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51話 竜の涙

長い沈黙が続いた。

その静寂を破ったのは、当事者であるコハクだった。



「パパしゃん。ママしゃん、お空の上でしゅか」


【ああ……すまない、コハク。

お前も……お前のお母さんも護れなくて……】


「コハク、記憶はないしゅけど……幸せだったと思うでしゅ」


【……何故、そう思うのだ?】



この状況で、コハクは「幸せだった」と笑った。

記憶がないのに、どうしてそう言えるのか。


その疑問は、コハクの次の言葉であっさりと解けた。



「パパしゃん、ママしゃんのことを想うとポカポカしゅるの。

きっと、コハクのここにいるんだなって思うでしゅ」


「コハク……」


【そうか……そんなふうに想ってくれるのだな、コハク。

愛しているよ】


「コハクも大好きでしゅ!

パパしゃんも、ママしゃんも!」



そう言って笑うコハク。

その笑顔を見た瞬間、俺の目から一粒の涙が零れ落ちた。


こんな状況でさえ、この子は強く、逞しく笑える。

その健気さが胸を締め付ける。


だけど、ここに来て良かったと思った。

コハクの胸の内を、ちゃんと知ることができたから。



【コハクは今、幸せなのだな。

……これで、安心して妻の元に行ける】


「パパしゃん、いなくなっちゃうでしゅか? 嫌でしゅけど。

ご主人さま、パパしゃんの魂も連れて行けないでしゅか?」


【すまないな、コハク。

私の魂はすでに半分、空の上だ。

コハクたちのように“拾われる”ことは出来ないのだよ】


「どうしてでしゅか?

せっかくパパしゃんに会えたのに……

お別れするんでしゅか?」



父の魂は拾えない――

その言葉が告げられた瞬間、コハクの表情が初めて曇った。



【……コハク。父はいつでもお前の側にいる。

それは変わらぬ。それに――】


「嫌でしゅっ!!

コハクの側にいてくだしゃいっ!!

ご主人さま! パパしゃんを救ってくだしゃいっ!!」


「コハク……」



初めてだった。

コハクがこんなにも大きな声で、必死に拒絶するのは。

どうにかしてやりたくて、ラミンとライオネル王に視線を向けた。


けれど、二人は小さく首を横に振るだけで、何も言ってはくれなかった。

その沈黙が、“どうにもならない現実” を突きつけてくるようで、胸が痛んだ。



「ダメ、なんでしゅか……」


「ごめん、コハク……俺、何も出来なくて」


「そう、でしゅか……」



俺が何も言えずにいると、コハクはすべてを察したように小さく俯いた。

どんな言葉をかければいいのか分からない。

無力さが胸に重くのしかかる。

その時だった。



【コハクよ……これを、父と母だと思って持っていてはくれないか】


「なんでしゅか……?」



父親の声がそう告げた瞬間、背後の湖が突然、波紋を広げるように揺れ始めた。

水面は激しく揺れ、やがて美しい丸い水滴が一つ、また一つと空へ舞い上がる。


しばらくすると、その水滴たちは集まり、青く輝く“雫の形をした宝石”へと姿を変えた。



「これは……竜の涙だな」


「ほう……あの竜の涙か」


「竜の、涙?」



ラミンとライオネル王が同時に口にした“竜の涙”。

その名を知らない俺は、思わず二人へ問いかけた。



「この地が|Draconisドラコニス Lacrimaラクリマと呼ばれるのは、その結晶が由縁だ。

この地の竜が最期に流した涙が魔力と融合し、結晶化される。

その涙は純粋な愛のみで構築され、あらゆる呪いを跳ね除け、持つ者の魂を護る。

我々竜や竜族にとっては、何物にも代えがたい最高の贈り物なのだ。

その能力を知る者にとっては、喉から手が出るほど欲しがる代物だろうがな」


「純粋な愛……コハク、やっぱりお前、めちゃくちゃ愛されてたんだな」


「それだけではない。それは"記憶の器"ともなっているからな。

コハクの父の記憶が封じ込められた竜の涙は、触れて祈りを込めることで、父の記憶がコハクの中へ永遠に流れ込む。

きっと、父が見てきた母との幸せな日々の記憶も、すべて刻まれているはずだ」


「パパしゃんと、ママしゃんの記憶でしゅか……そうでしゅか……」



ラミンからの説明を受けたコハクは、震える小さな両前足でその青い宝石をそっと受け取った。

その瞬間、宝石が優しく脈打つように光り、コハクの体を温かな光が包み込む。


(……よかった。これでコハクは、もう独りじゃない)


ふとライオネル王を見ると、静かに頷いた。

その頷きには、ライオネル王の慈悲深き愛情が見えた気がした。


これほど希少で強力な秘宝が、一匹の子供のために捧げられた。

それは、絶望の中で父親が愛する息子に遺した、最期の、そして最大の奇跡だった。



「……パパしゃん。ありがとうでしゅ。

コハク、大事にするでしゅ。ずっと、ずっと、一緒でしゅ!」



コハクは父親の光に向かい、小さな涙を零しながらめいっぱいの笑顔を見せた。



【竜族の血を継ぐ者よ。我が息子、コハクをよろしく頼む】



「ああ……必ず、護りぬきます」



【ようやく妻の元へ行ける……コハクよ、父と母は永遠に(ここ)におるぞ】



「はいでしゅっ! 大好きでしゅっ!」



父親に向かって叫んだその声に、湖面がキラキラと応えるように輝く。

そして――

コハクの父親の光が粒子となり、静かに空へ、空へと昇っていった。

俺はその光景を、ただ熱い涙を堪えながら見守っていた――

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