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6 もしかして……悪魔じゃない?



 騎士を元の場所へ帰すと誓った3日前。

 私はすでに、その誓いを破りたくなっていた。


『騎士、ここのブティックの市場調査してきて』


『騎士、今ここのスイーツ店が激熱らしいから、行ってきて』


『騎士、ここの————』


 騎士の「お家に帰そう」計画、第一の作戦。

 題して「お使い行かせて、あっちから保護してもらおう」作戦!


 内容としては、騎士団・神殿・王城に近い場所へお使いに行かせて、あっち側の人たちに見つけてもらおうというものだ。


 しかし……。


「帰った」


「土産はこれでいいか?」


「帰りにチョコを買った」


 なぜ、無事に帰ってきているんだ……!?

 もはや慣れ過ぎて、お土産を買ってくるという気配りもできるようになってしまった模様。

 

 いらないよ!そんな細やかな気遣い!

 やってほしいのは、あっち側で保護されることだけだよ!


『え、このチョコうま』


「そうか、よかった」


『じゃなーーーいッ!!』


 渡されたチョコを呑気に食べていた自分に全力でツッコむ。


「どうした、寝不足か」


『もしそうなら、原因はあなただけどね!』


 寝不足でイライラしてたわけじゃないから。


 それにもし寝不足のせいで私が発狂したのだとしたら、騎士の責任だから。

 朝から叩き起こしてくる張本人が言うべきことじゃない。

 この朝型人間め……!!


『そうじゃなくて、あっちで知り合いに遭遇するとかないの!?』


「ない」


『オーマイガー!』


「アンタはほんとに面白い言葉を使うよな」


 笑っている騎士に、チョコの包み紙を投げる。

 それは易々とキャッチされ、流れるようにゴミ箱へ送られた。


『おかしい……こんなはずじゃ……』


 部屋の隅でブツブツと呟く私は、周囲に気を配れていなかった。

 そのせいで、背後に騎士が迫っていたことにも気づけなかった。


「じゃあ、契約するか」


『するわけなかろう!このあんぽんたん!』


 耳元で囁かれた言葉で、全身に鳥肌が立つ。


 絶対に嫌だ。

 こんな悪魔より人間味のない奴と契約するなんて断固拒否する。

 他の悪魔だって裸足で逃げ出すはず。


(ん?……悪魔?)


 ふと、自分が本当に悪魔なのかという疑問が浮かんだ。

 確かに、余所の世界に来た存在ではあるが、悪魔とは定義されていない気がする。

 『イドラのサーカス』での“悪魔”は、称号として与えられたものだし……。


(もしかして……私って悪魔じゃない?)


 そうなれば、すべてが解決する。

 悪魔じゃないと悪魔契約は成り立たないし、騎士に付きまとわれる理由もない!


『ちょっと用事できた!』


 そう言って自分の部屋に騎士を残したまま、私は『イドラのサーカス』の最下層へ向かった。


















 ドンドン ドンドン


 鈍い光沢を放つ黒曜石のテーブル。

 そこにはよく磨かれたグラスと、年季の入ったワインボトルが置かれている。


 ドンドン ドンドン


 そのグラスを手に取るは、男らしく筋張りながらも美しい手。

 手のみならず、黒いスーツで身を包んだ全身も美しい。


 透き通った白い肌にザクロのように赤い瞳。

 中性的な美貌は、老若男女を惑わせる。

 

 その美貌をもつ主は、『イドラのサーカス』のボス。


 私が忠誠を誓う、唯一無二の————


 ドンドンッ


「―――だーッ!もう、うるさいッ!!」


 堪忍袋の緒が切れ、バンッと扉を開ける。

 そこには案の定、想定していた無礼者が立っていた。


 相変わらずセンスのないぶかぶかした外套を身にまとい、気色悪いピエロのお面をつけている人物。


「ボスにお会いしたいなら、アポをとれって何度も言ってんだろ!」


 




 目の前で怒り狂っているのは、『イドラのサーカス』のボスの補佐官。

 確か名前が————。


『———厄介オタク?』


「オクトだっつってんだろ……?」


『そういえばそうだった』


「コロス……」


 額に青筋を浮かべた厄介オタク兼オクトという人物は、イライラした様子で扉を開けた。不本意そうに部屋に私を入れる姿は、とてつもなく滑稽だ。


「テメェ、今オレのこと馬鹿にしただろ」


『いえ、まったく』


(まったく、勘のいいガキめ)


 互いにギスギスとした空気を出しながら、部屋の奥へと入る。


 するとそこには、優雅にワインを飲んでいるボスがいた。

 昼間から酒とは、良いご身分である。

 ……いや、ボスなんだから良いご身分ではあるか。


「レテ、今日はどうしたんだい」


『ボス、私はタブラです』


 毎度おなじみの会話に、ため息は出そうになる。

 私と「レテ」と呼ぶのは、この『イドラのサーカス』のボスだけだ。

 何度「タブラ」だと教えても、一向に「レテ」と呼んでくる。


「そうか。それで、レテの用事はなんだい」


『この人相変わらず人の話聞かないな』


「貴様!ボスに対して無礼だぞ!」 


 キャンキャンと吠えるボス信者を無視して、本題に入る。


『ボス、私って悪魔じゃなかったりします?』


「う~ん、そうだねぇ」


 考え込むボスの答えを、固唾を呑んで待つ。

 この答えで、私の将来は左右されることになるのだ。


「悪魔じゃないね」


『フウウゥゥーーーーッ!!』


「おいアホ!うっせえぞ!」


 暴言が聞こえるが、今の私には効かないね!

 この喜びの舞をしている私に怖いものなどない!


「でも、悪魔契約ができる存在だね」


『―――う?』


「ざまあw」


 青天の霹靂。

 悪魔契約が…………できる、だと?


 あとオクト。

 お前は後でぶっ飛ばす。


「君は異世界から来た存在だ」


(それはそう)


「悪魔とは違うけど、この世界の人間とも言い難い」


(確かに)


「この世界の何者でもない存在であるからこそ、何者にでもなれる存在だ」


(え、そんな七変化できるタイプだったの?)


「だからこそ、君を悪魔と定義することができる」


『え、やだ』


「残念だけど、例の騎士殿にとって君はすでに悪魔として定義されてしまってるね」


『今から入れる保険は!』


「ないねぇ」


 無慈悲な死刑宣告に、私は天を仰いだ。


『神はっ……死んだッ』


「何言ってんの、お前」 


 ニーチェの有難いお言葉になんてこと言うんだ貴様。

 私が言いたかったのは、この世に神も仏もありゃしないということだ。


「騎士殿によろしくね」


「二度と来んな」


 ボスにお礼を言い、オクトには中指を立てる。 

 後ろから罵詈雑言が聞こえてきた気がするが、私はそのまま自分の部屋へと向かった。




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