも、どれだけ強い力をぶつけようとも、この異常な再生速度をどうにかして遅らせない限り、倒すことは不可能だという事だった。
このまま能力使用を続ければ、こちらの体力が先に尽きる。そう判断した颯は、翼を翻して一度ゲートの前にいる湊たちの元へと退避した。
地面に着地し、巨樹の方向を見据える颯に、湊は迷わず駆け寄った。
「あの怪物、倒せそうですか? 再生速度が速すぎる、と陽菜からは聞いたんですが……。」
「そうだね……。僕の力でも、あの再生速度を上回る攻撃を倒しきれるまで放ち続けるのは難しいと思う。せめて、あの再生速度さえ抑えれば何とか倒しきれるとは思うんだけど……。」
(――もしかしたら、ブランクカセットで怪物の力を吸収することで再生を抑えられるかもしれない……!)
路地裏で研究員から手渡されたばかりの、まだ何も記録されていない真っ白な2本の『ブランクカセット』。そのうちの1本を、湊は自分の右腕に装着したクロニクルガントレットへと装填した。
ガチィィィン――ッ!!!
「天瀬先輩! このカセットで奴の力を多少なりとも閉じ込められれば、再生の力を弱められるかもしれないです!」
「え、何それ……面白そうな物持ってるじゃん。じゃあ、君がそれを使う隙は僕が作るよ!」
「はい、行きましょう!」
湊はガントレットを構え、地を蹴った颯の背中を必死に追って、暴れ狂う巨樹へと果敢に突入していった。
颯は能力を一切途切れさせることなく、激しく発動したまま湊とともに突撃する。
周囲に猛烈な『気圧の防壁』を常時展開し、水録願掛の木が放つ無数の木の葉の散弾を力任せに弾き飛ばしながら、突き上がる根の槍を真空の刃で切り刻んで進む。
どれほど苛烈な反撃が迫ろうとも、颯は能力を維持したまま、大樹の幹の真芯へと肉薄し、大気を凝縮した強烈な連撃を叩き込んだ!
強烈な衝撃が大樹の幹を激しく揺るがし、巨樹の意識が完全に湊から外れる。
「――今だッ!!」
その生み出された絶対の隙を突いて、湊はガントレットを装着した右手を、大樹の幹へと叩きつける。
その次の瞬間、ガントレットの吸入システムが激しく駆動音を響かせる。
接触した瞬間、巨樹の全身から、毒々しい緑色のエネルギーが猛烈な勢いでガントレットの中のブランクカセットへと吸い込まれ始めた。
植物の全ての記録が、空っぽな器へと強制的に同期していく。
【 Blank Record Fix. ―― RECORD No.3『Plant』Set up Complete. 】
中庭中に響き渡る、冷徹なシステム音声。ガントレットによって力を吸収されていくその巨樹は、みるみるうちにその禍々しい輝きを失い、あれほど異常だった再生が完全に停止し、目に見えて弱り始めた。
「よし、仕上げだ!」
力を吸い尽くされ、完全に無防備になった巨樹の上空へと高く跳ね上がった颯。
彼は最高高度に達した瞬間、空中から一気に垂直落下する凄まじい重力加速度の勢いと、己の足の先へと極限まで集中させた大空の気圧エネルギー。
その二つの破壊力を、右足の一点へと完全に合体させた。
「――これで、終わりだよ。」
蒼穹の光を纏った、颯のキックが、弱り切った巨樹のコアへと真っ直ぐに炸裂した。
ドゴォォォォォォォン――ッ!!!
空間を爆破するような凄まじい衝撃波が走り、天を衝くほどの風の柱が立ち上る。
超常化している原因であったコアが粉砕された水録願掛の木は、ベキベキと音を立ててその巨躯を完全に崩壊させ、ただの静かな、元の美しい400年の佇まいへと還元されていった。
「ふぅ……。デイリーミッション、クリアっと。」
颯は着地すると、ポケットからスマホを取り出し、いつも通りのマイペースな笑顔を浮かべた。
そして湊の右腕のガントレットの中には、生命力に溢れる鮮緑色の光を宿した、『クロニクルカセット:プラント』が、静かに輝いていたのだった。




