第58話 世界樹ユグドラの加護
「ローランドさん、お待たせしました」
「オリオン殿! 皆さんもお揃いで……って、その黄色いぬいぐるみは?
オリオン殿、また魂抜き取ったんですか? 今度は誰ですか?」
王立治癒院に到着すると、ローランドさんは真っ先にジナへ視線を向けた。
(また魂抜いたのかって何だよ……)
なんて思いながら、ローランドさんにこうなっている事情を説明する。
「ははは、この子は本物の竜の子供です。俺の守護竜たちらしいです。
……ちなみに全部で7匹います」
「えええ?! な、なんと……7匹の守護竜ですか?
そんなことがあるなんて……」
ぬいぐるみではなく本物の竜だと分かると、ローランドさんは驚きつつも興味津々で、ジナをツンツンして遊び始めた。
「好きですねぇ、オリオン殿はそういうの」
「そういうのって何ですか?!
違うから! 俺の意思とは関係なく世界が勝手に回ってるだけですから!
……って、そんなことより重症患者ってどちらですか?」
「ああ、そうでした。こちらへ」
ローランドさんは俺をどんな存在だと思っているのか。
好きでこんな体質になったわけじゃない。世界が勝手に俺を巻き込んでいるだけだ。
そんな恨み節を胸に抱えながら、案内された個室へ向かった。
「こちらの患者さんです」
「これは……もう末期状態ですね……」
ベッドには、20歳前後の青年が力なく横たわっていた。
皮膚は黒く変色し、意識もなく昏睡状態。
毒素病――精霊魔法でしか根治できない厄介な病。
もっと早く来られれば、と胸が痛む。
「オリオン殿、お願いします」
「分かりました。いきます。
――力の根源たるユグドラよ 我が願いを訊き入れたまえ。
闇に覆われし者に光を照らし、その命を輝かせ――
万物の穢れを払い、聖なる光を与えたまえ! “エターナル・ルーメッ」
「キュイッ!」
「ああ! こらジナ~! 邪魔するなよ~」
「キュイッ、キュイ~!」
詠唱の途中でジナが可愛い声を上げながら羽をパタパタさせて邪魔してきたせいで、精霊魔法が発動しなかった。
そうかと思えば、ジナは何も分かっていない様子で患者へ近づき、ちょこんと降り立つ。
「ジナッ! ダメだよ!」
止めようと手を伸ばしたその時――
ジナは大きな瞳で患者をじっと見つめ、キュイッと鳴いた。
そして、自分の額の星の紋章を患者の胸元へそっと押し当て、祈り始めた。
次の瞬間――
ジナの身体がじわりと光に包まれ、どこからともなく小さな精霊が姿を現した。
「我が名はAstral。
ユグドラの加護を受けし守護竜よ。
契約の名の元に、この力を与えん――」
アストラルと名乗る精霊は、スッとジナの体の中へ溶け込むように入っていく。
ジナが歌うようにキュイイッと鳴いた瞬間――
患者の黒ずんだ皮膚が、みるみるうちに元の肌色へ戻っていき、呼吸が安定し始めた。
「ラミン、これって……」
「ああ、精霊魔法だな。あれは小さかったが、上位精霊だ。
この小童、自分の力で精霊と契約したようだ」
「いやいや……はい? そんな奇跡あり?」
ラミンは驚く様子もなく淡々と告げる。
俺は逆にパニックだ。
(いくら竜でも、そんな簡単に精霊と契約できるのか?)
そんな疑問に、ラミンは冷静に答えた。
「守護竜……いや、我々竜自体が世界樹ユグドラの加護を受けているからな。
まぁ、当然と言えば当然だろう」
「はぁ? そんなこと初めて聞いたけど……」
「聞かれてない」
「大事なことなんだから聞かれてなくても言えよバカ親父!」
「やかましいわ!」
竜が世界樹ユグドラの加護を受けている――
そんな重要な事実を今まで黙っていたラミン。
この親父は、俺の知らないことをあといくつ隠しているのか。
そう思うと頭が痛い。
「オリオン殿、守護竜というのは本当に素晴らしい能力をお持ちなのですね」
「いや、俺も今初めて知りました……ラミンが隠すから」
「隠してはおらぬわバカたれ!」
一連の光景を呆然と見つめていたローランドさんの瞳には、感動という文字が浮かんでいた。
ジナをそっと抱き上げ、我が子のように頭を撫でると、ジナは嬉しそうにキュイッと笑う。
「うむ。ラムたちも、それぞれ契約するかもしれぬな」
「ライオネル王、怖いこと言わないでよ……!
あの子たち全員が精霊と契約なんてしたら世界が変わるよ?!」
「ははは、いいではないですかオリオン殿。
あなたの周りには規格外しかいないのですから、今更ですよ?」
「ローランドさんっ! もう!
いいから患者さんをちゃんと診てあげてくださいよ!」
ライオネル王はサラッと恐ろしいことを言うし、ローランドさんは「今更だ」と笑うし。
どうしてこの人たちはこんなにも堂々と呑気なんだ……と頭を抱えたくなる。
「心配には及びません。ジナくんが完璧に仕事をしてくださいましたから。
じきに目が覚めるでしょう。本当にありがとうございます」
「そう、ですか。それなら良かったです」
何はともあれ、患者の命が救われたことに胸をなでおろす。
最初の頃は戸惑うばかりだったけれど、俺の力で誰かが救われるのなら。
それでいいと思えるようになっていた。
その時だった。
ピコンッ、ピコンッ――
左耳に嵌めていたレガリアが通信依頼を知らせ、もう片方の胸元のレガリアの宝珠が赤く光る。
「ゲッ……赤色」
「おや、リアム陛下ですか」
「ううっ……出たくない」
「あはは、お気持ちは分かりますが、頑張って」
「はぁ……」
赤色はリアム陛下からの直通。
王家と関わりたくないのに、また向こうからやってくる。
だけど、出ないわけにはいかない。
ガクッと肩を落としながら大きくため息をつき、胸元で揺れるレガリアの宝珠にそっと触れた――




