第53話 新たなはじまり
リアム陛下が側近のチャイさんに命じてから、約2週間後。
俺たちは騎士団長のエリックさんに連れられ、王城近くの貴族街へとやってきた。
豪華な邸宅が立ち並ぶ中、王城のすぐ裏手にある真っ白な壁が眩しい大きな邸宅の前で足が止まる。
「ここが今日から皆さんのお住まいとなります。
王家管理の住まいなので、24時間安心して暮らしていただけます」
リアム陛下が用意してくれたその家は、俺が貯金をはたいて買った前の家が物置に見えるほど豪華で、
思わず口を開けたまま固まってしまった。
立派すぎる門の両脇には、王城にいるはずの衛兵がなぜか常駐している。
中に入れば、そこはもう別世界。
“分不相応”という言葉がこれほど似合う場所もない。
「嘘だろう? あの、俺たち本当にここに住むんですか?」
「ええ。あなた方に相応しいお住まいだと思いますよ。
庭も広いですし、コハクがしっかり遊べるでしょう?」
「広いなんてもんじゃないけどこれ……え、本当に?」
俺には縁のない場所だと思っていた。
けど、ラミンもライオネル王も、そしてコハクも目の前の新居をすっかり気に入っているようだった。
「うむ、良き住まいだな」
「我々のような存在が住むに相応しいな。あの小屋とはえらい違いだ」
「あの家のどこが小屋だよ!
あれでも俺には思い出がたくさんあるんだからな!」
「捨ててしまえ。暁の翼というしがらみしかない家なんぞ!」
「酷いなオイ……」
「ご主人さまー! ここお庭が広いでしゅねぇ~!
コハクいっぱい走れましゅよ~!」
こんなふうにキラキラしたみんなを見ていたら、「住みません」なんて言えるはずがなかった。
(せめて……王城から離れた場所が良かった……)
そう思わなくもないけれど、王家が用意するのだから、こうなる未来は薄々分かっていた。
自分たちのために動いてくれたことには、心から感謝している。
ただ、俺の“平穏に暮らしたい”という願いは、今この瞬間に粉々になった気がした――
◇
「出来ましたよ」
「ありがとうございます」
新居へ引っ越す前に、俺たちは宝石加工店を訪れていた。
目的はもちろん、コハクの父親が遺してくれた“竜の涙”を、コハクが首に下げられるよう加工してもらうためだ。
出来上がったチョーカーをつけてやる前に、俺は竜の涙をそっと両手で包み込み、瞼を閉じて小さく祈りを捧げた。
(すべての竜、そしてコハクが幸せでありますように……)
なぜそうしたのか、自分でも分からない。
ただ、竜の涙を見ていると、祈らずにはいられなかった。
その瞬間だった――
「うわっ! なに?!」
竜の涙が突然、眩いほどの光を放ち始めた。
思わず瞼をぎゅっと閉じる。
同時に、胸に刻まれた紋章がひどく熱を帯びていく。
「あつっ……なんだこれ」
光も熱もすぐに消えたが、何が起きたのかまったく分からない。
ラミンに問いかけると、彼は何やら面白そうに口を開いた。
「ほう……そうか」
「え? 何が“そうか”なの?!」
「眩しかったでしゅねぇ~。綺麗でちたけどぉ」
「ラミン殿、今の光は一体?」
「うむ……オリオン、貴様、祈りを捧げたのだろう?」
「え? 分かるのか?」
「まぁ、お楽しみだな」
「お楽しみって何だよ?!」
ラミンは何か言いたげだったが、詳しい説明は一切せず、ひとりで楽しんでいるように見えた。
(なんだったんだ……紋章まで熱くなるなんて、また竜族関連の何かか?)
そんなことを考えながら、コハクの首にチョーカーをつけてやると、コハクは嬉しそうに双尾をゆらゆら揺らしながらはしゃいでいた。
その姿を見て、胸の奥がじんわり温かくなる。
「さてと、家の荷物まとめてから帰るか」
目的を果たした俺たちは元の家へ向かい、ライオネル王の空間収納に必要なものを次々と詰め込んでもらった。
まさかこの家と別れる日が来るなんて思わなかった。
だけど、ラミンの言う通り、この家には“暁の翼としての俺”と、その日々が刻まれている。
かつて俺を拾い、育ててくれた仲間だったことは変わらない。
でも、あの日俺は彼らと完全に決別した。
大切な家族を護るために。
だったら、心機一転という意味では、この家と別れるのも悪くないのかもしれない。
不思議と、そう思えていた。
「よし、それじゃあ行こうか」
「はいでしゅ~。帰ったらご飯食べるでしゅ~」
「コハクはそればっかりだな。まぁ、可愛いからいいけど」
コハクはチョーカーの竜の涙を揺らしながら軽快に走り出す。
その後を追うように、俺とライオネル王も駆け出し、新しい住まいへ戻ってきた。
「おかえりなさいませ、オリオン様。ライオネル王、ラミン様、コハク様」
「あー……はい、ただいま戻りました」
家に到着すると、門に立つ衛兵二人が深々と頭を下げてきた。
……ものすごく気まずい。
俺は貴族でも王族でもない。ただの孤児だった人間なのに、こんなふうに迎えられるなんて。
(百歩譲ってライオネル王なら分かるけど……俺は違うだろ)
なんてぼやきながら門を開けてもらった瞬間、コハクが勢いよく駆け出していく。
そして中庭に回った途端――
甲高い叫び声が響き渡った。
「なんでしゅかこれはーーーーーーっ!!!」
「え?」
「ん? コハク、どうしたのだ?」
「……」
響き渡る叫び声。胸に広がる嫌な予感。
なぜそう思うのか――
理由はひとつ。
頭の上のラミンが、さっきから一言も喋っていない。
その沈黙が、嵐の前触れのように思えてならなかった。
また、俺の平穏な日々がどこかへ吹き飛んでいくような、そんな感覚が胸をざわつかせていた――




