35話 ダンジョンに残された痕跡
冒険者ギルドの扉を開け、受付の人にヴァンスさんを呼んでもらった。
しばらく待っていると、書類仕事を終えたヴァンスさんが姿を見せた。
「オリオンよ、もう大丈夫そうじゃな」
「はい! 色々ありがとうございますヴァンスさん。
それで、これからダンジョンに行ってきます。
万が一、闇の商売人を発見したら捕らえて帰ってきますね」
「……あまり無理をするでないぞ?
小さなダンジョンとは言え、20階層あるのじゃ。
油断は禁物じゃぞオリオン」
「大丈夫です。いざとなったらラミンたちがどうにかしてくれますので!」
「貴様というやつは……」
「ふぉっふぉっふぉ! そうじゃな。
オリオンには最強家族がついておったな。
それじゃあ、気を付けて行くんじゃぞ?」
「分かりました。では、行ってきますね」
ギルドでヴァンスさんと話を終え、俺たちはこのメンバーで初めてのダンジョンへ向かった。
暁の翼とは何度も訪れた場所だけど、あの頃の不安はもうない。
今は、自分にも誰かを護れる力がある――努力して手に入れた力が。
「さてと、行きますか」
「行くでしゅー! 楽しみでしゅー!」
気を引き締め、深呼吸をしてからダンジョンの中へ足を踏み入れた。
行き交う冒険者たちの表情は様々で、その光景がなんだか懐かしい。
あの頃は、エドたちの歩幅に合わせるだけで精一杯で、
荷物が揺れないように必死で……周りを見る余裕なんてなかった。
今になって気づく。
このダンジョンの空気は驚くほど澄んでいる。
よどんだ気配も、危険な匂いもない。
“夢中になって潜れるダンジョン”――そんな印象を受けた。
「わぁ! 早速出たでしゅね! ご主人様は下がってて!」
歩いた先に現れたゴブリン。
コハクが真っ先に気づき、勢いよく駆け出す。
そして――強力な炎のブレスを吐き出すと、 ゴブリンは悲鳴を上げる暇もなく消し飛んだ。
「あのブレスってやっぱりドラゴンの血を引いてるのかな?」
「そうであろう。なかなか良いブレスだ。強き竜の血筋だな」
「コハクは可愛らしい見た目に反して、なかなか強力な武器を持っているな。
オリオンを護るために一生懸命な姿も愛らしい」
「そうだなぁ。可愛い見た目で結構酷い口をきくし、威力満点のブレスに魔法……
普通の狐じゃなさすぎるよなぁ」
はしゃぐコハクを見ながら、俺たちは改めてその力に見入っていた。
もし“可愛いから高く売れる”なんて輩が寄ってきたら……
コハクは容赦なくこてんぱんにするんだろうな。
――ちょっと見てみたいかも、なんて不謹慎なことを考えてしまった。
そんなくだらない想像に苦笑しつつ、
俺たちはさらに奥へと進んでいった――……
◇
地下1階、2階と難なくクリア。
ライオネル王が静かに前へ出るだけで下位の魔物は恐怖で動けなくなり、
俺の頭の上からはラミンが容赦なく強力なブレスを吐き出す。
……髪の毛、ちょっと焦げたんですが。
そんな愉快で賑やかな時間を過ごしながら、地下3階の安全地帯に辿り着いた。
普段なら冒険者が休憩している場所なのに、今日はなぜか誰もいない。
タイミングの問題か? そう思った矢先――
「ご主人様、くしゃい臭いがしましゅ!」
「え?」
「あそこだオリオン。瓶が落ちている。拾ってみろ」
「あー、あれ? あの青い瓶?」
コハクが鼻をひくつかせた方向を見ると、青い小瓶が落ちていた。
拾い上げると、独特の甘いような、薬品のような匂いが鼻をつく。
ライオネル王とラミンにも匂ってもらうと、
二人ともわずかにブルーアップルの香りがすると顔をしかめた。
「これ飲んで下の階に下りて行ったってことだよな?」
「そうであろう。探して解毒せねばならんな、オリオン」
「そうだねライオネル王……はぁ、また倒れたらどうしよう」
「単体でかけるなら貴様の今のレベルでも問題あるまい。さっさと探すぞ」
「そうなの? それならいいけど……」
「レッツゴーでしゅー!」
空き瓶が落ちているということは、誰かが確実に飲んでいる。
このまま進んで異変が起きたら手遅れになるかもしれない。
早く見つけなければ――そう思いながら、安全地帯を出て人の気配を探った。
「んん……?」
「どうした? オリオン」
「いや、この階に隠し扉はないはずなのに……この壁の中に通路がある。
多分、奥に誰かいる……」
「ほう、それはそれは」
「売人かもしれぬな。我が吹き飛ばしてくれるわ」
「そんなことしなくても開くんじゃないの?」
「分からんだろうが。ほれ、やるぞ」
探知スキルを発動すると、記憶しているフロア構造とは違う反応が返ってきた。
本来存在しないはずの壁の奥に、隠し部屋のような空間がある。
皆に伝えると、ラミンがその壁めがけて――
フウッ、と竜の炎をぶちまけた。
ドゴオオオオンッ――!!
激しい爆音と共に壁が粉々に砕け、奥には暗い通路が続いていた。
ダンジョンは生き物のように構造が変わることもあるけど……
それでも、これはあまりにも不自然だ。
胸に小さな違和感を抱えながら、俺たちは中へ足を踏み入れた。
「ご主人様、くしゃいでしゅねぇ」
「ああ、確かにさっきの瓶と同じブルーアップルの香りがするな?」
「足元を見るのだオリオン。割れた瓶が沢山落ちているぞ。
ラミン殿が爆発させたことで驚いて瓶を落とし、慌てて逃げたのかもしれんな」
「あーあ。ラミンのせいじゃん」
「我のせいではないわ」
「まぁ、じゃあこの奥にまだ犯人がいるかもな」
通路に入った瞬間、ブルーアップル特有の甘い香りが濃くなった。
割れた瓶がいくつも散乱しており、ここで売人が何かしていたのは確実だ。
出口があるのかは分からない。
もしなければ、この奥にまだ誰かがいる。
少し不安はあるけど、見つけてしまった以上は行くしかない。
何かあっても、ラミンたちがどうにかしてくれるだろう。
――そんな、いつもの楽観的な気持ちを胸に、俺たちはさらに奥へと進んだ。




