21 炎の石と首輪
「そうだ。ボス」
「なんだい?」
ボスが用意していたご馳走を食べ終え、私はあることを思い出す。
「これ、見てもらえます?」
外套のポケットから、赤い石を取り出す。
光沢がなく、暗い光を放つ石。
これを見ていると、なんだか内にある激情が呼び起されるような感覚がする。
「…………これはどこで?」
石を見たボスは目を細めた。
この反応…………きっとボスは何かを知っている。
「カルメンで拾ってきました」
ボスが感情の読めない笑顔で私を見た。
嘘は言っていない。
実際は、あの姫様との戦闘中に手に入れたものだが。
彼女の炎を「消滅」していたら、手のひらにこの石が出来上がっていた。
(「消滅」の力で消せない石……)
なぜか、この石は私にとって救いになる気がしているのだ。
じっと石を見つめていると、ボスがテーブルを指で叩いた。
そちらへ目を向けると、笑顔の消えたボスがいた。
「レテ、君はその力から解放されたい?」
「…………!」
その力とは、おそらく私の「消滅」の力のことだろう。
近くに置かれていたナプキンを手に取り、力を込める。
サラサラと粒子になって消えていく、かつてはナプキンだったもの。
力を込めれば、こんなにも簡単にすべてを消し去ってしまえる力。
この力から解放されたいか、だなんて。
「解放されたいです」
カラになった手を握りしめる。
こんな力からも、『イドラのサーカス』からも解放されたい。
「そっか、でも残念」
ボスの手が、握りしめている私の手をそっと包む。
蛇のように絡みつくその手を、私は振り払えなかった。
「君は逃げられない」
その力からも、この場所からも、僕からも————。
ボスのその言葉で、初めてこの人に会った時のことを思い出した。
初めて会った時のボスは、ここまで温和な雰囲気ではなかった。
裏社会の人間に相応しい、冷酷な瞳と無感情な顔。
そんなボスは、当初私を抹殺しようとしていた。
しかし、この「消滅」の力が判明し、この人とある契約を交わした。
“生涯この力は、『イドラのサーカス』に捧げる”
この契約で、私は『イドラのサーカス』に…………ボスに縛られている。
でも、この力さえなくなれば。
「ボス、質問に答えてください」
絡みついてきた手から逃れ、その手で石を指す。
微笑むボスの心中はわからない。
そしてこれからも、わからないままでいい。
「それは炎の力が込められた石だね」
「!」
想定通りの答えだったが、やはり驚きを隠せない。
この世界には多様な魔道具があっても、魔石のようなものはほぼ存在しないからだ。この世界の人間には魔力がある。ただ、普通の人に属性はない。炎の力をもつラヴァ一族のような存在は例外的であるため、炎という属性がこめられた石は幻のような存在。
「どうやら君は川からよばれているらしい」
「え、何か言いました?」
確かに何か言った気がするんだけどな……。
そんな疑念も、次のボスの言葉で吹っ飛んだ。
「いや、この石に炎の川が見えるなぁって」
「炎の川!?」
炎の川 プレゲトーン。
それこそが私がカルメンで探していたもの。
まさか、この石が……?
「騎士殿の首輪も、多少緩くなるかもね」
「いってきます!」
テーブルに置いていた石をかっさらい、駆けだした。
バンッ
「騎士!…………あれ?」
地下にある騎士の部屋を蹴破ると、そこには何もなかった。
テーブルも、机も、ベッドもない。
物がすべてなくなっているのだ。
「部屋、まちがえた?」
ひとまず通路に出るが、明らかに騎士の部屋はここだ。
隣の部屋は物置だし、あの部屋は空き部屋だ。
キョロキョロと周囲を観察した後、騎士の部屋の前に立つ。
何もない騎士の部屋を眺めていると、ふと嫌な想像が浮かんだ。
カルメンでは、騎士と同じ部屋で過ごした。
長時間離れていると、騎士の首輪が電撃を放つからだ。
「…………まさか」
「騎士ぃいいいいーーーー!!!」
「ああ、お帰り」
私の叫びを受け止めた騎士は、優雅に椅子に座って本を読んでいた。
ダークレッドの壁紙に、黒を基調としていた家具たち。
実に落ち着いた部屋だが、とても見覚えのある構造をしていた。
「なッんで私の隣にいるの!?」
そう、この騎士、私の隣に引っ越ししていたのだ。
なんの断りもなく、無断で。
「俺たちは一心同体だろう」
「………その首輪を外すまでは、不本意ながら」
笑いかけてくる騎士の手には、「悪魔を屈服させる百の方法」というタイトルの本があった。
(首輪をなんとかしたら、絶対に縁を切る)
そもそも首輪のことだって、騎士が大人しくここを去っていれば起きなかった事件だ。
あの時、何事もなくスティクスに引き渡せていれば、騎士もこうして苦しむことがなかったろうに。
「そろそろ私との契約は諦めてくれない?」
「断る」
「そうですか……」
交渉失敗。
世間話もそこそこに、私は例の石を取り出した。
「ちょっと屈んで」
「?」
不思議そうに頭を下げた騎士にすっと近寄る。
吐息を耳で感じながら、私は石を騎士の首にあてた。
スゥーーー
「!」
すると、首輪が光りながら石を吸収した。
予想はしていたが、超常現象を目の当たりにするとびっくりしてしまう。
(ほんとにこれであってたのか……)
首輪の浮かぶ“炎”という文字が、赤く光っている。
ただ、隣にある“嘆き”は一切光っていない。
どうやら私は、“嘆き”の力を宿した石をこの首輪に吸収させなければならないようだ。
(……いや、“嘆き”の力って何?)
炎をわかるけど、嘆きって何。
感情を宿した石を探せってこと?
ウンウンと騎士の首元で悩むレテは、目の前の男が捕食者の目をしていたことに気づかなかった。
「……いつか、アンタの全てがほしい」
騎士の独白が、彼女の耳に届くことはなかった。




