29話 命の選択
「ラリッサ!!!何のための回復薬なんだよ!!
お前がそんなだからリンたちが苦しんでいるんだろう?!
いつもいつもっ…臆病で後ろ向きで、肝心な時に役に立たねぇな!!」
「なんでっ……!何でそんなことを言うのですかっ?!
私はこれまで皆さんの為にっ…死に物狂いでやってきたのにっ……!
どうしてっ……そんなっ!」
高位魔法をかけても回復どころか悪化していく様子を見て、エドは怒りに任せてラリッサを責め立てた。
気持ちは分からなくもない。
だけど、ラリッサは怖がりな性格ながら、いつでも俺たちのために必死に働いてくれていた。
こんな俺にもすごく優しくしてくれていたし……
どうしてそんな酷い言葉を投げつけられるんだろう。
エドはパニックになって、感情が暴走しているのだろうか?
そんなふうに思っていると、さらに怒声が飛んだ。
「役に立たせてやっていたんだろうが!!お前が臆病すぎて魔法を使えねぇから!!
ちゃんと使えるように“状況を整えてやっていた”だろうが!!」
「何ですかそれっ……!
あなたこそっ……リーダーのくせに、人のせいばかりにして!
外見だけ良くて、その本性は悪魔よりも邪悪で最悪なくせにっ!!
私……知ってるんですから……!」
「なっ……何をだよ……」
「オリオンを辞めさせた本当の理由っ!!
単純に“役に立たない荷物持ちがウザい”って!!
“護られてるだけで報酬が沢山もらえて腹立たしい”って!!
だから“優しい追放のふりして追い出そう”って!!リンと話してましたよね!!」
「なっ……何でそれを!?」
「おいおい……」
ラリッサは涙を浮かべながら、一瞬だけ俺を見て、そして真実を叫んだ。
その瞬間、胸がズキンと痛んだ。
だけど、すぐに妙に腑に落ちる自分がいた。
ああ、そういうことだったのか。
あのタイミングでの解雇は、そういう理由だったんだ。
当時、王族からの依頼があった。
成功すれば莫大な報酬が得られる、危険種の邪竜討伐。
Sランクの彼らでも勝てるかどうか微妙なラインの依頼だった。
それでも、成功すれば王族からの信頼も得られると、エドは気合いを入れていた。
リンは「これでやっと理想の家が建てられる」と喜んでいた。
ジョナもラリッサも、故郷に仕送りできる額が増えると笑っていた。
だから、一人頭の報酬額を増やすためにも、“無能で役に立たない俺”を排除するのが一番だと判断されたのだろう。
そう考えると、妙にスッとした。
ああ、なるほどな。
そういうことだったんだな、と。
怒りよりも、納得の方が先に来た自分に、少しだけ驚いていた。
「……オリオンよ。どうするつもりだ。」
「え?何が?」
「こんな偽物の家族、どうするつもりだと訊いておるのだ。」
「……どうするって。俺に何かできることある?」
傍から見れば、今まさに“醜い争い”の真っ最中だろう。
そんな中、頭の上のラミンが低い声で問いかけてきた。
俺もさっきから考えてはいたけれど、回復魔法が効かない以上、他に何ができるのか見当もつかなかった。
すると、腕を組んで黙っていたライオネル王が、ふと何かを思い出したように口を開いた。
「うむ……オリオン、精霊魔法なら諸悪の根源を取り除ける。毒素病の時と同じようにな。
助ける気があるのであれば、前に使用した精霊魔法を使いなさい。」
「ああ、ルミエールの精霊魔法か……」
「ご主人様。助けるのでしゅか?この臭い人たちのこと。」
「臭いって……相変わらずだなコハク。可愛い顔して意外と残酷なんだよねこの子…」
「ご主人様を悪く言う人は皆、とーーーーっても臭いでしゅ!」
「ははは……そっかぁ……」
精霊魔法なら救えるかもしれない。
そう言われて、どうやればいいのか頭の中で必死に組み立てていた時だった。
隣でコハクが「臭い人たちを助けるのか」と、容赦のない言葉を放った。
その瞬間、エドの顔が怒りで歪んだが、コハクにはまったく通じない。
むしろ「臭い臭い」と追撃していた。
そんな中、ライオネル王の言葉を聞いていたエドが、突然俺の前に飛び込んできて、両肩をガシッと掴んだ。
「オリオン……ラリッサが言ったことは全部嘘だ!お前を拾ってやったのは俺なんだ!
その俺がお前を邪魔に思う訳がないだろう……?な?
助けてくれよオリオン……
ローランドさんに気に入られているお前なら助けられるんだろう?!
なぁ!!リンを助けてくれよ!!」
「エド……」
「ローランドって……王廷治癒師のローランド・シンクレアさん?
何故オリオンが彼のような人と知り合いなのですか……?」
「まぁ、色々とね。」
「そんなことはどうだっていいんだ!!
オリオン!頼むから!オリオンッ!!」
ああ、本当におかしな光景だ。
エドがこんなにも必死に俺にすがる日が来るなんて、誰が想像しただろう。
正直、ラリッサの暴露を聞いた今、胸の奥はざらついている。
でも、それとこれとは別だ。
目の前で苦しんでいる人がいる。
助けられる可能性があるのに、何もしないなんて俺にはできない。
ローランドさんなら、きっと同じ選択をする。
そう思いながら、俺は深く息を吸い、リンたちに向き直った。
「力の根源たるユグドラよ、我が願いを訊き入れたまえ。
闇に覆われし者に光を照らし、その命を輝かせ。
万物の穢れを払い、聖なる光を与えたまえ!“エターナル・ルーメンス”!」
「これがっ……精霊魔法……?」
詠唱とともに生まれた光の粒子が、リン、ジョナ、そしてもう一人の男の体へ静かに吸い込まれていく。
さっきまで血を吐き、のたうち回っていたとは思えないほど、三人の表情がゆっくりと落ち着いていった。
しばらくすると、体の中からどす黒い液体のようなものが吸い出され、
最後の一滴まで抜けきった瞬間、パンッ!と乾いた音とともに、黒い液体は跡形もなく消えた。
まるで瞬間的に蒸発したかのようだった。
「……はぁ、やっぱ精霊魔法は疲れるもんだな。
エド、ラリッサ。多分これで大丈夫だ。
でも、早めに王都に運んだ方がいいと思うよ。」
「オリオンッ……ああっ……
本当に……ありがとうっ……俺は……」
「……ご主人様!早く向こう行くでしゅー!」
「ああ、そうだなコハク。……それじゃあ。」
「……ああ。オリオンッ――
この礼は必ずっ……」
精霊魔法が効いたのを確認した瞬間、全身の力が抜けていくのを感じた。
エドはまだ何か言いたそうだったけど、コハクが「早く行くでしゅ!」と急かすので、その場を離れた。
臭いに敏感なコハクには、あの場は耐えられなかったのかもしれない。
「オリオン。あやつからの礼は受け取る必要はないからな。」
「うむ。オリオンを身勝手な理由で手放したのだ。
そんな男に構う必要はないぞ。」
「……うん。ありがと二人とも。」
冒険者ギルドへ向かう途中、ラミンとライオネル王は“礼は受け取るな”と断言した。
本当に優しい二人だ。
俺が傷つかないように、ちゃんと考えてくれている。
そう思うと、さっきラリッサが暴露した内容なんてどうでもよくなった。
今の俺には、こんなにも心配してくれる“家族”がいる。
何を言われても、もう揺らがないんだ――……




