第71話 5階層の異変
「コハク、お出かけ久しぶりでしゅ~」
「そうだな。今日はジヨン騎士団長たちが見ててくれるっていうから行けて良かった」
「早速鍛錬だな、コハクよ」
「ラミンパパ~! 頑張るでしゅよ~」
「いや、頑張らなくていいから!」
箱庭の城で魔導人形の制作を依頼してから数日後。
グゥちゃんを連れ、久しぶりにコハクも一緒に家を出た俺たち。
ハルクさんからの依頼を受け、初心者向けダンジョンに向かっていた。
「5階層のボスが通常よりもはるかに強くて、誰も先に進めないと報告が入った。様子を見てきてくれないか?」
ハルクさんに頼まれ、また面倒ごとに巻き込まれそうだなと思いつつ、コハクを外に連れ出してやりたかったこともあり、依頼を受けることにした。
「ラミン。5階層のボスが強すぎるってさ、どういうことだと思う?」
「そうだな。魔素が濃くなり暴走化しているのではないか?」
「やっぱりそうだよな。5階層のボスがそうなってるってことは、10階層と最上階層の15階層も同じなのかな」
「しかしオリオン。ボスだけが暴走している、というのもおかしな話ではないか?」
「ああ、確かに……嫌な予感がするなぁ」
ダンジョンに向かう途中、そんな話をしていたけど、ライオネル王が言うように、何故ボスだけが凶暴化しているのか疑問だった。
高ランク者向けのダンジョンの場合は、魔素濃度が上がった時、存在する全ての魔物が通常よりも凶暴化していた。
それなのに、今回はボスだけが凶暴化しているだなんて、絶対に何かあるじゃないか……
そう思うだけで足取りが重くなる。
だけど、久しぶりに外に出られたコハクの足取りは軽く、グゥちゃんと楽しそうにしていた。
(まぁ、コハクが楽しそうだし、いっか)
今日はコハクを遊ばせる目的もあったし、この面子であれば心配はないだろう。
そう思い直し、ダンジョンの中へと足を踏み入れた。
「ご主人さま、あんまり魔物いないでしゅねぇ」
「まぁ、ここは初心者向けだしな。
それにさっきまで沢山冒険者がいたから討伐されたばかりなんだろう」
「つまんないでしゅねぇ~」
「キュウゥ……キュウゥ!」
「グゥちゃんも、魔物退治したいって言ってましゅ」
「そうだよな。グゥちゃんだって遊びたいよね」
あまりにも静かすぎるダンジョン。コハクとグゥちゃんはあからさまに不満を口にする。
せっかく外に出られたのだから、思い切り遊びたいのも当然だ。
こうなったら、早く5階層のボス部屋に行って遊ばせてやらなければ。
俺は、本来の目的など忘れて、5階層へと急いだ――
◇
ギイィッ――
5階層に到着し、目の前の大きな扉を開けると、シンとした静寂が俺たちを出迎えた。
「ここがボスのお部屋でしゅか?」
「そうだよコハク。……でも、前に来ていた時と空気が違う気がする。
なんていうか、重たいっていうか……」
「うむ……よからぬ気配がするな」
「オリオン。気を付けろ。来るぞ」
ライオネル王、そしてラミンも何かを感じ取った様子で警戒心を強めた。
次の瞬間、ゴオオオッとどこからともなく地鳴りのような音が響き渡る。
右か、左か、視線を泳がせながら右手に魔力を集中させていると、地面に魔法陣が3つ現れ、そこから魔物が姿を現した。
「ヴォオオオオオオオオッ――!!」
「?!」
「なんと。トロールか」
「何でっ……? ここのボスはホブゴブリンじゃないのかよ?!」
この階層のボスといえば、俺が知る限りではホブゴブリン以外の魔物は見たことがない。
それなのに、魔法陣から現れたのは、巨大な体に大きなこん棒を手にしたトロールだった。
それも、通常は1体しか現れないはずのボスが3体も出現した。
例を見ない状況を前に、一瞬だけどビクリと体が強張ったのが分かった。
「オリオン。奴の弱点は分かっているな?」
「ああ。火が弱点だったよな。接近戦は危険だ。
俺は真ん中をやる。ライオネル王は左、コハクとグゥちゃんは右を頼む」
「ご主人さまとじぃじは何もしなくていいでしゅ!
