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自由奔放、蒼天の共鳴者(シアン・スカイ)

路地裏で研究員の話を聞いた後、湊は研究員から受け取った2本の『ブランクカセット』や、返却された『ドラゴンカセット』をどう使うかについて考えていた。

ドラゴンカセットは肉体への負担や、暴走の危険があるし、ブランクカセットに至っては、ブランクカセットに適合する、都合の良い超常災害が起こらない限りは使えない。


これはどうするべきか――そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか、目的地である『水録学園』の前に辿り着いていた。 


自身が通う高校とは比べものにならないほど大きな学園。

美しい長方形に整えられた広大な敷地内には、中央校舎にプラスして様々な校舎棟がそびえ立ち、校庭や中庭、さらには体育館や陸上競技用トラック、テニスコートまでが美しく収まっている。

これだけのスケール感を前にしても、今の湊の心にはそこまでの緊張感はなく、これから訊かれるであろう未知の用件への気怠さのほうが勝っていた。


湊は重厚な正門を潜り、部外者の立ち入りを厳しく制限している近代的な『認証ゲート』の前へと向かった。

そこで、自分の通う高校の制服の襟を直した時に、ゲートのすぐ隣、コンクリートの壁にだらしなく背を預けて立っている一人の男子生徒の姿が、湊の視界に飛び込んできた。


水録学園の制服を着たその男子生徒は、スマホを浮かし、スマホの画面を物凄いスピードで叩いていた。湊には、どこからどう見ても授業をサボって音ゲーをしている、普通の高校生にしか見えなかった。


湊がその場に足を止めた時、脳裏に短い記憶が蘇る。


それは昨日、異界から脱出した時に水録学園の学園長を名乗る人物が、湊に話した会話の一部だった。


〔翌日、水録学園へ来てください。

今日起こった事件について話したいことがあります。

認証ゲートを通過できるようにするため、現地ではこちらが手配した優秀な生徒が一人、認証ゲート前で君を出迎えます。翌日、学園でお待ちしています。〕


ゲートの周りを見渡しても、水録学園の制服を着ている生徒は、彼しかいなかった。


(本当にあの人がエリートなのか……?)


しかし、他に誰もいない以上、彼が件の案内役なのは間違いなさそうだった。

湊は湧き上がる疑問を胸の奥に押し込め、ゲートの近くに立つ生徒の元へと歩き出した。


湊が恐る恐る歩み寄ると、壁に背を預けていた男子生徒は、ゆっくりと顔を上げた。

前髪の隙間から覗く眠たげな瞳が湊を一瞥する。どれほどの尋問や緊迫した追及が始まるのかと身構えた、その瞬間――。


「あー、やっと来た。遅いよ白瀬くん。暇すぎて音ゲーハイスコア更新しまくってたよ。」


目の前の水録学園の生徒は小さくあくびをしながら、こちらの気怠さをさらに上書きするような、気の抜けた声を上げた。

完全に拍子抜けした湊は、思わず心の内で呟く。


(本当に、この人が学園の手配した『優秀な生徒』なのか……?)


だが、湊はまだ知らない。目の前の男が、高校生でありながら【Sクラス能力者】にカウントされる、本物の天才だということを――。


「まあいいや。挨拶は中に着いてから……って言いたいところだけど、お腹空いたから途中の購買でパン買っていいかな?でも、学園長のとこに連れてかないといけないしなぁ。」


彼はそう呟くと、湊の返事も待たずに、認証ゲートに手慣れた様子で端末をかざし、だらだらとした足取りで水録学園の内部へと歩き出した。


学園の敷地端を沿うように伸びる舗装された道を進み、いくつかの校舎棟の合間を縫って、進んでいく。

視線の先、校庭から地続きになった巨大な陸上競技場やテニスコートを横目に、先輩はスマホを片手にのんびりと歩を進めていた。

ところが、いくつかある校舎棟の角を曲がったところで、先輩はピタリと足を止めて頭を抱えだした。


「あれ、おかしいな。……ごめんね、道間違えちゃった。ここ中庭じゃん。」


目の前に広がっていたのは、青々とした芝生とベンチが並ぶ、のどかな中庭だった。 


(大丈夫か、この人……。)


案内役のまさかの迷子に湊が呆れていると、先輩は悪びれもせず、中庭を引き返し、今度こそ学園長室に向かいながら気さくに話しかけてきた。


「あ、そういえばまだ自己紹介してなかったね。俺は2年の『天瀬あませ はやて』っていうんだ。一応、今回の君の担当ってことになってるから、よろしく。」


「あ、はい……俺は白瀬湊です。自分が通う高校が休校になって、今日ここに来るように言われて……。」


「うん、知ってる知ってる。能力を持っていないのに、生身で中間領域から生還した生徒がいるって、上の人たちがちょっとザワついててさ。……それにしても今日は風が強いな。」


その瞬間、中庭に突風が吹き抜け、ベンチの横に置かれていた何かの看板が、湊の頭上に向けて倒れかかってきた。


「危な――」


湊が身構えた、まさにその刹那だった。


「おっと、危ないねぇ。」


天瀬先輩がポケットに手を突っ込んだまま、気の抜けた声でそう呟いた。


瞬間、湊の目の前で「おかしな現象」が起きる。


倒れかけていた巨大な看板が、まるで目に見えない柔らかな空気のクッションに押し留められたかのように、湊の頭上わずか数十センチのところでピタリと静止したのだ。

それどころか、天瀬先輩が手を振り上げる動作をした途端、その看板はまるで重力を失ったかのように、元の位置へと音もなく綺麗に立ち戻った。


「これでよし、と。湊くん、こっちこっちー」


先輩は何事もなかったかのように、中庭の奥の棟へと歩き出す。

湊も、言われるがままに先輩の後へと続いていく。


二人は中庭を抜け、文字通りに学園長の待つ『学園長室』へと辿り着く。

天瀬先輩がノックもせずにその重厚な扉を無造作に開け放った。部屋の中に居たのは、思わず気圧されてしまうほどの威厳を放つ、この学園の学園長だ。


「湊くん、よく来てくれたね。私が、この水録学園の学園長を務める『神代(かみしろ)』だ。まずは来てくれたことに対する感謝の歌を一曲どうかな?」


次の瞬間、学園長はその威厳ある立ち姿からはとても想像できないほど、音痴すぎる歌を歌いだした。


(顔は至って真剣なのに、とんでもない歌声だ!)


横を見ると、天瀬先輩は、まるで自由奔放な風のように、いつの間にかいなくなっていた。


湊は、誰の助けも呼べないまま、数分間にわたって地獄の歌を聴かされる羽目となったのだった―――。


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