43話 王の決断と贈り物
「ええー……いいのに、別に」
「仕方がない奴だな、リアムのやつも」
「うむ。面倒ごとはこれで終いだ。行っておけ」
「……分かった」
謁見が終わって一週間後。
冒険者ギルドのギルド長、ヴァンスさんに呼び出された俺たちは、
リアム陛下が今回の判決について“直接話がしたい”と書状を寄越したと知らされた。
もちろん即座に断りたかった。
だけど、さすがに陛下直々の申し出を断るわけにもいかない。
しかも書状には「午後から迎えに行く」とまで書かれており、拒否権は完全に消滅していた。
仕方なく王城からの迎えの馬車に乗り込み、
再びあの重たい空気の場所へ向かうことになった。
(呼び出すならライオネル王だけにすればいいのに……どうせ会いたいだけだろう?)
心の中で毒づきながらも、隣でコハクが楽しそうに尻尾を振っているのを見ると、
少しだけ気持ちが落ち着いた。
(なるべくなら近づきたくないのになぁ……)
そんな独り言は風に攫われて消えていく。
「本日はリアム陛下個人的な面会となっておりますので、応接間にご案内いたします」
「え……あ、分かりました。お願いします」
王城に到着すると、前のような謁見ではないと知らされ、ホッと胸をなでおろした。
(それなら直接会わなくても良かったんじゃ? やっぱりライオネル王に会いたいだけなんじゃ……)
そんなことを思いながら案内係の後ろを歩き、重厚な扉の前で立ち止まる。
コンコンコンッ。
「失礼いたします。ライオネル王ご一行がお着きになりました」
「うむ。通してくれ」
「失礼いたします」
扉が開かれた瞬間――
すでに待ち構えていたリアム陛下と、
謁見の時にも見かけた側近や騎士団長らしき人たちが一斉にこちらへ視線を向けてきた。
その圧に、思わず息をのんだ。
「ライオネル王、ラミン殿、わざわざご足労いただきありがとうございます。
そしてオリオン、コハクよ。すまないな」
「そうかしこまらずとも良い。早速ではあるが、話を聞かせてくれるか」
「承知」
緊張で胸がざわつく中、リアム陛下はライオネル王に深く一礼し、
俺たちにも丁寧なねぎらいの言葉をかけてくれた。
……国王が二人並んでいる光景は、やっぱりどう見ても異様だな。
「我が弟ゴイル並びに共謀していた男、そしてその関係者は――
極刑に処すことに決定いたしました。
もちろん、母上には猛反対されましたが……父が説得し、明日、刑が執行されます」
「そう、か。正しい判断だ」
リアム陛下は淡々と告げたが、その声の奥には深い痛みが滲んでいた。
「母は……弟への愛情が異常なほど強く、
こっそり連絡を取り続けていたようなのです。
そのため、今回の件にも薄々気づいていたようで……
父は激怒し、母を王家から追放することも考えているようです。まだ決断はしておりませんが……」
愕然とした。
いくら我が子が可愛いとはいえ、国を揺るがす罪を知りながら黙っていたなんて――
そんなこと、普通はあり得ない。
「なんと……そのようなことになっておったのか。
母の愛は強いとは言うが、リアムからすれば複雑よな」
「……母は、弟の方が可愛いのでしょう。それは仕方のないことです。
しかし、私はこの国を護るために存在しています。
母と言えど、間違った選択を許すわけにはいかない」
「リアム陛下……」
リアム陛下の表情は、言葉にできないほど寂しげだった。
母の愛情は均等にあるものだと思っていた。
だけど、非道な弟に傾いていたと知れば――
誰だって、あんな顔になる。胸が締め付けられるような痛みが走った。
「リアムよ。此度の件、王として正しい判断を下した。
その心中を思えば私も辛いが……この国を護るためには必要な判断だったぞ」
「ありがとう、ございます……」
「大丈夫だ。リアム、そなたはよくやっているよ」
「ライオネル王……」
ライオネル王の言葉を受け、リアム陛下の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
現国王にこんなふうに寄り添えるのは、きっとライオネル王だけだ。
だからこそ、その言葉が胸の奥まで響くのだろう。
「報告は以上か? では、これで失礼しようと思うのだが」
「お待ちください! オリオンよ、そなたに渡したいものがある」
「え? お、あ、私にですか?」
「ああ。ぜひ受け取ってほしいのだ」
事件の結末を聞き終え、早くこの場から離れたいと思っていた矢先、
リアム陛下に名前を呼ばれ、足が止まった。
(渡したいものって……何? 怖いんだけど)
国王陛下から渡されるものなんて、どう考えてもロクなものじゃない――
そんな先入観が頭を支配し、視線が定まらない。
「オリオンよ。これはそなたが持つのが正しいと判断した。是非、受け取って欲しい」
「え……? これは」
「そなたがかつて所属していた暁の翼が討伐した邪竜の骨を砕き、詰めたものだ。
他の骨は既に魔道具や武器の材料としてしまったのだが……
これだけは御守り代わりに持っておこうと思い、保管しておいたのだ。」
「何故、それを私に?」
「これは、竜族であるそなたにこそ相応しい。
そなたの身体に取り入れれば、より強い竜の力が目覚めるであろう」
リアム陛下が差し出したのは、少し大きめの瓶に詰められた白い粉。
邪竜の骨――
そう言われても、どうにも胸の奥がざわつく。
理由は分からない。
ただ、本能が「違う」と告げていた。
「……本当に、邪竜ですか?」
「ああ。解体にはうちの者が立ち会っている。間違いはない。
竜の骨を体に取り入れても我々には何の効果もないが、竜族にはその力を取り込み、己のものにできると聞く」
「そう、ですか……」
不思議に思いながらも、俺はゆっくりと瓶へこの手を伸ばした。
その瞬間――
「いっ……え、な、なにっ。胸がっ……!」
「オリオン?! どうしたのだ?!」
「ラミン! ライオネル王っ……胸の紋章が痛いっ! 苦しいっ――!」
「これは……邪竜の骨ではないぞ。
邪竜は竜族が触れたところで何の反応も起こさぬ。
オリオンの胸の紋章が痛むということは……」
瓶に触れた瞬間、胸に刻まれた竜族の紋章が激しく疼き、呼吸が乱れ、立っていられないほどの痛みが襲った。
ラミンはそんな俺の様子を見て、悲しげな声を出し口をつぐんだ。
「どういうことでしょう? これは確かに暁の翼が討伐した邪竜の骨ですが……」
「はぁ、はぁっ……なっ、これはっ――」
苦しむ俺を見てリアム陛下をはじめ、その場にいた全員が眉を顰める。
俺はと言うと、突如として頭の中に映像が流れ込んできてギョッとした。
それは、年老いた竜の姿。その竜は、死の間際にこう呟いた。
【……我が、甘えん坊の白き幼子よ…………その小さな手を……護って、やれなくて……すまない……】
力なく零れた言葉。大きな瞳からこぼれ落ちた涙。
そして――静かに尽きる命。
その瞬間、直感で理解してしまった。
……これは邪竜なんかじゃない。
この骨は、コハクの父親の骨だ――……




