第73話 断罪
突然、天から現れた大人の竜を前に、さすがのキマイラたちも怯んでいるのが分かった。
魔物たちに恐怖という感情があるのかと思ったが、キマイラから見ても、竜という存在は無意識に恐れてしまうものなのだと察した。
「ラム……どうして」
「可愛いグゥの泣き声が僕を呼んでくれました。
弟を護るのは兄である僕の役目です」
「弟って……お前たち同じ日に生まれただろう……
って、そんなことは別に重要じゃないんだよ」
「僕たち7匹の魂は1つに繋がっています。
誰かに危機が迫り、魂の叫びをあげたとき、誰かが必ず駆けつけるのです」
ラムたちが魂で繋がっている、という事実はそれほど驚いたりしない。
だけど、まさか窮地に立たされた時に、その声をあげれば呼び出せるだなんて思わないだろう……
常に互いを護ろうとする存在であるという、何とも羨ましい繋がりだ。
「……便利だね、それ」
「ふふっ、そうですね。では、ここからは僕にお任せを」
便利だねと言うと、優しく笑ったラム。
そのあとすぐに、あの冷徹な瞳に変わり、ふわりと浮遊してキマイラ3体を見下ろした。
「僕の弟を傷つけた罪はとても重い。その命をもって償ってください」
「グルルルッ……」
「――我が名はラム
守護竜の名において、あなた方を断罪します
|Moon Reflection Rain!」
ラムが詠唱すると、キマイラの頭上が静かに裂けるようにして、巨大な黒い月が現れた。
黒月はキマイラ3体を淡い光で照らしだす。
すると、照らされたキマイラの本体が影に反射し、その瞬間、影がむくりと立ち上がった。
「なに……これ……」
影が立ち上がるだなんて、初めての光景だった。
その黒い影からギラリと鋭い眼光が開き、対面していたキマイラたちの体を逃げられないように拘束した。
「グギャアアアッ!」と鋭い叫び声をあげながら抵抗するも、影は決してキマイラたちの体を離さない。
「ほう……
影が本体を掴むとは。己の罪からは逃げられないと言っているように見えるな」
「何それ怖いんだけど……」
ライオネル王は、何故か感心するように、冷静にその光景を見守っているが、俺は初めて見る術に、ただただ圧倒されていた。
そんな中、雲があるわけではないのに、どこからともなく突如頭上から濃い黒に染まった雨がキマイラたちの体を濡らし始めた。
すると、さっきまで暴れようと抗っていたキマイラたちの威嚇するような瞳から、光が消えていくのが分かった。
それはまるで、キマイラたちの中にある怒りや暴虐、闘争心、そのすべての感情が消えていくような感覚だった。
「音もなく降り続く雨って不気味だな……」
思わずそう呟く。雨の音は心地よくて好きだったが、こうも無音な世界で降り続くと、その雨に自分が飲み込まれてしまいそうな恐怖感に包まれた。
「さぁ、これで全て終わりです。永遠の眠りを――」
ラムがそう囁くと、無抵抗になったキマイラたちが自身の影の中に引きずり込まれていく。
そのまま音もなく、静かにキマイラたちと影が消えていった。
残ったのは地面に広がった黒い水たまり。
その毒々しい水たまりは、キマイラが消滅すると同時にゆっくりと美しい透明な色へと変わっていく。すべての闇が浄化されていくかのように。
そして、透明化した水たまりに黒月が反射し、その瞬間、黒月から放たれた淡い光に導かれるように水たまりが月の中へと還っていき、黒月もそっと姿を消した。
「ラム……今の魔法は一体……」
「ムーン・リフレクション・レインは、己の罪によって断罪される術です。
黒い雨、黒雨は対象者の全ての感情を消し去り無の状態にさせます。
そして、己が犯した罪が影となり、その影がその者の存在を消滅させます」
「そんな闇魔法、初めて聞いたよ……怖いなちょっと」
「ふふっ。僕の弟を泣かせた罰、といったところですね」
「兄弟愛、強すぎだろ……」
先ほどまで冷徹な瞳をしていたラムは、いつもの優しい表情に戻り、淡々と説明した。
その瞬間、俺は悟った。
ラムを怒らせるのはやめよう、と。
「ラムすごいでしゅ~! 格好良かったでしゅよ~!」
「コハク兄さん。ありがとうございます。
……グゥ。もう大丈夫ですよ。君を泣かせた敵は、僕がやっつけましたからね」
「キュイイイイイッ!」
少し離れた場所から見ていたコハクとグゥちゃん。
キラキラとした瞳で大はしゃぎするコハク。
グゥちゃんはというと、ラムの圧倒的な強さと優しさに、瞳にいっぱいの涙を溜めながら翼を羽ばたかせて、覚醒し大きくなった状態のラムの胸へと飛び込んだ。
一見、微笑ましい兄弟愛に見えるだろう。
だけど、俺の目にはもう、ラムがとんでもなく巨大な力を持つ竜としか映っていなかった。
そのラムを生み出したのは俺自身だ。
俺自身の育て方次第で正にも悪にもなると言われたことを思い出す。
正しい心と愛情をもって育てていかなければ、世界が破滅しそう……
なんて少しばかり恐怖に怯えながら、温かい兄弟愛を見守っていた――




