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無能力者の都市記録(シティーレコード)  作者: キノコマス
第一章 『クロニクルカセット』
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重見天日、蒼天の共鳴者(シアン・スカイ)

「――ふぅ。これにて、私が即興で考えた歓迎歌は終わりだ。望むのならアンコールも受け付けよう。」


最後のロングトーンを歌いきり、神代学園長は満足そうに深く息を吐いた。

数分間におよぶ脳へ直接響くような怪音波を耐え抜いた湊は、意識を保つので精いっぱいになっていた。


「いや……もう、いいです……。」


真っ白になった頭をフル稼働させて、やっと絞りだした返事はこんなに情けない。


「それはともかくとして――。前置きはこれくらいにして、話の本題に入ろうか。」


その瞬間、学園長室の空気が、ぐにゃりと音を立てるような錯覚を覚えるほど、一瞬にして冷たく張り詰めた。

それは、まるで冷水を寝起きの身体に思い切りかけられた時のようで、朦朧とした意識が一瞬でクリアになる。


神代学園長は、ゆっくりと革張りの大椅子へと腰を下ろした。

顔はさっきと一緒なのにも関わらず、さっきまでの親しみやすさは綺麗さっぱり消え失せ、この巨大学園を統べる長としての、プレッシャーで押しつぶされそうになるほどの圧倒的な威厳が宿っていた。


「白瀬湊くん。君をここに呼び出したのは、他でもない。」


学園長は机の上で両手を組み、真剣そのものの冷徹な眼差しを真っ直ぐに湊へと向けた。


「君が、あの超常現象の渦中――超常課すら突入には特殊車両が必要なはずの『中間領域』で、意識を保ったまま生還したからだ。……私は知っている。君が生還できた理由は、その『クロニクルガントレット』の力によるものだということを。」


「――っ!これの事を知っているんですか。」


湊は息を呑んだが、すぐに覚悟を決め、カバンの奥に手を置いて学園長を真っ直ぐに見据えた。相手はこの巨大学園を統べる長であり、すべてを把握した上でここに呼んでいる。ここで下手に隠し事をしても意味がないと、湊の直感が告げていた。


「隠すつもりはありません。俺は、これを持ってあの異界の化け物と戦いました。

……でも、これは誰かから渡されたものじゃないんです。前に、超能力者同士の戦いに巻き込まれた時に、なぜか地面に落ちていたのを、たまたま拾っただけなんです。」


「……落ちていた、か。なるほど、君がそれを……。」


学園長は僅かに目を細めたが、それ以上は深く追及せず、手元の端末を操作した。

部屋の壁一面のホログラムスクリーンに、中間領域と、重装備をした超常対策課の人の画像が映し出される。


「これは、中間領域と呼ばれる場所で撮影された唯一の写真だ。普通なら、このレベルくらいの装備がない限りは中間領域内で活動を行えない。

だが君は、このような装備を装備していなかったにも関わらず、身体が溶けることもなく耐えられた。これはとても素晴らしいことだ。」



世界地図と不気味に明滅する赤いデータが浮かび上がる。


「すべての始まりである超常現象第一号――『水録超常現象』がこの地で起こってから、既に100年の歳月が経った。

超常現象へ対抗する為に、この学園が新たに開校され、それを皮切りに世界中でも超常現象への対抗を目的とした人材育成が始まり、それで一旦は世界の平和が維持されていた。

……ところが近年、超常現象の発生件数が世界各地で増え始めた。」


画面の向こうで、世界各地に広がる超常現象を可視化した3Dグラフが急速に跳ね上がっていく。


「近年、世界各地で超常現象が多発している。そしてその裏には、意図的に災害を引き起こしてこの世界の破壊を企む『ある組織』の暗躍があるのだ。」


「それって……今まで巻き込まれて来た超常災害は、全て人為的なものだったってことですか!?」


湊は驚きのあまり、反射的に質問をした。それに対し、学園長は首を振りながら答える。


「そうとは言いづらいのが厄介でね。彼らは異界とこちら側の世界を隔てる壁を、薄くしただけに過ぎないようだ。

超常現象の発生現場で組織の構成員を発見した、との報告も上がってはいるが……組織が何を狙っているのか。今だに不透明ではあるが、これからの君の選択に期待しているよ。」


この世界に超常現象が発生しだした理由。その衝撃を胸に抱いたまま、湊は重厚な扉を通り、学園長室を後にした。


「はぁ……まさか、超常現象の発生には人為的な物が絡んでいたとはな。」


廊下に出た湊が長い息を吐き出すと、前方から聞き覚えのある凛とした声が響いた。


「――久しぶりね、湊。」


そこに立っていたのは、水録学園の制服を着た陽菜だった。


「陽菜……!? なんでここに。」


「学園長から指示があったのよ。部外者の君を正門の認証ゲートまで送り届ける係として、私が手配されたの。……全く、天瀬先輩が方向音痴をやらかした、と聞いて頭が痛くなったわ。」


陽菜はため息をつきながらも、湊を先導して歩き出す。二人は学園の敷地端を沿うように伸びる『舗装された道』へと出た。昼休みの活気に満ちた生徒たちの声を遠くに聞きながら、認証ゲートの前まで戻ってくる。


「……でも、無事でよかった。」


ゲートの前で立ち止まり、陽菜は少しだけ表情を和らげて本音を漏らした。

あの異界の赤黒い霧の中で、湊が本当に生きて生還できたことを、彼女なりにずっと心配していたのだろう。彼女のそんな様子を見て、湊は最初に会った時より性格が丸くなったように感じた。


