38話 覚悟と未来を護るために
「――力の根源たるユグドラよ。
我が魂と精霊イグニスの魂をもってここに命ずる。
救済の名のもとに、その炎で諸悪の根源をすべて浄化せよ。
Inferno Crown Burst――!!」
「その技はっ?!」
「初代国王と精霊イグニスの――
あ、ゔあああぁぁぁ……!!」
「これですべて終いだ……」
ライオネル王が放ったのは、イグニスと契約した者だけが扱える火系の聖魔法。
その炎は“浄化”の名を持ちながら、悪しき存在を跡形もなく消し去る恐ろしい力を秘めている。
詠唱が終わるその瞬間、俺の頭の上でラミンがふっと小さく息を吐いた。
その吐息から金色の粒子が弾丸のように飛び出し、男たちの身体を包み込む。
だけど、その光はイグニスの炎でかき消され、誰にも気づかれなかった。
(ラミン……今の何? まさか、燃えやすくしたとか……?)
そんな馬鹿げた想像をしながら、炎に焼かれ跡形もなく消えた地面を見つめていた。
「オリオン……すまなかった。しかし、やらねばならぬことだった。
……だが、この事実を黙っておくわけにはいかない。
王城にて尋問を受けることになるだろう。だが、必ず私もその場に出席する。
イグニスが蘇った今なら、現国王リアムと契約している風の最上位精霊シルフィとの対話が可能だ。
そこでこの事実を包み隠さず話そう。約束する――」
「ライオネル王……ありがとう」
すべてを終えたライオネル王は、剣を腰に戻し、深く頭を下げた。
王としては正しい判断だ。
だけど、いくら追放したとはいえ、現国王の弟を処刑したという事実は、あまりにも重い。
その正当性については、精霊との対話がうまくいけば理解されるかもしれない。
だけど、どう転ぶかは分からない。
それでも――ライオネル王を止めることは俺にはできなかった。
もし罪に問われるなら、それは仕方がない。
そう思えるほどに、ライオネル王の覚悟は揺るぎなかった。
「案ずるなライオネルよ。我に任せよ」
「なにか、策があるのか? ラミン殿」
「どうしたんだよ? ラミン」
「まぁ、見ておれ」
俺とライオネル王が覚悟を固めていたその時、ラミンが頭の上でそう言い放った。
意味が分からず首を傾げる俺をよそに、ラミンは小さな布の翼を羽ばたかせて俺の頭から離れ、
消えたゴイルたちのいた地面の上へとふわりと浮かんだ。
そして――
これまで聞いたことのない、低く威厳に満ちた声で言葉を紡いだ。
「我が呼び声に応えよ――Resurrectio」
「レズレクティオ……? 何だよそれ」
「……あれはっ!?」
「え?」
ラミンが俺の知らない言葉を発した瞬間、天から二筋の光が降り注いだ。
光は徐々に形を変え、眩しさに思わず目を閉じる。
そして――
目を開けた次の瞬間、そこには床に横たわるゴイルと男の姿があった。
まるで、死の淵から引き戻されたかのように。
「ラミン殿?! い、いったい何を?!」
「なっ……ゴイルたちはさっきライオネル王が消し去ったはずじゃ」
「……我のスキル、竜の息吹だ。
ライオネルが攻撃を放つ瞬間、こやつらに放った」
「ええ?! あ、あの金色のやつ?!」
「ほう……さすが竜族の血だ。あれが見えていたのか。
あれは我らカムエル・ドラゴンにしか与えられていないスキルの一つ。
竜の息吹を浴びた者を一度だけ蘇らせることができる。いわば禁忌の類だ。
息吹をかけた者の声のみに反応する、神が与えた究極のスキルだな」
目の前で起きた信じがたい光景に、俺はただ唖然とするしかなかった。
カムエル・ドラゴンという古代竜が、ここまで規格外の存在だとは思っていなかった。
「なんとっ……しかし、何故そのスキルを?
私の記憶が正しければ、カムエル・ドラゴンの間でも使用が禁止されていたはず」
「それは、はるか昔の決まりごとにすぎん。
我はこれからのオリオンの人生を考えた時、これを使用するのが正しいと思ったのだ。
しかし、それを事前に伝えてはライオネルの決意や覚悟を尊重して護ることは出来ぬだろう?
だから黙ってやったまで。これならどちらも護れる、そう判断した」
「ラミン殿……なんということだ。本当に……」
普通ならあり得ない、危険すぎる禁忌の力。
だけど、ラミンはそれを迷いなく使い、俺とライオネル王の未来を同時に守ろうとしてくれた。
その気持ちが、胸をギュッとさせた。
「ラミン、凄い判断をしたんだな。俺なんかのために……
ありがとう、ラミン」
「フンッ。別に大したことではない。
そんなことよりも早く拘束せぬか」
「あ、本当だ! 拘束の鎖――」
「……ひとまず出るぞ。こやつらを持ったままダンジョンは無理だ」
「そうだね……じゃあ、帰還石使うね」
「ああ、そうしろ」
ラミンの言う通り、このまま二人を抱えてダンジョンを進むのは不可能だな。
俺は首にぶら下げていた帰還石を取り出し、唱えた。
「帰還石起動、Transfer――」
次の瞬間、足元に帰還の魔法陣が広がり、俺たちは一気にダンジョンの外へと転移した。
もちろん、蘇生されたゴイルたちも一緒に転移し、ゴロンッと床に転がった。
「王家の失態……説明などしたくはないが……
これも運命。最後まで責務は果たさねばいけないな」
「ライオネル王……」
「私の気持ち、そしてオリオンのこれからを守ってくれたラミン殿には感謝してもしきれん。
だから私も全力でオリオンを護ろう」
「ありがとう、ライオネル王……その気持ちだけで十分だよ」
ゴイルたちを抱えながらギルドへ向かう途中、ライオネル王は静かに、しかし揺るぎない覚悟を示してくれた。
その言葉だけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
こんな家族を持てた俺は、本当に幸せ者だと思う。
今回の件で俺たちがどうなるかは分からない。
だけど、不思議と“きっと大丈夫だ”という根拠のない確信があった。
だから俺も覚悟を決めて、二人を王城へ突き出すつもりでいた。
そんなことを考えていると、隣でコハクがしょんぼりと尻尾を垂らした。
「今回コハクは何も出来なかったでしゅねぇ……」
その声は小さくて、明らかに落ち込んでいた。
コハクなりに、俺の役に立てなかったことを気にしているのだろう。
「コハクはいつだって俺のこと元気にしてくれてるよ。
俺はそれだけで頑張れるから、コハクはちゃんと役に立ててるよ」
「本当でしゅか! それなら良かったでしゅ~」
大丈夫だよ、と言うと、コハクはぱぁっと表情を明るくして、綺麗な尻尾を元気よくフリフリと振った。
その仕草があまりにも愛らしくて。
居てくれるだけでいいというその言葉が、まさにコハクのためにあるように思えた。
だから本当は――
コハクと、みんなと一緒に、のんびりスローライフを満喫して生きていきたい。
だけど現実は、今回の事件でスローライフはまた遠のいた。
それでも、不思議と後悔はなかった。
みんなで一緒に何かを成し遂げられたこと。
誰かを護るために力を合わせられたこと。
その喜びが、俺の心を満たしてくれていた――




