第80話 強さの代償
「すげぇ! すげぇよ俺! おい!ユーリ、ルト! 見てみろよ!
俺、めちゃくちゃ強くなっただろう?!」
「クリス……ちょっと変だよ?!」
「お前、ここに来るまでそんなことなかっただろう?!」
クリスと呼ばれていた少年は、自身の強さを誇らしく2人にひけらかしていた。
だけど、その姿を見ていた2人の表情からは、恐怖の色が透けて見えていた。
「俺、市場で強化剤もらったんだ! それずっと持ってて3日前に飲んだ。
あの強化剤は本物だよ! こんなに強くなったんだからな!
もっとたくさん飲んで最強の男になるんだ!」
「えっ? あれ飲んだの?! グロリアで変な薬出回ってた話したじゃない!
もし、その薬だったらどうするのよ!」
「そんな危ない薬がいくら闇市だからって売ってるわけないだろう?
俺が貰ったのは、極めて安全な強化剤だよ!
味だってめっちゃ甘かったぞ? 劇薬が甘いわけないだろう?」
単独で魔物の巣という面倒な罠を乗り切ったクリスが強化剤の話題を口にした。
その瞬間、ユーリとルトの表情が更に曇り始めた。
グロリアでのブルーアップル事件は耳に入っているらしく、手を出してはいけないものに手を出したのではと眉をひそめた。
そして、クリスの口から「甘い」と聞かされた瞬間、側にいたライオネル王とラミンがポツリと呟いた。
「うむ。甘い……か。ブルーアップルは本来濃厚な甘みを持つという。
聖水で薄めているなら甘さは軽減されているはずだが……」
「あの小童、原液に近いものを飲んだのではないか?
そうだとすればすぐに悲鳴が聞こえるぞ」
「うわぁ……痛そう……」
ブルーアップルの成分が強いのではと判断した2人。
以前、リンたちがのたうち回っていたことを思い出し、思わず顔を歪めた。
そうなる前に助け出すのが、精霊魔法を扱える俺の役目だろう。
だけど、どうしてもその気になれず、ただそっと静かにその時を待っていた。
「もっと買っておくべきだったなぁ。
……あれ? 荷物持ちの兄ちゃんじゃん! 何やってんだよ」
「お兄さん、怖くて動けなかったの?」
「魔物の巣に捕まって大変だったんだぞ! 見てないで手伝ってくれよ!
って、荷物持ちじゃ何にも出来ないかぁ」
「ははは……」
俺を見つけた3人は相変わらず俺を見下すような物言いをしていた。
コハクたちがこの場にいなくて本当に良かったと思いつつ、クリスに問いただした。
「クリスくん。君が飲んだっていう強化剤。誰から買ったんだ?」
「え? あー、何かグロリアでたまに開かれる闇市で売ってたんだよ」
「どんな人だった?」
「男だったけど、フード被ってたから知らねぇよ。
別の大陸から仕入れてきたって言ってたけど」
「別の大陸、ねぇ……」
別の大陸。やっぱりブルーメイド王国の誰かが仕掛けたのだろうか。
ひとまずリアム陛下に報告を入れておかなければ。
そう思いながら、クリスくんたちにブルーアップルの危険性を知らせようとした時だった。
「荷物持ちの兄ちゃんも絶対飲んだほうがいいぜ?
だって俺、前ならこんな状況、どうにもっ――」
「クリス?」
「クリスどうしたんだよ急に黙って」
「うむ……来たか」
「……」
体内で異変が始まったのか、クリスは突然言葉を発することが出来なくなり、両手で口元を抑えた。次の瞬間――
「ぐはっ――ゲホッ! かはっ……」
「きゃあああっ! クリス?!」
「おい! クリスどうしたんだよ!」
始まったブルーアップルの脅威。
体内に入り内臓にこびりつくブルーアップルの液は、内側から体を破壊し始めた。
激しく吐血し、のたうち回るクリスを目の当たりにしたユーリは、持っていた杖を投げ出し、ガタガタと体を振るわせその場に崩れ落ちた。
回復魔法が使えるルトは、顔面を青くしながらも助けようと必死に手を伸ばし詠唱を始める。
ブルーアップルの成分と聖魔法が反発して、クリスを苦しめるとも知らずに。
ただ純粋に彼を助けようと自身の役割を全うしようと魔法を放った。
「ぎゃあああっ! やめろっ! ルト! お前何やってんだ!
体がっ……! 痛いっ! やめろルト! 死んじゃうっ!」
「えっ、なっ……何でだよ?! 俺はちゃんと回復魔法かけてるんだぞ?!」
「やめっ……やめてくれっ……痛いっ……内臓がっ……引き裂かれるっ……」
「そんなっ……! じゃあどうすればいいんだよっ!」
回復魔法が使えず、パニックになっている間にも吐血を繰り返すクリス。
ラミンに「そろそろ出てやれ」と言われ、俺は静かに彼らの元へと踏み出した。
「これがブルーアップルの毒だよ。内臓からやられて最終的に死ぬ。
強化剤なんてものは存在しない。ただの劇薬だ」
「ブルーアップルって……グロリアで広まってたっていう……嘘でしょ?!」
「じゃ、じゃあ、このままクリスは死ぬって言うのかよ?!
どうしようっ……俺の魔法、クリスを苦しめるだけだったっ……死ぬのを待つしかないのか?!」
驚きもせず、動揺もせず、ただただ冷静に事実を伝えた。
その事実を前に2人の思考回路は完全に遮断され、目の前でクリスを失う絶望に覆われていた。
苦しむクリス自身も、まさか手に入れた強化剤が自分を殺すものだとは夢には思わなかっただろう。
ポロポロと涙を流しながら、どうにかして毒を外に出そうと悶え苦しんでいた。
その時だった。
「うわぁ、くっしゃいでしゅねぇ~! おいクソガキども!
助けてほしかったらご主人さまへの非礼を詫びるでしゅっ!」
「え? あれ? コハク。向こうで遊んでたんじゃないのか?
ラムたちも戻ってきてるじゃないか。ここは危ないから、向こうに行ってな?」
「嫌でしゅ! この子達がご主人さまに謝るまでどこにも行きましぇん!」
「コハク~……」
全く空気を読む気がないコハクたちが広間に戻ってきてしまった。
小さな狐に見えるコハクに暴言じみた言葉を吐かれ、ユーリもルトも唖然としていた。
日に日に口が悪くなっているのは、きっとジヨン騎士団長のせいじゃないかと俺は思っていた。
(まぁ、いいや。とにかく早いとこ助けなくちゃ)
心の中でそう呟きながら一歩踏み出した。
「おいっ……兄ちゃん、何するんだ?!」
「あなた荷物持ちでしょ?! 何する気?!」
「うるさい。黙ってな」
役立たずの荷物持ちに何ができるのか。2人の瞳がそう語っているように思えた。
もう少し荷物持ちを敬って欲しいけど。
そんなことを考えながら、ゆっくりとこの手をクリスへと伸ばした――




