20 外れた仮面
闇が深まった頃。
『イドラのサーカス』では通常通りの営業が行われていた。
そして、あるVIPすらも入れない特別な部屋で鼻歌を歌っている者がいた。
「ふふ~ん」
私は、手鏡で自分の顔を眺める。
うん、横から見ても、下から見ても、正面で見ても————。
「何とも言えない平凡顔」
ガクッと肩を落とし、手鏡をテーブルに置いた。
正直、期待していたのだ。
ずっとあの狂ったお面をつけていたのだから、顔面になにかしらのボーナスがあってもいいだろうって。でも甘かった……。カルメンから帰ってきて、ウッキウキで鏡を見たらこの顔だ。
「造形を変えろとは言わない。せめて目の色とか変わっててもよくない?オッドアイとか憧れに憧れてるんだけど」
机に突っ伏して、ブツブツと文句を垂れ流す。
しかし、その文句の宛先はない。
私は別に誰かに召喚されたわけでも、神に送られてきた使者でもない。
恨み言をぶつけられる相手がいないのだ。
鬱々としていると、廊下から荒々しい足音が聞こえてきた。
そして、その足音は明らかにこちらに向かっている。
バンッ
「おいコラこのクソピエロぉおおおーーー!!!」
「うわっ、びっくりした……」
ドアを蹴破るなって教わらなかったのだろうか。
まったく、マナーがなっていないな。
「あの魔道具はどうしやがった!!」
凄まじい剣幕のオクトに、とうとうアレがバレてしまったことを悟る。
あの変身用魔道具のことだ。
あれを他人に渡したことを怒っているのだろう。
「うん?人にあげた」
「あれは貸しただけっつっただろうがッ!」
「でも、その人お金が必要で……」
「あれ売ったら子々孫々豪遊して生きてけるわ!!」
「え、あれそんなにすごい物だった?」
「馬鹿がッ!!」
どうしよう、どんてもないことが判明してしまった。
そんな超貴重品だったら、換金できないじゃん!
天文学的な数字で取引してる、それこそ『イドラのサーカス』みたいな裏の場所じゃないと売れないじゃん!
「ちょっと行ってくる」
「オイ待てコラ」
「ちょっ、くるしいっ!」
後ろから羽交い絞めにされ、身動きが取れなくなる。
放せ!早くお金がなくて震えてるであろうアッシュの元に行かなくては!
「もうあの騎士が手を打ったから、お前は無用の長物だ」
「え、酷い。「行かなくていい」でいいじゃん。なんでわざわざ無用の長物って言った?」
「事実だろ」
「無情だ……」
なんか無駄にメンタルが傷ついたが、彼のことは騎士が何とかしてくれたようだ。でも、あの二人はどこか相性が悪そうだったけど…………大丈夫だったのだろうか?
「あ、そうだ。ボスがお前を呼んでたんだった」
そう呟いたオクトは私を羽交い絞めしたまま、ズルズルと歩き出した。
足ッ、足が地面に擦れてる!
「ちょっ!自分で歩けるって!」
「黙れ、これはお前への罰だ」
「うわあああっ!足が消しゴムみたいに削れるッ!」
摩擦の痛みになんとか堪え、やっとボスの部屋に辿りついた。
「おめでとう。やっと仮面が外れたんだね」
「ありがとうございます?」
ボスの部屋は、なぜか誰の誕生日並みに飾り付けられていた。
ケーキもご馳走もあるんだけど。
もしかして私が知らないだけで、今日って誰かの誕生日?
「さあ、レテのために用意したんだよ」
「あ、これ私の」
どうやら私はこれから祝われるらしい。
…………え、何を?
「さ、座って」
「ああ、どうも———って、え?」
用意されていたイスに座ると、隣にボスが座った。
急な近さに目を白黒させる。
「甘いもの好きだよね。あと、チキン料理も用意したよ」
「あ、ありがとうございます……」
(なんでチキンが好きなの知ってるんだろ……)
甘いものは確かに大々的に食べていたから、知られていても不思議じゃない。
けど、チキン料理はここで一切口にしていないし、言及もしてないのに……。
ニコニコと真横から顔をガン見され、冷や汗が背中を伝う。
…………やっぱり、ボスはちょっと苦手だ。
「声も可愛いね」
「え、どういう意味ですか?」
謎の発言に一気に意識がもっていかれる。
ボスちょっと怖いとか思ってる場合じゃない。
「うん?今まではあの仮面でレテの声がくぐもっていただろう?」
「え?」
自分の喉に手を当て、「あー」と声を出す。
…………出ない。あの変声器を使ったみたいな低い声が出ていない。
「い、いつから!?」
「きっと、仮面が外れた時からだろうね」
一生あの声で生きていくと思っていたから不思議な感覚だ。
そういえば、私ってこんな声してたのか。
「あのお面には不思議が詰まってたのか……」
すると、急に不安が押し寄せてきた。
今まではお面で顔を隠し、変声器のような偽りの声で過ごしてきた。
それなのに、これから素の自分の姿で生きろなんていわれても覚悟できてないよ!
「あ、あのー」
「どうしたの?」
「…………そんなに見ないでもらえますか」
「どうして?」
「いや、それは……」
もごもご言っていると、ボスがクスリと笑った。
「わかった。今日はこれくらいにしておくよ」
(今日は?)
不穏な言葉に眉をひそめたが、横から送られていた強い視線はなくなった。
少し安心した私は、なんとか目の前の料理に手をつけた。
とてもおしかったのだが、時々向けられるボスの視線のせいで味はもう覚えていない。




