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31話 今の自分に出来ること

ドロシーさんが滞在している友人宅に戻り、事情を説明した。

するとミラノさんが「泊まっていって」とドロシーさんに声をかけてくれたので、今回はありがたくその厚意に甘えることにした。

ドロシーさんはミラノさんの家に泊まり、俺たちはヴァンスさんに紹介してもらった宿屋に泊まることになったため、まずは宿屋へ挨拶に向かった。

そして一通りの準備を済ませたあと、ヴァンスさんと共に治癒院へ向かっていた。



「なぁ、ラミン。リンたちも飲んだんだと思うか?」


「うむ…調べてみなければ分からんが、可能性は大いにあるだろうな。」


「でも、仮にもSランクだよ?強いわけだから飲む必要ないと思うんだけどな。」


「……貴様は本当に鈍感な男だな。」


「え?」


「まぁ、よい。ひとまず治癒院で治療可能な者を助けてやれ。」


「……うん?分かった。」



治癒院へ向かう道中、ラミンにリンたちが例の劇薬を飲んだ可能性について尋ねた。

もし本当に飲んでいたのだとしたら、その理由がどうしても理解できなかった。

元々あれだけの力と技術を持っているのだから、無理をする必要なんてないはずだ。

そう伝えると、ラミンは「鈍感」と言った。


なぜ俺が鈍感なんだ?

考えてみても、答えは出なかった。

暁の翼の強さは、俺が一番よく知っている。

だからこそ、飲む必要がないという考えは間違っていないと思っていた。


そんなことを考えているうちに治癒院へ到着した。

扉を開けて中に入ると、倒れた人たち専用の入院部屋へ案内された。



「オリオン。皆のことを診てやっておくれ。」


「はい。俺で助けられるといいんですけど……」



ガチャ――



「お邪魔するよ。」


「ヴァンスさん!まさかまた倒れた人が?」


「いいや。今日はワシの知り合いの冒険者に来てもらったんじゃ。

精霊魔法の使い手だ。もしかすると治療が可能かもしれぬ。」


「ええ?!精霊魔法の使い手?!そんな珍しい人この町に……」


「……お邪魔します。」


「ん?オリオンじゃないか!

久しぶりだなぁ。元気にしていたのか?

エドたちから、お前が辞めたって聞いて心配していたんだぞ。」


「お久しぶりです、ジェイスさん。

俺、今は別のパーティ組んでのんびりやってます。」


「そっかぁ。じゃあ、そこの横にいる騎士さんが精霊魔法を?」


「あー……」



部屋に入ると、見覚えのある治癒師が患者の様子を診て回っていた。

ヴァンスさんの姿を見た瞬間、ジェイスさんの顔が「またか?!」と言わんばかりに強張ったのが分かった。

ジェイス・ソルトさんは、この治癒院で日々患者に寄り添い続ける優しい治癒師だ。

荷物持ちだった俺にもいつも気さくに声をかけてくれていた。



「ジェイスよ。オリオンじゃよ。精霊魔法の使い手は。」


「またまたー!オリオンは荷物持ちしてた子ですよ?

さすがにそんな訳ないでしょうヴァンスさん。」


「人は日々、進化するものじゃよジェイス。それはオリオンも同じことじゃ。」



ヴァンスさんが俺のことを「精霊魔法の使い手」だと言った瞬間、

ジェイスさんは笑って取り合わなかった。

そりゃそうだ。俺が荷物持ちだったことを知っている人なら、誰だってそう思う。


だけど、ヴァンスさんが真剣な口調で続けると――

ジェイスさんの表情がスッと真顔に変わった。

その空気の変化に、俺も自然と背筋が伸びた。



「……え?じゃ、じゃあ本当にオリオンが精霊魔法を?

毎日必死に荷物持ってたあのオリオンが?」


「……はい。実は、契約……しています。」


「嘘だろ?!オリオンが?!

信じらんねぇ……やべぇなオリオン――」


「ははは……

とは言っても、俺もまだまだなんですけどね……」



ジェイスさんは、信じられないというように何度も俺に確認してきた。

その慌てぶりが少し可笑しくて、思わず笑ってしまう。

だけど、ジェイスさんは「そうか、そうか」と何度か頷いたあと、

すっと表情を引き締め、治癒師の顔に戻った。



「オリオン。早速で悪いんだが……

この部屋には今、10人の若い冒険者がいて苦しんでる。まだ駆け出しなんだ。

救えるものなら救ってやりたい……どうにか、ならないだろうか?」


「…ラミン、ライオネル王…」


「貴様の今の力ではギリギリ、と言ったところだろうな。」


「……それでもやるんだろう?オリオンよ。」


「ご主人様ならきっと大丈夫でしゅ!」


「……やってみる。」



一度に10人の治療なんて、もちろん初めてだ。

治癒師でもない俺が、本当にこの子たちを救えるのか――

不安が胸を締めつける。


だけど、振り返るとラミンもライオネル王も、そしてコハクも、

まっすぐに俺を見てくれていた。

“何かあれば支える”

そんな無言の信頼が伝わってきて、胸の奥がじんわり温かくなる。


だったら、やるしかない。

俺は深く息を吸い、部屋にいる全員へ意識を向けた。

その瞬間、ふっと頭の中にルミエールの声が響く。


【エターナル・ルーメンス・アンサンブルを使いなさい】


その囁きに従い、俺は詠唱を始めた。



「力の根源たるユグドラよ、我が願いを訊き入れたまえ。

此処にいる闇に覆われし者たちに光を照らし、その命を輝かせ。

万物の穢れを払い、聖なる光を与えたまえ!

――“エターナル・ルーメンス・アンサンブル”!」


「おお、より強い精霊魔法に変えたか。さすがオリオンだな。」


「ルミエールの囁きがあったのだろう。

しかしこれでは……」



詠唱が終わった瞬間、

部屋いっぱいに柔らかく温かな黄金の光が広がった。

それはただの光ではなく、

まるで小さな音符が舞い上がるように、

幾千もの光の粒が優しく降り注いでいく。

やがて光の粒子は部屋全体に広がり、

ふわりと揺らめく“光の毛布”のように見えた。


その毛布がそっと皆の体へ吸い込まれていった次の瞬間――

黒い液体が体内から吸い出され、パンッ、と乾いた音を立てて蒸発した。

すると、重苦しかった病室の空気が、一気に澄み渡っていくのがはっきりと分かった。


……だけど同時に、俺の視界がぐにゃりと歪んだ。



「オリオン!!」


「だい、じょ……ぶ」


「やはり……貴様の今の魔力量ではキャパオーバーだったな。」


「ああ……なる、ほど……そ、いう……ことね」



ドサッ――



「ご主人しゃまーーーっ!?」



頭が揺れて、景色も揺れて、言葉がうまく出てこない。

この感覚――覚えている。


ダンジョンに通い始めて、必死に魔法を練習していた頃と同じだ。

魔力切れか……

しかも、普通の魔力切れじゃない。

全身に流れている"魔素"が、根こそぎ外へ引きずり出されたような感覚。


そのせいか、ラミンたちの叫び声が、水の中にいるみたいに遠く聞こえてくる。

体内の魔素が完全に枯渇し、俺の意識を繋ぎ止めるためのエネルギーすら残っていなかった。


もう、しばらく何も考えられそうにない。

そう思った瞬間、

意識がふっと暗闇に沈んでいった――…


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