別世界(アノマリー・フィールド)での記録換装
サラサラと足元に降り注ぐ、さっきまで天井だった砂の山。
それを横目に見ながら、湊は深く息を吐き出した。
(……まずは、ここから脱出する為にも、離れないと。)
背中に庇っていた友人をそっと床に寝かせる。教室のクラスメイトたちも先生も、全員が深い眠りに落ちたように意識を失ったままだ。
この教室の天井は粉砕したが、この空間そのものが湊の命を脅かしているのは、間違いなかった。
何より、先ほど窓の外から聞こえた、地を這うような不気味な咆哮。あれがいつまた校舎を襲ってくるか分からない。
「……みんな、少し待ってろよ。」
誰も答えない静寂の中、湊は『ツールカセット:モバイル』を握りしめ、ポケットにねじ込んだ。そして、無残にひしゃげた教室の前後扉を強引にこじ開け、廊下へと足を踏み出す。
本来なら、この扉の向こうに広がるのは「四階の廊下」のはずだった。
だが、違った。
ひしゃげた引き戸の向こうに広がっていたのは――異様に高く、だだっ広い天井。そして、赤黒い光が窓から差し込む、見慣れた木目のワックスが剥げかけた床。
――扉の向こうは、体育館だった。
「なんで……体育館に繋がっているんだ?」
教室の扉を一枚隔てた先が、ダイレクトに『体育館』へと繋がっていた。
このことは、校舎の物理的な構造が完全に無視され、空間そのものが滅茶苦茶にねじ曲げられていること。
そして、ここが本当に、現実世界の常識が通用しない「異界」なのだということを、湊が理解するのには十分だった。
異常なまでに静まり返った体育館に、体育の授業中だったのか、数十人の生徒たちと、2人の先生が床に力なく倒れ伏していた。
(やっぱり、全員が眠らされてる……。)
その光景に圧倒されながら、湊が体育館へと一歩を踏み出そうとした、その時だった。
ペタ……、ペタ……。
静まり返った体育館の奥、ステージの影から、『奇妙な音』が響いてきた。
それは、重い泥が床を引きずるような、不気味にまとわりつく音。
その音の正体が気になった湊は、ステージ裏の方に、警戒しながらゆっくりと歩を進める。
湊が体育館のステージに足を掛け、登ったその瞬間に『それ』はステージの暗がりから姿を見せた。
暗がりから現れたのは、全身が『赤黒い泥と岩石』で形成された、歪な人型の怪物だった。顔に当たる部分には目も鼻もなく、ただ土砂が蠢いている。
(あいつが……この超常現象の正体なのか?)
ならば、一筋縄で倒せる相手ではない。
先ほどのメタルカセットによる絶対防御は、確かに凄まじい威力だった。
だが、この物理構造が滅茶苦茶に狂った異界という場所で、空間を隔てる壁や体育館の構造をこれ以上破壊してしまったら……。今度こそ校舎が完全に崩壊し、気絶しているクラスメイトたちも含めて、誰も無事では済まない。
それに、エネルギーを解放しきったメタルカセットでは、あの力を再び出力するのは難しいだろう。
そう考えた湊は、『クロニクルカセット:アクア』をポケットから取り出す。
そのまま、流れるようにガントレットのスロットへと装填した。
【 Cassette Lock! ――RECORD No.2『 AQUA : river 』Play Start. ――】
無機質なシステムボイスが静寂の体育館に鳴り響き、ガントレットのホログラムインジケーターの色が白銀から深い青色へと染まっていく。
緊迫した空気が肌を刺す中、湊は冷徹に周囲の状況を鋭く観察した。
周囲のクラスメイトや建物を巻き込まず、あの泥の怪物のみをピンポイントで撃破しなければならない。
そう考えると、全てを破壊し飲み込む、激流(river)の記録は適していない。
だが、湊には次の一手があった。
日曜日、『メタルカセット』を渡された時のことだ。
湊はメタルカセットの使い方と一緒に、新しく判明したガントレットの重要な『仕様』を、研究員から伝え られていた。
その仕様の名は――『クロニクルチェンジ』。研究員の解説によれば、同じクロニクルカセットであっても、内部で再生出力されている『記録テープ』のインデックスを切り替えることで、全く異なる性質の力を発揮できるという。
(周囲を破壊せず、標的だけを確実に穿つ記録は……これだ!)
「いくぞ……『クロニクルチェンジ』!!」
そう叫びながら、クロニクルチャージを行うスイッチを長押しする。
3秒ほどスイッチを押した後、ガチッ、とカセットの内部で高速のテープ巻き戻し音が響く。直後、ガントレットから新たな起動音声が、静かな体育館に鳴り響いた。
【 Chronicle Change : geyser !】
スロットの部分から激しい高熱の蒸気が噴き出す。この力こそ、標的を一点突破する、激しき熱水の記録。
「出し惜しみはなしだ。最初から、最大出力で一撃で仕留める!」
湊は、ガントレットのスイッチを押し込んだ。
【 Chronicle Charge Aqua : geyser !】
凄まじいエネルギーの収束音。
湊の右手の中に、体育館の空気を歪ませるほどの高熱の蒸気が、爆発的に集まってゆく。十分にチャージが完了したのを見届け、湊はもう一度、引き金となるスイッチを叩いた。
【 AQUA : geyser Energy Release ! 】
「――『ゲイサーリビュレット!』――」
その手のひらから放たれたのは、全てを穿ち、切断させられる超高温の熱水ジェット。
白濁した高圧の激流がレーザーのように一直線に虚空を裂き、泥の怪物めがけて一瞬で跳んでいく。
そして――超高温のジェットが、泥の怪物の胸の中心へと真正面から直撃した。