コハクとグゥちゃんがやっつけましゅ~!」
「あ、こらコハク! 危ないからっ!」
「グゥちゃん行きましゅよ~!」
「キュイイイッ!」
体を強張らせながら声を上げ、遠隔魔法でどうにか仕留めようとした時だった。
勢いよくコハクが走り出し、そのあとに続いてグゥちゃんが翼を羽ばたかせてトロールに向かって行ってしまった。
すぐに止めようと思ったものの、2匹のスピードについていけず、その場に立ち尽くした。
「大丈夫だ。あの2匹なら遊んでいるうちに終わるよオリオン」
「フンッ。あいつらにとってトロールだろうが、ホブゴブリンだろうが遊び相手だろうからな」
「でも……相手はコハクたちの何倍もの大きさなんだぞ?!」
「仮にもあやつらは竜の血が流れているのだ。そう簡単に負けるわけがなかろうが」
「……本当かよ……?」
ライオネル王もラミンも実にのんきに構えている。
対する俺は不安で仕方がなく、もしも大怪我でもしたらどうしようと唇を噛みしめた。
だけど、そんな心配は全くもって不要だと、俺は思い知らされた。
「コハクの攻撃を受けてみるでしゅ~!」
「キュイイッ!」
ゴオオオオオオッ――!!
コハクがそう声を張りあげながら、可愛らしい口を大きく開けて炎を巻き散らす。
すると、それに続けと言わんばかりに、グゥちゃんが勢いよく翼を羽ばたかせながら同じように口から赤色と青色が混ざった炎を噴射させた。
グゥちゃんが攻撃している姿を初めて見た俺は、その凄まじい炎の威力にただただ唖然としていた。
「グギャアアアアッ!!」
コハクたちからの攻撃を受け、深い火傷を負い苦痛の雄叫びをあげるトロールたち。
一瞬、トロールが怯んだ隙に、コハクはグゥちゃんに声をかける。
「グゥちゃん!凍らせて粉々にするでしゅよ~!」
「キュイイイッ!!」
「凍らせてって……ああ、そうか。2匹とも2属性使いだったな。
怖いなぁ……あんなに可愛い顔してるのに」
「貴様よりよっぽど優れた戦闘能力を持っているな?」
「うぅ……そこは否定できない……」
コハクの指示で、今度は2匹が揃って部屋の温度が急激に下がるほどの冷気を放ち、あっという間に3匹のトロールを氷漬けにさせた。
ラミンの言うように、コハクたちは明らかに俺よりも有能な戦闘員だろうな。
(これじゃあ、飼い主の面子丸潰れだよ!)
なんて心の中で叫びながらも、コハクたちの楽しそうな姿を前に、俺はもう何も言えなくなった。
そして、パキッ、ピキッと音を立てて可哀想なほど冷たく凍らされたトロールたちは、コハクの渾身の体当たりと、グゥちゃんが吐き出した氷の刃によって、あっという間にガラガラッと壊れる音を立てながらバラバラに砕け散った。
そして、そのままダンジョンに吸収されるようにスウッと消え始めた。
その時だった。
砕け散った塊から見覚えのある黒い液体が空中に吸い出され、パンッと乾いた音を立てて消えていった。
「今の……何で……」
「うむ……。あれは、ブルーアップル……だな」
「まさか、誰かがトロールに飲ませて凶暴化させたってこと?」
「恐らくそうだろう。そもそもあれは加工された代物。
手に入れる手段があやつらにあるとは思えん。
それに、この階層にトロールが出現すること自体がおかしい話だ」
「そんな……王都にもブルーアップルが……
また面倒なことになるやつだ……」
グロリアでブルーアップルの悪夢は去ったと思っていたのに。
何故この初心者向けダンジョンにまで……
意図的に仕組まれたとしか思えないこの状況に俺は頭を抱えた。
暴れているボスを討伐したと報告して、依頼は終わりだと思っていたのに。
また、自ら面倒ごとに巻き込まれるような行動を取ってしまったと、深く後悔していた――




