第68話 ステラ・カデンテと箱庭の城
キイイッと重厚な木製の扉を開けると、そこは外の世界と切り離された特別な空間が広がっていた。
高い天井、床はピカピカに磨き上げられている大理石。
外観と同じような群青色の絨毯やカーテン、金色の装飾が施されていて、天井から光の魔石が込められた星形の照明がいくつも吊るされていた。
そして、両壁の棚に置かれた人形たちに視線が動く。
「凄いなぁ。これ、まだ魔力入りの宝珠を入れてない状態だよね」
「そのようだな。宝珠を組み込むことで動き出すのだろう」
背丈が30センチほどの魔導人形が並び、人だけでなく様々な亜人や魔獣をモチーフにしたものが綺麗に並べられていた。
この魔導人形に、予め動作の指示と、魔力を込めた宝珠を組み込むことで指示通りに動くようになる仕組みか。
「おい、あれ見てみろ! あの中にいるのは生きてる人か?」
人形をまじまじと見ていると、腕に抱いていた光の最上位精霊ソルクスの中に入っているジヨン騎士団長が声を上げた。
ジヨン騎士団長が目を輝かせて見つめていたのは、ガラス張りのケースに入った等身大の人型の魔導人形だった。
「うわ、すごい精巧に作られてる……こわっ」
「こういう器を作っていただけるんでしょうか」
「うむ……そうなるのだろうな。
しかし、精巧すぎて本当に生きてるみたいだな」
あまりにも生身の人のように見えるその作りに誰もが息を呑んだ。
これは高額になるはずだと納得せざるを得ない状況だった。
「はぁ……で、どうすればいいんだっけ?」
俺がこの場所にいること自体が違和感でしかないと思いながら呟くと、
頭の上のラミンが父親ぶりを発揮する。
「オリオン貴様、全然話を聞いておらんな。
奥の扉の前にいる受付に"リアムから依頼を受けているはずだ"と話しかけろと言われておるだろうが」
「ああ、そうだそうだ。あのー、すみません!」
「……冒険者、様ですか? うちのお店に何か御用で?」
ラミンに言われた通り、奥の扉の前に佇む紳士に声をかけると、明らかに怪しい人を見るような、そんな不審な目を向けた。
(言いたいことは分かるよ。ぬいぐるみだらけの俺に、騎士のライオネル王だもんな)
心の中でそう苦笑しながら、先ほどラミンに言われた通りに言葉を続けた。
「リアム陛下から依頼を受けていると思うのですが」
「あっ……! では、あなた方がオリオン様ご一行で?」
「はい。オリオン・カムエルと言います。
こちらはライオウ。ぬいぐるみたちについては、触れないでください……」
「ははは、そうでしたか。失礼いたしました。
私はこの店の責任者をしておりますウィル・オスナと申します。
では、ご案内いたしますので私に付いて来てください」
「分かりました」
リアム陛下の名前を出した途端、オスナさんの表情が一瞬で和らいだ。
分かりやすいなと思いながらもオスナさんの後に続いて行くと、椅子に腰かけまだ骨組みだけの魔導人形を眺める1人の男性と出くわした。
艶のある深い青色の髪は、作業の邪魔にならないようにか、後ろで無造作に1つに束ねられている。
その人の瞳はどんな宝石よりも綺麗な紫色をしていて一瞬目を奪われた。
そして、やたら魔力を感じるのは、自身の魔力を利用して魔導人形を制作しているからだろうか。
「オリオン様。こちらが王家専属の人形師のロイ・ムーアにございます。」
「ムーアさん、ですか」
「ロイ、こちらが今回リアム陛下より依頼があったオリオン・カムエル様と、騎士のライオウ様だ。
しっかりと話を聞いて、質の良い魔導人形を頼むよ」
「承知しましたマスター」
オスナさんが声をかけたその人は、ムーアさんというらしい。
ペコリと頭を下げたあと、ムーアさんは俺たちに順番に視線を動かし、ラミンと俺が抱いていたぬいぐるみたちで視線を止めた。
「そちらのぬいぐるみたちから、とても大きな力を感じますね。
それに、ライオウ様からも同じ力を感じます。
とても古くから存在しているような、そんな魔力を感じますね」
「……分かりますか?」
「ええ。僕は他人の魔力を他の人よりも感じやすい体質なんです」
「そんな力があるんですか?」
ムーアさんはラミンたちを優しい笑みで見つめながら、はっきりとその存在の歴史を読み解いた。
一体どんな能力があれば、そんなふうに魔力を感じることが出来るのか不思議で仕方がない。
そう思っていると、ムーアさんは右手の人差し指で自身の瞳を指さした。
「この瞳、実は魔眼なんです。
何でも珍しい種類の魔眼の1つのようで、この瞳を通して相手を見ると、その相手がどれほどの魔力量か、その魔力の質、その方に流れる魔力をどのように扱ってきたかが魔眼を通して伝わってくるのです」
「……初めて聞いた」
「あまり広まっていませんからね。
オリオン様、あなたは本当に純粋に魔力を人のために使用してきたのですね。
そして、ライオウ様と、頭の上の美しいぬいぐるみ、抱えていらっしゃる4匹のぬいぐるみたちから感じ取れる魔力は凄まじく大きく、純度が高い。
それは、十数年生きてきたからといってここまでの純度を持つ者はいません。
古の時を過ごし、今日までその魂を震わせ生きてきたような、そんな力強さと逞しさを感じます。
皆さん、この時代ではなく、古に存在していた方々なのではないですか?」
「なっ……え……こ、怖い! ラミン! 怖いっ!」
「……良き魔眼を持ったな。我らの存在に気づく者など、そうはいない」
ムーアさんの綺麗な紫色の瞳が魔眼だなんて驚いた。
確かに、普通の瞳よりも何倍も綺麗だとは思っていたが……
その魔眼で俺の人生を言い当てられたような気がして、恥ずかしいやら怖いやらで、何とも複雑な心境だった。
そして、ラミンたちを古の存在だと見事に言い当てると、ラミンは「良き魔眼」と静かに答えた。
「やはり、古の存在なのですね。どうぞ、ここでは気兼ねなくお喋りください。
皆さまにとって最高の魔導人形を制作したいと思いますので、皆さんのお話をぜひとも僕に聞かせてください!」
「……ムーアさん、適応能力ありすぎなんじゃないの? ねぇ、ラミン……」
「何かに長けた者とは、そういうものだ。
それに、変わり者が多い。こやつも、その類だと思うぞ」
「そう、なんだ……帰りたくなってきた。帰っていい?」
「いい訳なかろうが! バカたれ!」
普通の感覚を持ち合わせている者であれば、この状況で笑顔でいられるはずがない。
それなのにムーアさんは満面の笑みを浮かべて、ライオネル王、そして俺の腕から抜け出しテーブルの上で動き出すぬいぐるみたちと対話を始めた。
(おかしいだろう……)
そう思いながらラミンに帰りたいと訴えると、頭をポカポカ叩かれ呆れられた。
ああ、これはとんでもない魔導人形が出来てしまうのではないだろうか。
そう思いながら、何度目かの深いため息を吐き出した――




