第72話 涙が呼んだ兄
5階層のトロールを討伐した俺たちは魔石を回収し、念のため最上階層の15階層まで見回りを兼ねて歩いていた。
途中で現れる魔物たちの様子も少しずつおかしくなっていた。
「楽しいでしゅねぇ~」
「何でこんなにレベル上がってんだよ」
「ボスの影響かもしれんな。
ボスが凶暴化すれば、それらと繋がっている魔物たちも影響され凶暴化する」
「はぁ……連鎖反応とか断ち切れよ~……」
初心者向けとは言い難いほどレベルの高い魔物たちが湧いて出ていて、まるで高ランク者向けのダンジョンに潜り込んでいるのではないかと錯覚するほどだった。
そして、10階層のボスは通常はファングウルフが数体現れる。
だけど、俺たちの目の前に現れたのはミノタウロスが3体。非常に興奮した状態で俺たちに向かって刃を向けた。
「大きな牛さんでしゅねぇ~! 遊んでくだしゃーーいっ!」
「キュイイイイッ!」
「あーあ……また遊び相手だと思って行っちゃった」
「まぁ、良いではないかオリオン。外で思いきり体を動かすのは大切なことだぞ」
「そうかもしれないけど、見て? ミノタウロスの悲鳴が……」
俺たちが戦闘態勢になる間もなく、コハクとグゥちゃんが、遊び相手と遊ぶかのように向かって行く。
俺たちはただ、その光景を眺めているだけ。
ラミンは満足そうに、「流石だな」とぶつぶつ呟いているし、ライオネル王は孫の成長を喜んでいるだけで、コハクたちを心配しているのは俺だけだった。
「グギャアアアアアアッ――!!」
そんな俺の耳に届くのは、コハクたちによって与えられた激痛によるミノタウロスの叫び声と、「楽しいでしゅ~」というコハクの残酷な笑い声。
やっぱりコハクは可愛い仮面を被った鬼かもしれない。
そんなことを思いながら、討伐されたミノタウロスから取れた魔石を回収して最上階層を目指した。
「やっぱりミノタウロスもブルーアップル飲んでたな」
「そうだな。何者かがこのダンジョン内で何か実験をしているのかもしれんな……」
「はぁ……やめてくれよ本当にさ」
最上階層を目指しながら、ライオネル王とそんな話をした。
実験、そう言われるとそうなのかもしれない。
ブルーアップルが魔物にも効果があるのか試していて、それが確認された今、また新たな事件が起きてしまいそうで本当に嫌になる。
「さてと……」
「うむ。15階層、だな。今度はどんな魔物が来るのか……」
「何が来てもコハクたちの遊び相手だろうがな」
「はぁ……いつも通りゴーレムだといいなぁ」
ダンジョンの最上階層にやってきた俺たちは、扉の先に何が待っているのか不安に思いながら扉に手をかけた。
ギイイッと古びた音を立てて扉が開かれると、目の前に立ちはだかっているはずのゴーレムの姿がなかった。
この時点で異常だと分かる俺は、視線を左右に泳がせ警戒を強めた。
「この気配……なんかデカイのが来そうなんだけど」
「油断するなよオリオン。何が出るか分からんぞ」
「分かってる! コハク、グゥちゃん! 気を付けるんだよ!」
「はいでしゅ~!」
「キュイイッ!」
頭の上のラミンが言うのだから、本当に面倒な相手が現れそうだ。
そう思いながら右手を集中させていると、地面に魔法陣が出現し、その中からキマイラが3体、ゆっくりとせり上がってきた。
「うわ……最悪だ……キマイラって……」
「ひゃあ! 変な動物でしゅねぇ!」
「コハク、毒を吐いたりするから注意するんだよ!」
「毒でしゅかぁ。当たらないように気をつけましゅ!
グゥちゃん、行きましゅよ~!」
「キュイイッ!」
最後のボスがまさかキマイラだとは思わず、思わず息を呑んだ。
戦ったことがないわけではないが、さすがに3体もいるとなると、話は変わってくるだろう。
そう思いながら、戦いを楽にしたい一心で拘束魔法を発動した。
「拘束の鎖!!」
ギュイインッ――!
「グギギィッ!!」
3体のキマイラを無事に拘束できたところで、走り回るコハクたちに声をかける。
「はぁ……コハクー! グゥちゃーん!
あとはお願いー!」
「ご主人さま上手でしゅ~!
