5 振り回される悪魔
薄暗い裏社会に似つかわしくない麗らかな昼下がり。
欲望渦巻く『イドラのサーカス』は太陽から身を隠し、夜を静かに待———。
『騎ぃ士ぃいいいーーー!!!』
———ってはいなかった。
朝番をしていた黒子たちは「始まったな」と心の中で思った。
そして、「タブラ様、もう諦めるしかないのでは……」とも思った。
「どうした」
『いや、「どうした」———じゃないから!』
怒り狂うは『イドラのサーカス』の“悪魔”。
それに相対するは、平然とした人間の騎士。
大きめの外套は、“悪魔”の荒々しい動きに合わせてバサバサと舞っている。
全身真っ黒な外套かつピエロのお面をかぶっているヤバい奴が怒っているにもかかわらず、騎士は一向に手作業をやめない。
『即刻それをやめなさい……!!』
騎士の手から無理やり取り上げたソレ。
「何をする」
『君にそれを言う資格ないからね!?』
たった今、騎士から押収した物。
それは、赤黒い魔方陣が描かれた羊皮紙だった。
魔方陣はあと少しのところまで完成しており、とても危機的な状況だったことがわかる。
『なに勝手に悪魔契約を成立させようとしてんねん!』
今日は朝活(騎士に無理やり叩き起こされてるだけ)もなく、ゆっくりとベッドで寝ていた。ところがどっこい、周囲の空気がピリピリしていることに気づいて目が覚める。嫌な予感がして、容疑者である騎士の部屋に突撃した、というわけだ。
『それにこの魔方陣、強制的に悪魔を縛り付けるやつ……!』
実はこの世界の悪魔召喚は、大まかに3種類に分けられる。
一つは、シンプルに呼び出すだけの召喚。契約できるかは悪魔の気分次第。
もう一つは、接待つきの召喚。魔方陣自体を召喚したい悪魔好みに整えたり、生贄を用意したりするのがこの召喚方法。
最後が、騎士がしようとしていた極悪な召喚。強制的に悪魔を呼んだ挙句、召喚者の要望が通るまで悪魔を魔方陣に縛り付けるという鬼畜仕様。これで召喚された悪魔は絶対に契約させられるし、召喚者にいいように扱われること間違いなし。
ただ、そんな(召喚する側にとっては)都合のいい召喚であるからこそ、難易度はエベレスト級。それを完成させかけた(止めなかったら完成してた)騎士は、稀代の天才といっていいだろう。
『この無駄にハイスペック!』
「意味はよくわからないが、それは罵っているのか?」
首を傾げる騎士の目の前で、しっかりとその羊皮紙を消す。
粒子となった紙は、空気に溶けてなくなった。
「朝から頑張ったのに」
『だから朝起こしにこなかったのか……』
もう、私に平穏な朝は来ないのだろう。
叩き起こされるのも嫌だけど、起こされないと騎士が何かを企んでいるのではないかと不安になって惰眠を貪ることもできない。結局、朝は起きるしか選択肢がない。
『頼むから帰ってくれ』
真剣な表情で、椅子に座っている騎士を見る。
すると、何を思ったのか机の上に置かれていた紙とペンをとった。
そして、それらを私に差し出してきた。
「ここに名を書いてくれたら、帰ってもいい」
『おまっ、書くわけないでしょうが!』
その差し出された紙には、薄っすらと先程の魔方陣の下書きがされてある。
自分の名を書いたが最後、騎士が死ぬまで私は追いかけまわされる。
『というか、私と契約することに拘らなくてもいいんじゃない?』
紙とペンをそのまま没収し、私は色々と諦めることにした。
もうこの人の悪魔契約を止めることは無理。
だったら、自分だけでも助かろうという方向にシフトしてやる。
騎士と契約するであろう哀れな悪魔に、黙祷を捧げよう。
「アンタがいい」
『他の悪魔の方がいろいろ能力あって便利らしいよ!』
恐ろしい言葉が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
目をウロウロと泳がすと、騎士の背後にある机に目がいく。
その机には、『悪魔大鑑』という本が置かれていた。
手に取ってパラパラめくってみると、強そうな異形の悪魔たちが描かれている。
『あ、ほら!ベルゼブブとかどう?穢れの王らしいし、騎士のコンセプト的に合ってるんじゃない?』
必死になってページをめくり、目に付いた悪魔の名をあげる。
穢れの王、ベルゼブブか。
悪魔契約したがった理由が「穢れたから」なんだったら、いっそとことん穢れてみるのもありなんじゃなかろうか。ほら、いくとこまでいったら吹っ切れるとか言うし……。
無神経なことを口走ってしまったかもしれない。
そう思った私は騎士の方へそっと目を向ける。
(え、怖。ガンギマリの目でこっち見てない?)
100%ドライアイになること間違いなし、なくらい見てきてる。
それに、心なしか瞳孔にハイライトがないような気も……。
「俺は、アンタが、いい」
(怖いよー!ママー!)
わざわざ区切って言ってきた。
恐ろしさのあまり、脳内でばぶってしまう。
『そ、そっか。じゃあ、一応理由は聞いておこうかな』
とりあえず場をもたせようと、聞きたくもないことを尋ねる。
すると、騎士はキョトンとした表情になった。
「アンタがいいから。それだけだ」
『そっかー、私がいいかー』
マズいことになった。
この様子では他の悪魔になすりつけ……ゲフンゲフン、託すこともできなさそうだ。
当初の予定通り、「お家に帰そう」作戦を決行するしかない。
椅子に座っている騎士を上から見下ろし、グッと顔を近づけた。
『とにかく、勝手に悪魔契約をすることは禁止!』
「だが、このままじゃアンタは契約してくれないだろ」
『大丈夫。近日中に答えを出すから』
騎士は私の言葉に半信半疑の様子。
まあ、今まで煙に巻いてきたことを考慮すると、仕方ない反応ともいえる。
しかし、私にとっても丁度いい機会だった。
そろそろお別れの時間だろう。
これ以上、情が移っては面倒だ。
(私は―――“悪魔”でしょ?)
人間風情に振り回されるような存在ではないのだからと、自分を奮い立たせた。




