32話 あの子の成長と努力
【ヴァンスSide】
それは、あまりにも美しい光景じゃった。
オリオンが放った精霊魔法は、まるで黄金の羽衣が部屋中に舞い降りたかのようで、
光が触れた瞬間、苦しんでいた若者たちの表情がふっと緩んだ。
小さな光の粒子は、最初こそ跳ねるように、踊るように舞っておったが、
やがて一つの大きな聖なる羽衣へと姿を変え、静かに皆の体へ吸い込まれていった。
エルフとして長い年月を生き、多くの魔法を見てきたが――
やはり精霊魔法というものは、どこか慈悲深く、温かな空気を纏っておる。
それに、今オリオンが使った魔法は、上位精霊や最上位精霊のみが扱える類のもの。
決して軽い魔法ではないにもかかわらず、オリオンはそれを許された。
つまり、精霊に認められたということじゃ。
あやつは昔から努力家じゃったが……
ここまで成長したとは、胸が熱くなるのう。
そう思ったのも束の間じゃった。
「オリオン!!」
小さなぬいぐるみの竜――ラミン殿の叫びと共に、
オリオンの体がワシの目の前で崩れ落ちた。
ドサリ、と重い音が静かな病室に響き、
周囲の者たちが一斉に駆け寄る。
理由は分かっておる。
あれほどの大規模な精霊魔法じゃ。
代償があって当然じゃ。
ラミン殿の見立てでは、魔力切れを起こし、
体内の魔素までもが精霊魔法に持っていかれたとのこと。
やはり、それほど高位の魔法ということじゃな。
「しばらく寝かせておれば自然に回復する。死にはせん。」
「本当でしゅか?!ラミンパパッ!ご主人様は死なないでしゅか?!」
「これぐらいで死ぬような体ではない。誰の血が流れておると思っておるのだ。」
「ふぎゃっ!」
「今のレベルでは体が付いてこんのだ。
ルミエールの奴、分かっておるのに使わせたな。我の息子を試すなバカたれ……」
倒れたオリオンを前に、コハクは大泣きしておった。
必死に顔を舐め、大丈夫かとラミン殿に何度も問いただす。
その頭をラミン殿が乱暴にポンポンと叩いてやると、
ようやく安心したように涙を拭った。
そして、初代国王――いや、今は黒騎士のライオウ殿も、
顔こそ見えぬが、深く心配しているのが伝わってきた。
何とも言えない優しい気持ちが込み上げてくるのう。
オリオンは、ようやく“本当の家族”を見つけたのだな――
そう思った瞬間、ワシの胸にも安堵が広がった。
この家族が側におるのなら、
暁の翼を辞めても、オリオンはきっと大丈夫じゃ。
様子を見ていると、自然とそんな確信が湧いてきたのじゃ。
「さて、オリオンを特別室へ運ぶぞ、ジェイス。」
「あっ…はいっ!」
優しい空気が流れる中、ワシはジェイスに指示を出し、
オリオンを治癒院の中でも最も静かで落ち着いた特別室へと運ばせた。
いつ目を覚ますか分からぬ以上、せめて一番良いベッドで休ませてやるのが筋というものじゃ。
特別室に運び込むと、ライオウ殿、コハク、そしてラミン殿が自然とオリオンの傍に寄り添い、
まるで家族のように見守り始めた。
この部屋は自由に出入りしてよいと伝え、ワシらは元の病室へと戻った。
扉を開けると、先ほどまで苦しみの中にいた若者たちが次々と目を覚まし、
顔色も驚くほど良くなっておった。
あれほどうめき声を上げていたのが嘘のようじゃ。
その様子を見て、ブルーアップルの毒が完全に消え去ったのだと実感した。
しかし、入院していない者の中にもまだ症状が残っている者はおる。
時期を見て、またオリオンに頼まねばならんじゃろう。
そんなことを考えていると、若者たちを見つめていたジェイスが口を開いた。
「……ヴァンスさん」
「何じゃ?ジェイスよ。」
「本当に、あのオリオンなんですよね?
荷物持ちをしながら、必死でエドたちの後ろを付いて行っていた……あの子が?」
「ああ、そうじゃよ。あのオリオンじゃ。
まだ子供で、ただの荷物持ちの子だと思っておったが……
いつの間にかワシらの知らぬところで、相当な努力を積んだのじゃろう。
でなければ、精霊が契約などするはずがないからのう。
ワシらが思っておった以上に、遠くへ行ってしまったようじゃな。」
ジェイスは、まるで夢でも見ているかのような表情をしておった。
まぁ、その気持ちは分からんでもない。
ワシも同じように驚いておるのだから。
ワシはジェイスの肩を軽く叩き、静かにソファへ腰を下ろした。
――さて、ここからはギルド長としての仕事の時間じゃ。
これほどの奇跡を「幸運」や「偶然」で片付けることはできん。
しかし同時に、オリオンの存在が軽々しく広まってしまうのも避けねばならん。
オリオンの身を護るためにも、ここは慎重に立ち回らねばならんのじゃ。
まずは、この子たちに今回のことをきちんと説明せねばならん。
返答次第では、ワシの記憶操作魔法を使う必要が出てくるかもしれんが……
できれば、そんな手段を取らずに済むことを祈りつつ、
皆が落ち着くのを静かに待つことにした――……




