41話 風の最上位精霊の宣言
風の最上位精霊シルフィは、俺を見るなり柔らかな微笑みを浮かべ、静かに口を開いた。
「竜族の血を引く者よ。よくぞイグニスを救ってくれました。感謝します。
そして――光の上位精霊ルミエールと契約を結んだ者でもありますね。
ルミエールは最上位精霊になるための鍛錬の途中でした。
それでもあなたの呼びかけに応えたのは、あなたがルミエールにとって“最愛”と判断されたからです。
このまま共に歩みなさい。いずれ最上位精霊へと進化を遂げるでしょう」
「え……進化とかあるの……? あ、あるんですか?」
終わった、と思った。
竜族の末裔であることも、ルミエールのことも、俺にとっては完全な機密事項。
それを王の御前で、こんなにもあっさり暴露されるなんて。
ルミエールが進化?
そんなことより、平穏な生活がまた遠のいたという事実だけで泣きたくなる。
「もちろんです。下位精霊が上位・最上位へ進化することはありませんが、
上位精霊はユグドラの元で鍛錬を積み、最上位精霊へと進化する者が多いのです。
もちろん、己の意志とユグドラの選定があってこそですが。
ですが――契約者次第で進化を遂げることも可能なのです。
あなたはルミエール、そしてユグドラに選ばれし者。
その可能性は高い。きっと、あなたを守護してくれるでしょう」
「そ、そうですか……ありがとうございます……」
頭に入ってこない。
ただ、俺の人生がまた思わぬ方向へ転がり始めたことだけは理解できた。
俺がそんなことを考えている間に、シルフィは次にラミンへと視線を向けた。
「古代竜、カムエル・ドラゴン」
「我が名はラミンだ」
「素敵な名をもらったのですね。では、ラミン。
あなたの記憶の中に、私という存在があるはずです。
私は竜族、そしてカムエル・ドラゴンたちと共に歩んできました。
こうして再び出会えた今、またその道を共に歩みたい。
どうか、それをお許しいただけますか?」
シルフィの問いかけに、ラミンは少しだけ沈黙し、俺の頭の上で小さく息をついた。
「うむ……しかしな。オリオンは平穏無事な生活を望んでおる。
まぁ、その妨げにならぬ程度なら構わぬ」
「承知いたしました。
ここにいるオリオンに苦痛となる生活は決して送らせません。
どうか、これからの歩みに私どもを加えてください」
「ああ……わかった」
「ラミン……優しいっ」
王の御前だというのに、俺の生活を最優先にしてくれたラミン。
その優しさに、少しばかり感動していた。
「リアムよ。今の話は聞いていましたね」
「……あ、ああ。しかしだな。
上位精霊と契約できるような人の子を、自由にさせるわけには……」
「そうですね。現在、あなた以外に上位精霊と契約できる者はおりませんから。
しかし私は約束を交わしました。
ここにいるオリオンの安寧を脅かすことは許されません。
例えこの子が竜族の血を引く、たった一人の存在であっても」
「りゅ、竜族の末裔ということだろう? 今は亡き伝説の竜族……
だからこそ、最上位精霊になれる素質を持つ精霊と契約しているのだろう?
それは次期王となる器を持っているということなのだぞ……
それに、ライオネル王が一緒ということは――」
現国王リアム陛下に対し、淡々と、しかし揺るぎなく言葉を返すシルフィ。
王家の中で、こんなふうに意見できる存在はきっとシルフィだけだ。
俺にとっては、それがとてもありがたかった。
そう思っていたその時、話を聞いていたライオネル王が静かに口を開いた。
「リアム。よく聞くのだ」
「ライオネル王……」
「私は今、引退してオリオンとのスローライフとやらを満喫しているのだ。
オリオンは我々の家族。王家に嫁がせるつもりはない」
「しかしっ」
「やかましいぞリアム。我をあまり怒らせるな。
オリオンは誰にもやらん」
「で、ですがラミン殿……その子が竜族の血を引く唯一の人なのでしょう?
その血を遊ばせるというのはいかがなものかと……」
「この子は我々の子だ。いかなる理由があろうとも、王家にはやらん。
……どうしても力を借りたいというのなら、条件次第で考えてやらんこともないがな」
終わった。
現国王に向かって、いつも通りの口調で話すラミンを見て、俺は心の中で頭を抱えた。
だけど――
王家の者たちは誰一人として怒りもせず、むしろ静かに受け止めていた。
カムエル・ドラゴンという存在が、王家にとってどれほど大きいのかがよく分かる。
(え、怖いんだけど……なにこれ……)
心の中で悲鳴を上げながら、一刻も早くこの会話が終わることを祈った。
「……はぁ。これだけ交渉してもダメか。シルフィよ、私は今頭が痛いぞ」
「ふふっ。そうでしょうね。ここにいる関係者は皆、同じ気持ちでしょう。
――皆さん、聞こえていましたね。いかなる場合であっても、このオリオンを利用することは禁じます。
もしその約束を破る者が現れたなら、この王家は散り散りに砕けるでしょう」
「……」
リアム陛下は何度も問いかけていたが、
この場にいる誰一人として首を縦に振らない現実を前に、深いため息をついた。
そして追い打ちをかけるように、シルフィが全員へ向けて“警告”を放つ。
その瞬間、王家の者たちは苦渋の表情を浮かべた。
(いや、その顔したいのは俺の方なんだけど……)
そう思いながらも、ひとまず利用される未来が遠のいたことに安堵した。
「ところでリアムよ。そろそろもう一つの本題に移っても良いか?
今回、グロリアで起きた事件のことだ」
「はっ。この度の件……まさかライオネル王が関わっているとは思いもせず……
聞かせていただけますか? 一体何が起きて、皆さんが何をされたのか」
「承知した。では、話そう――」
話がようやくまとまり、 ライオネル王はこの場に来たもう一つの理由――
グロリアで起きた事件について語り始めた。
俺が説明するより、ライオネル王が直接話した方がいい。
そう判断して黙って見守る。
語られた真実に、王家の者たちは言葉を失った。
追放したとはいえ、王家の血を引く者が国民を陥れ、 若者たちの命を奪い、己の欲望のために劇薬を使っていた――
その事実は、あまりにも重い。
前回はリアム陛下の母の願いで極刑を免れた。
だが今回は違う。 罪なき人々を苦しめ、多くの若者が命を落とした。
リアム陛下、そして王家は、 今回ばかりは判断を誤ってはいけない。
国民への説明もある。
民を護る王として、正しい対応が求められているのだから。
そう思いながら、リアム陛下の言葉を待った――




