第62話 ドラコポリス
「キュイィッ」
「ラム。これから初めての洞窟に入るから、いい子にしてて」
「キュイィ!」
「絶対分かってないな……」
今回の依頼は誰と一緒に受けようか悩んだ末に、闇魔法を扱うラムを連れ出した。
精霊魔法を扱えるジナの方が適任かとも思ったが、ラムが俺の側を離れたがらなかったため連れていくしかなかった。
そんなラムと一緒に王都を出て、ダンジョン付近に突如として現れた扉の前に立つ。
不自然に地面がボコッと盛り上がり、古びた石造りの扉に再び手をかけた。
この洞窟を見つけたあの日、扉を開けた瞬間、地下へと続く階段が見え、何も告げずに入るのは危険と判断して冒険者ギルドに報告した。
絶対に危険な香りしかしないこの場所に潜るのは、俺以外の人であってほしかったのに。
「埃っぽくて空気も冷たいな……」
「うむ……この空気、何だか懐かしいな。
オリオン殿、何か感じぬか?」
「そうだな……この場所の記憶を辿ってみたが、Drakopolisではないか?」
「ドラコポリス……ああ、思い出したぞ。
かつて竜族が築き上げた小さな地下都市で、竜族の巫女が祈りを捧げたり、竜の卵を育てたりしておったな。
時には我々や精霊を呼び出し、共に宴の席を設けたりもしたな。
この場所がそうであるならば、とても感慨深い」
「へぇ……そんな場所があるんだ? 竜族って何でも出来るんだな」
たいまつに火を灯して階段を下りていく中、ライオネル王とラミンとの間で繰り広げられた会話。
竜族がかつて地下都市を築いていただなんて知らなかった俺は、自分にそんな種族の血が流れているのかと改めて驚かされた。
「キュイィ……」
「ラム、怖いのか? 大丈夫だぞ。多分」
「キュゥ……」
暗がりが苦手なのか、ラムは俺の胸にギュッとしがみついて離れない。
それがたまらなく可愛くて頬が緩んだ。
普段は他の6匹を護るように胸を張っているのに、今はただの子供の竜に戻っている。
(ラムって実は甘えん坊なのかな?)
意外な一面を見ることが出来て、何だか妙に嬉しく感じていた。
「静かすぎて怖いんだけど……何か感じる? ラミン」
「……近いな」
「うむ。何やら気配を感じるぞオリオン」
「本当? 俺、全然分かんないけど。やっぱダメだなー……」
階段を下り続けてどのくらい経ったのか、ラミンとライオネル王が何やら気配がすると口にした。
気配感知を持ち合わせているはずの俺には、全くなにも感じ取ることが出来ない。「役に立てない男だな」と、俺は自嘲するしかなかった。
その時――
突然、俺の胸から勢いよく飛び出したラムが、翼を羽ばたかせて何かに引き寄せられるように下へと飛び立ってしまった。
「ラム! どこに行くんだ! 危ないぞ!」
「キュィッッ!」
慌てて追いかけたものの、ラムの姿はどこにもない。
焦る俺に対し、ライオネル王とラミンはどこか冷静だった。
「ラムは感じ取ったのかもしれんな」
「そうだな。もうすぐだぞ、オリオン」
「ドラコポリスか……何か緊張してきた」
もうすぐ到着すると言われ、変な緊張感に包まれた。
これから何が起きるのか分からない状況で、どんな場所にたどり着くのか。
期待と不安が入り混じり、心臓の鼓動が少しずつ速くなっていく。
大丈夫だと言い聞かせながら進んでいたその時、ライオネル王の足がピタリと止まり、ラムも飛び回るのを止め、空中に留まった。
「ライオネル王?」
「ここだ……オリオン、手をかざしてみなさい」
「え? 壁に?」
「そうだ。竜族の血が流れる貴様に反応するはずだ」
「……分かった」
ライオネル王、そしてラミンに言われるがまま、目の前の壁にそっと手をかざす。
すると、何もなかったはずの壁に青白い一筋の光が一面に広がっていく。
それは、ラミンと出会い、竜族の血が目覚めたあの日、俺の胸に刻まれた紋章と同じ模様で思わず驚いて目を見開いた。
「これが貴様の中に竜族の血が流れているのだという証の1つだ。
竜族以外の人間がこの壁に触れたところで何も起きぬ」
「そう、なのか……」
竜族のみに反応するのだと言われ、嫌でもそれを実感させられる。
全ての紋章に光が伝わると、ゴオオオオッという地鳴りのような音と共に、目の前の壁がゆっくりと左右に開かれていく。
「これが……ドラコポリス、なのか?」
目の前に広がったのは、ライオネル王の時代で完全に時が止まった地下都市の景色だった。
神殿のようなドーム型の屋根の建造物や、石造りの建物のあちこちが崩れ落ち、地面には無数の破片が散らばっている。
滅んだ1つの都市という言葉が似合うこの場所は、地下なのにやけに明るい。
不思議に思いふと視線を上に移すと、そこには驚くべき景色が広がっていた。
「なに、これ……空だ……何で?!」
地下深い場所に来ているはずなのに、天井には大きな穴が開いていて、そこからは地上の青空がハッキリと見えていた。
(おかしいだろ……地上にいた時はこんな都市、見えなかったぞ……)
まるで状況が掴めず頭が混乱していると、頭の上にいたラミンが静かに真実を語った。
「これは竜族が扱う最高位結界、|Aegis Camuelis Veilだ。
外からは完全に隠蔽され、周りの景色と同じにしか見えぬが、この場所からは外の景色が映し出されるという、非常に高度な結界だ。今の時代、誰も使える者はおらんがな。
時代を超えてもこうして結界が張られているというのは、それだけ竜族の力が強固なものだったということだな」
「すごいなこれ……すごく綺麗だ」
よく名前の分からない最高位結界。
ライオネル王の時代から現在までその結界の力が弱まっていないということは、当時の竜族がいかに規格外な力を持っていたのかを証明しているようなものだった。
「これさ、リアム陛下になんて説明するんだよ……」
「うむ……どうしたものかな」
美しくも切ないこの世界に見惚れていたけど、現実問題がのしかかる。
この場所をどう説明して、どう処理すればいいのか見当もつかなかった。
決して大きくはないこの地下都市。
だけど、竜族が築いた地下都市という大きすぎる背景があるこの場所は、知られてしまえば良からぬことを企む者が出てくるかもしれない。
滅んだ都市だから、特に何かがあるというわけではないけど。
この神聖な場所を見知らぬ誰かに穢されてしまうのは、耐えられないなと感じていた。
その時だった――
ゴオオオオオオオッ!
「なっ、地震か?!」
突然、ドラコポリス全体が横に大きく揺れ始めた。
(まさかこのまま崩れてしまうのか?! 幾千もの時を越えてまた現れたのに)
何も知らない場所だが、ライオネル王にとっても縁のある場所だ。
その場所が無くなってしまうのは、何だかとても胸を締め付けられる。
……どうにか耐えてくれ!
そう願いながら辺りを見回していた時だった。
一瞬、背筋が凍るような、不穏な気配を感じ取った。
ハッとして視線を移すと、ドーム型の屋根の建造物からどす黒いモヤのようなものが四方八方からゆっくりと、這い出てくるのが見えた。
「何だよ、あれ……」
モヤが建造物の上に集まると、まるで生き物になるかのようにひとつの大きな塊となっていく。
(一体何が起きているんだ……)
あの塊からはすさまじいほどの念を感じる。
それが怨念なのか、何かをずっと待っていた者の切なさなのか……
俺には判断が出来なかった。