あとはお任せくだしゃーい!」
「キュイィッ~!」
コハクたちは無邪気に笑いながらキマイラたちめがけて走り出すが、山羊の頭の口から気味の悪い紫色の煙のようなものが一気に噴射される。
(最悪だ、毒霧だ――)
慌てて自分とライオネル王に結界を張り、コハクたちにも結界を張ろうと思ったが、霧のせいで姿がまるで見えない。
即座に探知魔法"竜の眼"を発動させ、コハクたちとキマイラの位置を正確に把握した、その瞬間だった。
「キュイイイイイイイッ!!!」
「えっ?!」
「ひゃああっ! グゥちゃんが変なライオンの頭の炎で翼焼かれちゃったでしゅー!!」
あまりにも痛々しいグゥちゃんの悲痛の叫び声が聞こえ一瞬で青ざめた。
(翼を焼かれたってどういうことだよ)
一気に心臓の鼓動が速くなり、パニックに陥りそうになる。
すると、頭の上にいるラミンが、俺の頭をポカポカ叩きながら声をあげた。
「オリオン。風魔法でこの霧をさっさと消し去るのだ!」
「風魔法?! え? 俺、暴風を起こす風魔法なんて知らないよ!」
「貴様は本当に……
もういい。我がやる」
「え?!」
風魔法を使えと言われ、ウインドカッターのような攻撃魔法しか知らない俺は激しく首を横に振った。
すると、明らかに呆れた声色になったラミンは、溜息を吐きながら自ら詠唱を始めた。
「ユグドラに宿りし精霊よ 我が呼びかけに応え穢れを払う風となれ
ウインド・バースト――!」
「わっ!」
ラミンが詠唱した瞬間、ぬいぐるみの短い手に魔力がぎゅっと集まる気配を感じた。
次の瞬間、ドオオオオッ! と空気を裂く暴風が吹き荒れ、毒霧を巻き込みながら吸い上げるように渦を描く。
やがて、毒霧を吸い込んだ暴風が柱のように1つになり、弾けるようにヒュンッと音を立てて霧は跡形もなく消え去り、クリアな視界が広がった。
「……精霊魔法、使えたんだ」
「荒療治だ。風の精霊と無理やり繋がっただけで、我は契約はしておらん」
「恐ろしいなラミンは……
ってそんなこと言ってる場合じゃない!
グゥちゃん! コハク!」
ラミンの強制的な精霊魔法に思わず眉をひそめながら、それどころではなかったとハッとして辺りを見回した。
すると、3体のキマイラがコハクとグゥちゃんを取り囲み、今にも食べられてしまいそうな状況に、心臓がドクンッと跳ね上がった。
「どうにかしなきゃ……
そうだ、精霊魔法でブルーアップルの成分を抜けばいいんじゃ?!」
「バカたれ! 劇薬を抜いたところで討伐せねばならんだろうが!
さっさと行け! 貴様が負ける訳がないのだからな!」
「大丈夫だオリオン。私もイグニスと共に戦う。行くぞ――」
「……分かった。やってみる」
最善策だと思われた精霊魔法は即座に却下され、ライオネル王は鞘から剣を抜き構え走り出した。
その後ろに続いていき、毒霧を吐き出す山羊の頭をどうにかしなければと思いつつ、グゥちゃんの治療もしてやらなければと1人パニックになりながら、「グランドヒール」をグゥちゃんに向かって放つ。
「キュイィ……」
「わきゃー! ちゃんと治ったでしゅ~!」
最高位魔法なだけあって、グゥちゃんの焼けた翼は綺麗に元通りになったようで、ホッと胸を撫でおろした。
「コハク! グゥちゃんを連れて下がれ!」
「はいでしゅー!」
「では、私が行こう」
「頼む! ライオネル王!」
コハクたちにすぐにその場を離れるように指示を出している間に、ライオネル王はイグニスと共にキマイラ1体めがけてその剣を振るい、魂とは思えないほど軽快にキマイラを翻弄していった。
その時だった――
「キュキュキュイキューーーーーーイッ!!」
突然グゥちゃんの雄叫びが聞こえて思わず振り返ると、大きな瞳に涙を溜めながらめいっぱい大きな口を開けて叫び声をあげていた。
(まさか、グゥちゃんも覚醒するのか?!)
ドラコポリスでラムが覚醒したのを思い出し、グゥちゃんも同じように導かれるのかと思ったが、どうも違うようだった。
ただただ、泣きながら雄叫びをあげ、何かを訴えているようにも聞こえたため、もう一度よく耳を澄ませた。
(えっ……? ん? 今、ラム兄さんって言った?!)
人の言葉を発することができないはずなのに、何故かラム兄さんと叫んでいるように聞こえた俺は、思わず自分の耳を疑った。
次の瞬間、天井に近い高い場所に紫色をした複雑な古代文字が描かれた魔法陣が出現し、その魔法陣からゆっくりと、何か大きな気配をさせたものが下りてくるのが分かった。
(まさか、な?)
ゴクリと息を呑みながら様子を伺っていると、魔法陣から覚醒した大きな竜の姿をしたラムが降臨し、氷のように冷たい視線をキマイラに向けた。
そんな中、ラミンは一人、「ほう……」と呟いて満足そうにしている。
だけど、何が起きたのか理解できない俺とライオネル王は、その場から動けずに、ただ茫然と立ち尽くしていた。




