第52話 帰る場所
「パパしゃんの骨、持って帰るでしゅ」
「そうだな。無事に見つかったことだし、私が責任をもって持ち帰るよ、コハク」
「ありがとうでしゅ、じぃじ!」
コハクの父親が天へ昇ったあと、わずかに残った光の粒子が、埋められた頭部の場所をそっと示してくれた。
掘り出すと、大きな頭の骨が静かに眠っていた。
俺はその骨にそっと触れ、安らかな眠りを祈る。
ライオネル王が空間収納へ丁寧に骨を収めてくれ、俺たちはようやく胸をなでおろした。
この骨をどう扱うかはまだ決めていない。
けど、コハクのためにも、持ち帰るのが正しいと感じていた。
「さてと。じゃあ、帰りますか」
「はいでしゅ! 帰りましゅよ~!」
目的を果たした俺たちは、ドラコニス・ラクリマに別れを告げ、来た道を戻り始めた。
数時間後、谷の入り口付近で、最初に声をかけてきた先人の竜の声が再び響く。
【父親に、会えたのだなオリオンよ】
「……はい。俺の望む結果にはなりませんでしたけど」
【思い通りにいかぬのが、この世界。
しかし、その子が手にした竜の涙は、必ずその子を護る。
常に身につけておくがよい】
「そうですね。王都に戻ったら首輪にしてもらう予定です。
いつでもぬくもりを感じられるように」
【そうか、それがよい】
先人の竜は、コハクの父親との出来事を感じ取っているようで、低く優しい声で諭してくれた。
本来なら“声が聞こえる”なんてホラーでしかない。
けど、この地の竜の声は不思議と心に染みて、落ち着かせてくれる。
そして、先人の竜は静かに、もう一度言葉を紡いだ。
【……オリオンよ。
我々竜、そして竜族の力は、この世界において正義にも、悪にもなる。
己の心ひとつで、世界は容易くひっくり返るのだ。
そなたが持つ“魂を救う力”もまた然り。
その純粋さが歪めば、それは救いではなく、この世で最も残酷な“死の世界”へと変わる】
「死の……世界……」
その言葉を聞いた瞬間、俺の手がわずかに震えた。
胸に浮かんだのは、エドたちの所業を知った時、
コハクの母親の最期を聞いた時に湧き上がった、あの黒い感情。
あれはただの怒りではない。
解き放てば、この世界すら飲み込む“何か”だと理解した。
【オリオンよ……決して己を見失うでないぞ。
そなたの清らかな心を、黒く淀ませてはいけない】
「…………はい。肝に銘じます」
【そして、この地はそなたの故郷も同然。いつでも来るがよい】
「ありがとう、ございます……っ」
俺は頷いたあと、先人の竜がいるであろう方向へ深く頭を下げた。
俺の中に流れる竜族の血。
この力は、誰かを傷つけるためのものじゃない。
コハクを。
ラミンを。
ライオネル王を。
今の俺の家族を護るためのものだ。
護るものができた今、ただ呑気に構えているだけではいけないと、強く思った。
「ご主人さま……大丈夫でしゅか?」
「ああ、大丈夫だよコハク。
俺は俺だ。自分を見失うようなことはしない……
さあ、帰ろうか。俺たちの家に」
決意を新たに、もう一度深く頷く。
見えない先人へ感謝を込めて頭を下げ、俺はコハクをひょいと抱き上げた。
竜の揺り籠に別れを告げる。
ここに来た時は、肌を刺すような冷たい風が吹いていたはずなのに、
今はまるで、俺たちを包み込むような優しい風に変わっていた――
◇
「そうか……コハクの父親は空に還ったか」
「はい……でも、今もコハクの側にいると思っています。
姿や形は見えなくても、父親が遺した竜の涙がコハクを護ってくれると思いますから」
「そうだな……コハクよ。今回は本当に、すまなかったな」
「ん? どうして王様が謝るでしゅか?
王様は悪いことしてないでしゅよ」
「コハク……」
王都に帰還した俺たちは、そのまま王城へ向かい、リアム陛下たちに事の真相を報告した。
胸が締め付けられるような現実を聞いたリアム陛下は、静かに膝をつき、コハクに深く頭を下げた。
本来、国王陛下がする必要のない謝罪。
コハクは、不思議そうに首を傾げて笑うだけだった。
その無垢さが愛おしいのか、リアム陛下はコハクをそっと抱き上げ、ぎゅっと抱きしめた。
まるで、我が子を慈しむような、あたたかい抱擁。
その光景は、悲しみの中に差し込む柔らかな光のようで、見ているこちらまで胸がじんわりと温かくなる世界だった。
「コハクの父の骨はどうするつもりなのだ?」
「あ、悩んでます。なんせ大きいので、家に入らないんです……」
リアム陛下に言われて、そういえば何も決めていなかったことを思い出した。
家に入らないと伝えると、陛下は「そうか……」と呟きながら、何やら考え込み始める。
(嫌な予感しかしないのは何故……)
そう身構えた瞬間、俺の予想は見事に的中した。
「それでは、オリオンに新しい住まいを用意しよう。
もっと大きく、コハクが走り回れるような庭付きの住まいをな」
「え、待って待って……そ、それはさすがにやりすぎかと……
あの家で十分というか、苦労して貯めたお金で購入した家ですので」
暁の翼の頃に必死で買ったあの家を手放すなんて、即決できるわけがない。
慌ててやんわり断ろうとしたその時――
頭の上のラミンが、すかさず前に出た。
「うむ、それがいいな。
あの家では狭すぎると散々言っていただろうが。
リアムよ、我らに新しい住まいを頼む」
「お任せください。ラミン殿、そしてライオネル王に相応しい住まいを準備させます。
チャイよ、オリオンたちが快適に暮らせる住まいを調査せよ」
「承知いたしました。少々お時間をいただきますが、急いで進めます」
「えええっ……! そんなぁ~……」
俺が反対しているというのに、話はあれよあれよという間に進んでいく。
(ああ、まただ。俺の意思とは関係なく世界が進んでいく……)
そう思いながらも、以前よりほんの少しだけ心が軽くなっている自分に気づいた。
静かに、ひっそりと暮らしたいと思っていたあの頃にはなかった感情。
それは、どんな形であれ、みんなを護りたいという純粋な気持ち。
鍛錬鍛錬とうるさいラミン。
常に優しく背中を押してくれるライオネル王。
いつも俺を肯定してくれて、癒してくれるコハク。
俺にとっては、かけがえのない、唯一無二の存在だ。
そして、こんな俺を支えてくれる街の人たちにも、感謝しかない。
だから、今なら胸を張って言える。
俺の側にいてくれてありがとう。
みんな、大好きだと――……
【第一章 完】




