49話 竜が眠る場所
馬車を走らせること2日。
青空の下でキラキラと輝いていた景色は、境界を越えた瞬間に一変した。
重苦しい空気。肌を刺すような冷たい風。
さっきまで吹いていた爽やかな風は跡形もなく消え、
まるで“ここから先は別世界だ”と告げられているようだった。
「ここが、竜の揺り籠……靄がかかってるんだな」
「懐かしいのう。あの頃と何も変わっておらぬな」
「我の脳裏にも当時の景色が流れてきたが、変わらぬ空気と威圧だな」
ライオネル王とラミンはどこか懐かしげに語る。
だけど俺は、未知なる場所を前に、足がすくんでいた。
直感が告げていた。
“無関係な人間が踏み入れてはいけない場所だ”と。
「さて、行くか。コハク、抱っこするか?」
「大丈夫でしゅよ~。パパしゃん探しゅには、地面が近い方がいいでしゅからね~」
「そっか。じゃあ、ゆっくり行こうか」
「はいでしゅ!」
コハクを心配していたけど、コハクは自分の足で歩きたがった。
その気持ちを尊重し、俺たちは竜の揺り籠へと一歩踏み入れた。
――その瞬間。
ドクンッ――
(えっ……なんだ?)
足元から全身へ、ビリビリとした衝撃が走った。
驚いて地面を見ると、淡い光が脈打つように広がっていて、思わず一歩後ずさる。
「ラミン、何これ?」
「この地に眠る先人の竜たちが、竜族の血を引く貴様の魂と共鳴しているのだ。
そのうち声が聞こえてくるかもしれんぞ」
「声?! おばけ?!」
「バカたれ。先人たちの“生きた証”がこの地には眠っているのだ。
竜族である貴様と共鳴するのは当然のこと。
その声が聞こえるのもまた、自然なことだ」
「へぇ……怖いね」
俺の知らない時代を生きた竜たちの魂と共鳴する――
そう考えると、驚きよりも恐怖が勝った。
思わず"怖いね"とポツリと呟くと、ラミンが頭をポカポカ叩きながら呆れるように言う。
「……我らの魂を救い出している時点で、貴様のほうがよほど怖いだろうが」
「なんで? 俺は別に、たまたまじゃん」
「やかましい! いいからさっさと歩け」
「何だよ、そんなに怒るなよー」
俺の方が怖いなんて、そんなわけない。
そう思っていたけれど――
エリックさんが困ったように笑いながら、俺の肩をポンッと叩いた。
(え? 俺、怖くないよね……?)
その仕草が妙に慰めっぽくて、“もしかして本当に怖がられてるのかも”と少し落ち込んだ。
そんな時だった。
冷たい風に乗って、どこからともなく――“その声” が、耳に届いた。
【竜族の血を継ぐ者よ。我が呼びかけに応えよ】
「わ、声がしたでしゅ!」
「え? コハクにも聴こえるの?」
「我らは貴様に救われた存在。貴様の魂と繋がっているからな。
貴様が共鳴した時、我らも同じく繋がるのだ」
「へぇ……?」
突然、空気を震わせるような重く深い声が響いた。威圧感があるのに、不思議と温かさも感じる声色。
その声がコハクたちにも聴こえているという事実に、俺はさらに混乱した。
ラミンが説明してくれたが、正直よく分からない。
【聞こえておるか? 竜族の血を継ぐ者よ】
「……あ、はい……聞こえています。
俺の名前はオリオン・カムエル。
ここにいるカムエル・ドラゴンの魂に、ファミリーネームをもらったんです」
【ほう……カムエル・ドラゴンも復活しているとは……
オリオンよ、そなたの血はとても純粋で強いのだな】
「純粋……ですか」
【古代竜の魂が復活できるのは、“純粋な魂”と共鳴した時のみ。
そなたの魂は、誰よりも綺麗な証拠だ】
「……そう、なんですか?」
純粋な魂――
そんなふうに言われても、どう反応していいのか分からない。
俺はただ普通に生きてきただけだ。
純粋とか、そうでないとか、そんなこと考えたこともなかった。
まさか先人の竜たちにこんな言葉をかけられる日が来るなんて、誰が想像しただろう。
だけど――
今はそれよりも大事なことがある。
(そうだ、コハクの父親のことを聞かないと)
コハクの顔を見て、ハッと我に返る。
「最近……この辺りで討伐された竜を知りませんか?
頭部が埋められているはずなんです。
この子、コハクの父親……見つけたいんです」
【ああ……あの忌々しい人間どもが討伐した、年老いた竜のことか……】
「……ご存じなんですね。
どうか、教えてください。コハクを会わせてやりたいんです」
この地に眠る先人は、どうやらコハクの父親の居場所を知っているらしい。
俺は深く頭を下げた。
コハクのために――どうしても会わせてやりたかったから。
【……Draconis Lacrima。そこにその竜は眠っておる】
「ドラコニス・ラクリマ……?」
「竜の涙……谷の端にある湖か。竜の涙のしずくが集まる場所と言われる湖だな……」
「確か、エドも“湖の近くだ”と言っていた。そこで間違いなさそうですね」
声の主が告げたのは、聞き慣れない名前の場所だった。
だけど、ライオネル王がすぐに“湖”だと説明し、エリックさんも静かに頷いたことで、場所が確信へと変わる。
【行ってみるがよい。竜族の血を継ぐ者ならば、見つけ出すことが出来るだろう】
「分かりました。ありがとうございます。……じゃあ、行こうか」
先人の竜の導きに従い、俺たちはコハクの父親が眠る場所――
ドラコニス・ラクリマ へと足を向けた。
この地に足を踏み入れるのは初めてで、何が起きるのかも分からない。
けれど――
それでも、この道を進むことをやめるわけにはいかなかった。
コハクのために。
そして、あの竜のために。




