4 騎士との日常
月日は流れ、春風が窓から入り込んでくる。
麗らかな日差しは、柔らかくも眩い輝きを放つ。
『何ッッッ回言えばわかるの!?』
「おはよう、いい朝だな」
今日も今日とて、朝から騎士に叩き起こされる。
これはもう間違いじゃない。故意だ。作為的だ!
『活動時間は!?』
「夜から」
『わかってるじゃん……!!』
「すまない」
『行動も気持ちも伴ってない!』
怒りのせいで眠気が吹っ飛んでしまった。
ニコニコと笑う騎士が憎たらしくてしょうがない。
こんな掛け合いをするくらいには、騎士との付き合いが長くなった。
最初の頃はほとんど見せなかった笑顔も、今じゃ大安売りだ。
「ほら、朝活の時間だ」
『騎士に朝活なんて言葉を教えるんじゃなかった……』
軽率な自分の口に後悔しながら、愛しいタオルケットに別れを告げる。
そして振り返ると、すぐ傍に騎士が立っていた。
『え、なに?』
「騎士じゃない」
『?……ああ、なるほど』
じっと見つめてくる琥珀色の瞳が、欲しい言葉を催促してくる。
しかし、私はそれには決して応えない。
『いいから行くよ』
「フォルセだ」
『わかってるわかってる』
ここ最近、騎士は自身を名前で呼べと要求してくるようになった。
鬱陶しいことこの上ないが、安易に応えるわけにもいかない。
なぜかって?
(……悪魔との契約は名前の交換で成立することがあるからだよ!)
私は悪魔、騎士は人間。
悪魔契約で必要なのは、供物や生贄よりも“名”が重要。
それも人間の方の“名”があれば、十分に契約できちゃったりする。
(怖い……怖すぎる……)
おそらく、騎士はそのことをわかっててやっている。
悪魔契約の恐れを伝えた時も平然としていたから。……いや、むしろ残念そうな顔をしていた気がする。「私が気づかなければ、そのまま契約できていたのに」みたいな表情をしていた気が…………。
ブルルッと身震いをする。
「大丈夫か」
『大丈夫だよ』
元凶に心配されて複雑な気持ちになりつつも、私は騎士と共に朝活へ行った。
『……毎朝そんなに筋トレしてて疲れないの?』
揺れる視界で本のページをめくりながら、騎士に話しかける。
「別に、疲れない」
多少息を乱しながらも、騎士は平然と腕立て伏せする。
すると、急に騎士がペースを上げた。
『うわっ!ちょっと、本が読めない!」
「ははっ、すまない」
座っていた土台が上下に揺れ、読んでいた本を閉じる。
そして、暴れん坊な土台を軽く叩いた。
『吾輩の椅子のくせに、生意気な』
「これは失礼しました、閣下」
“悪魔”としての皮を被って騎士を脅してみるも、全く効かなかった。
まあ、中身がこんなのだとバレてしまっている今、威厳なんて取り戻せるはずもないか……。
『私のこと舐めやがって……』
「さあ、どうだろうな」
『キイィー!ムカつくー!』
(最初の頃は結構敬ってくれてたのに!)
口調も尊大にして、悪魔らしい悪魔を演じていた時はよかった。
騎士も一定の敬意を払ってくれたし、私の自尊心も満ち満ちていた。
だが、今はどうだ!
中身がポンコツだとバレてしまって、敬意のけの字もない!
挙句の果てには、からかわれる始末……。
そんな関係を居心地よく感じそうになっている自分に焦りも感じている。
(この人は元の場所に帰さないといけないのに……)
『……ねえ』
「なんだ」
腕立て伏せをやめることなく、騎士が返事をする。
『騎士団にもど———』
「らない」
『ですよねー……』
コンコン
『?』
珍しい。
朝から騎士の部屋に用がある人がいるとは。
さっと騎士の背から降り、ドアを開ける。
「タブラ様、フォルセ様、おはようございます」
『ああ』
「おはよう」
朝には似合わない黒子の姿に、何事だろうと疑問を抱く。
黒子の視線は私ではなく、騎士に向けられる。
「フォルセ様、例の者は無事処理いたしました」
「ああ、ご苦労」
「はい。では、失礼します」
報告を終え、黒子はさっと消えた。
どうやら騎士がまた活躍したらしい。
「そんなに睨むな」
『別に?私より有能だなとか思ってないし?仕事盗られたとか思ってないし?』
「全部口から出てる」
私の「消滅」する仕事は、しっかりとこなしている。
しかし、その他の侵入者等の処理は騎士の管轄になった。
精神的に楽にはなったが、仕事を盗られたような気がしていい気分じゃない。
『黒子さんたちからの人望も厚いようでよかったですねー』
「おいおい、拗ねるな」
さり気なく頭を撫でようとしてきた手を避ける。
『お触り厳禁!』
「これは手厳しい」
騎士は両手を顔の横にあげ、降参の意志を示した。
その様子を横目で睨みながら、ドキドキと逸る心臓を落ち着かせた。
(危なっ、油断も隙もない……!)
悪魔契約は、悪魔と同調することで成功率が上がる。
その同調には、同じ空間で過ごすことや身体的接触、精神的な交流などがある。
つまり、対象の悪魔と接触すればするほど契約できる確率が上がってしまう。
それを意図しているのか、騎士は頻繁に身体的接触を図ってくる。
加えて、好きな物を聞いてきて精神的にも接触してこようとしてくる。
(冷や冷やしてドキドキが止まらないよ……)
不安で胸を高鳴らせていた私は気づかなかった。
同じ空間で過ごすという同調が毎日遂行されていることも、腕立て伏せの重しになっている時に身体的接触を果たしていることも、騎士の思い通りに事が進んでいるということも……。