「ああ、ありがとう。……色々あったけど何とか脱出できてよかったよ。」


湊はカバンの紐を握り直し、陽菜に背を向けて、ゲートを潜って帰ろうとした。


――まさに、その瞬間だった。


突如として、立っていられないほどの凄まじい地響きが、水録学園の広大な敷地を激しく揺るがした。


「な、何!? 地震……っ!?」

「いや、違う! これはアノマリーの――!」


陽菜が叫ぶのと同時、二人が驚いて振り返った先。複数の校舎棟に挟まれた、先ほど天瀬先輩と迷い込んだあの『中庭』の中心から、ベキベキと凄まじい破壊音が鳴り響いた。


そこには、水録学園の前身である『水録大学附属高校』の時代から、実に400年もの長きにわたってこの敷地を見守り続けてきた御神木――『水録願掛の木』が鎮座しているはずだった。


その樹齢400年の巨樹が、今、あり得ない速度で天空に向かって成長を始めていたのだ。

地中から這い出た極太の根が、まるで意思を持った巨大な怪物の触手のように踊り狂い、物凄いスピードで木の枝が校舎の壁を這い上がる。


やがて、中庭周辺を支配したその巨樹は、まるで獲物を狩るかのように、生徒たちを明確に攻撃しだした。


「なにこれ……っ! 水録願掛の木が、暴走してる……!?」


陽菜がその異様な光景に息を呑む中、白瀬湊は、自分の通学カバンの奥底に凄まじい『違和感』を覚えた。


カバンの奥、ガントレットのすぐ隣に仕舞い込んだばかりの、あの時渡された2本の『ブランクカセット』。

それが、中庭で狂い咲く、あの緑の生命の波動に呼応するように、まるで意思を持った心臓のように怪しく脈打ち始めていたのだった。


「まさか……あの怪物に反応しているのか?

……そうか!『植物』の力に反応しているのか!」


陽菜がその異様な光景に息を呑み、湊がカバンの奥のブランクカセットの異常な脈動に戦慄した、まさにその瞬間だった。

爆発的な異常成長を遂げた『水録願掛の木』が、ついに正門近くにいる湊と陽菜、そして立ち向かおうとした生徒たちへ向けて、明確な攻撃を行いだした。


シュババババババババッ!!!


突如、巨樹の無数の枝葉から、数千、数万という単位の木の葉が猛烈な勢いで撃ち出された。それはただの葉ではない。超常の力によって、音速を超えて空間を切り裂くまでにスピードが乗った、恐るべき『木の葉の散弾』だ。

加えて、打ち出したはずの木の葉が再生しているのか、絶え間なく木の葉が飛んでくる。

湊たちは、急いで校舎の影に身を隠した。


(これじゃ、攻撃なんて無理だ……!)


このまま身を隠し続けようとした時、地面を爆破するように割りながら、地中から鋭く尖った極太の『根』が、生徒たちを串刺しにせんと容赦なく突き上がってきた。


一瞬で突き上がって来たその根が、正確に生徒を狙ってきたのならば、全員串刺しになっていたであろうほどの速さ。

留まっていたら、いずれ当たってしまう。


(メタルカセットも無い今、俺に出来ることは無い。ドラゴンカセットをこんな所で使う訳にはいかないし……。)


唯一外に出られる経路である、ゲートは成長した木の枝が絡みついて完全に塞がれている。かといって立ち向かおうとすれば、蜂の巣にされてしまう、逃げ場のない絶対絶命の窮地。


その時、横で隆起している尖った根を避け続けている陽菜が声を上げた。


「私の炎の力なら、木の葉を燃やして無力化出来るかもしれない!」


言い終わると同時、陽菜は中庭を支配した巨樹に向かって走りだした。


(植物系なら、私の炎と相性が良い……!あの木の葉だって、超常コーティングを施されている校舎の壁に突き刺さるほどの威力があっても、燃やしてしまえば十分に受けきれる!)


「炎よ、飛んで来る木の葉を燃やし尽くしなさい!」


陽菜がそう叫ぶと、空中に炎の弾が無数に生成され、飛んで来る木の葉に衝突していく。

パワーバランスは互角といえる様子で、巨樹の怪物が放つ木の葉を真正面から全て受け切れている。


陽菜はどんどん巨樹の怪物に近づくが、怪物側も負けじと、地面から尖った根をだしたり、枝を伸ばして抵抗している。

陽菜は、何とか幾つも生えてくる尖った根を躱し、枝を燃やして無力化しつつ、距離を縮めていく。


すると巨樹の怪物は、諦めたのか全ての攻撃を止めた。陽菜は容赦なく距離を詰め、木の葉の迎撃に回していた炎の能力を全て右足に込め、怪物に飛び蹴りを当てた。


しかし、炎の力を全開にしたはずなのに、攻撃が効いている様子は全くなく、傷ひとつついていなかった。それどころか、巨樹の怪物の葉が全て黄緑に発光しだした。


(これは……何かの力を溜めてる?早く避けないと……!)


陽菜は巨樹の怪物の必殺技を避けようとしたが、僅かながら時間が足りなかったようで、陽菜の方に向かって黄緑色の光のビームが発射された。


絶対絶命。その四字熟語が陽菜の頭をよぎる。避けることも、防御を展開するのも間に合わない。 


陽菜は思わず目を閉じてしまった。


しかし、1秒経っても、10秒たっても、ビームが衝突することは無かった。


それどころか――陽菜は空に浮いていたのだ。


「うわ、何これ。中庭がやばいことになってるじゃん。」


その絶望的な瞬間の中に、気づけば一人の男が立っていた。

ポケットに手を突っ込んだまま、あくびでもしそうな気の抜けた声。

さっき学園長室から風のように消え去った後、全く見かけなかった水録学園2年の――天瀬颯(あませ はやて)だった。

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