第41話 その声は届かない。
ソーマを横抱きにしたバーントを先頭に、
アルテナ、シアン、ブラウ、マルゼダの四名が村に到着し、
ソーマは空いている家の一室に寝かされることになった。
空いている家の持ち主が、
黒い魔物の犠牲になった村人の一人だったからだ。
その家に皆を残したバーントが、
村長を始め、村の人々への報告を行なった。
村では魔物討伐の喜びと、
村人が数人も犠牲になった悲しみに包まれることになった。
比較的若い男手が減ったことでの、今後の不安にもまた包まれていた。
*
「ソーマさん……まだ眠ったままですね……」
「そうね……」
シアンの心配に、アルテナは同調した。
気を失ってから今まで、未だに目を覚まさないソーマ。
規則正しく呼吸をしているから、
生きていることは確かであった。
アルテナは、シアンが寝台のそばでソーマの様子を見ているため、
巣のそばで回収した荷物の中身を確認することにした。
―― !?
「まさかっ!? 」
「あ、アルテナさんっ!? まさか寝込みを――!? 」
掛け布を剥がし、ソーマの胸鎧や衣服に手を掛けたアルテナに、
シアンは両手で顔を覆いながら、顔を赤くして指の間から見ていた。
「……、……気のせいかしら? 」
「……? ど、どうしたんですか? 」
「いえ、思ってたより食べ物が減ってなかったから……」
見る限り、やせ細っているわけでも、
浮腫で膨らんでいるわけでもない彼のお腹に、アルテナは首を傾げていた。
(まぁ、水袋の水はしっかり飲んでるみたいだし、
あまりお腹空いてなかっただけなのかしら? )
そう考えて、アルテナはソーマの衣服や掛け布を正していた。
「……いいかげんに起きなさいよね。」
肩にまで掛け布をのばした時に近くなった彼の寝顔に、
アルテナは、ぽつりと囁いた。
*
別室では、ブラウ、マルゼダ、バーントの三名が、
向かい合って机を囲んで椅子に座っていた。
机の上には、果実酒と杯が人数分。
果実酒は村からの好意で受け取ったものだった。
もとの持主の物を使用するのは最低限に留めているが、
どれも新品に近い綺麗さには、鎮魂を祈るしかなかった三人であった。
「……まさか、卵の密輸を行っていたとは……」
「知らないことだったとはいえ、なんと謝れば良いか……」
ぽつりと呟いたブラウに、バーントは痛々しくうつむいていた。
村からの依頼で魔物の討伐に乗り出したバーントたちだったが、
魔物が不在だったため、巣と卵の破壊で一度引きあげたわけなのだが、
その際に卵を一個、冒険者仲間たちが持ち帰った。
村への現状報告代わりに、と――
それを了承したバーントだが、密輸しようとしていたとは知らず、
それを知ったマルゼダが、冒険者仲間たちを始末した――
巣を壊され、卵を壊されたうえ、一個は奪われた大鷲の魔物が、
カバンと卵と見間違えてソーマごと巣へと運び込み、
ブラウ達がソーマを助けるために後を追いかけていた――
果実酒を酌み交わしながら三人は情報の共有を行い、
三人ともに一連の流れが理解できたようであった。
だからこそ、バーントは苦しい思いをしていた。
仲間の性根を知りもせず、依頼を全うしているつもりになって、
組んだ冒険者仲間は皆死んで、借りだした村人たちも死なせてしまい、
ソーマに、涙で潤んだ目で暗に責められたことになったからだ。
―― 『みんな』が死んだのはお前のせいだ、と。
「まぁ『知らぬ後悔より知る後悔』って言葉もあるし、
お前さんは知らねぇで、知ってた連中はもう責任も取れないしな。」
「……」
「わかってるよ、手を下したのはオレだ。お前さんじゃない。」
バーントの無言の視線に、マルゼダは飲み干した杯に酒を注いだ。
「それよりもだ、ブラウさん。彼のことだが……」
「あぁ、明日にでも村から連れ出さないと。」
マルゼダは話を変え、ブラウは一口飲んで、それに合わせた。
「まだ目は覚ましていないのだろう? 」
「……」
「だからだよ、バーント君。」
バーントの疑問に、マルゼダは苦い表情になり、
ブラウが代わりに答えた。
「どういうことです? 」
「この村じゃなく、街の医師に診せた方が良いからね。
それに、いつまでもこの家を借りるわけにもいかないしね。」
バーントに説明しながら、ブラウは村の様子を危惧していた。
ブラウは、村に辿り着いた時の村人たちの視線が、
ソーマの髪に向いていたのに気づいていた。
彼を過剰に警戒する素振りをしていたのに疑問を抱いていたが、
情報を共有して、その理由に納得していた。
村では黒い魔物の『子ども』の話で持ちきりだったから。
そして、髪の黒い『彼』を見てしまったからだ。
今でこそ、魔物の討伐の報告と犠牲になった村人への弔いとで
村人たちは遠巻きになっている。
しかし、このまま村に居続けた場合、
村人たちが彼に対して、どういう行動に出るかわからなかった。
危険な行動に出る者がいないとは限らないのだから。
「けど、彼はその……宿を借りるのにも、苦労しているそうだからね……」
ブラウは困った表情で、言葉を選んでいた。
ソーマが過去、他の街で複数の宿屋から利用拒否されていたのを、
本人の口から聞いてブラウは知っていた。
ホルマの街の連中でさえ、彼を見た当初は警戒していたし、
これから向かうであろう街でも同様のことが起きると懸念していた。
マルゼダはブラウの口ぶりに、言いたい事を理解をした。
マルゼダはあの二人が、
ドーマの宿屋から追い出されるのを見知っていたからだ。
あの後、ドーマの街の宿屋連中がどうなったかというと、
以前に比べて売り上げが落ち込み、いくつかは廃業したそうだ。
彼らを泊めた宿屋は逆に噂が広がり、以前より繁盛しているそうだった。
マルゼダがそれを思い出した時、
バーントがこう進言した。
「……ノースァーマの街なら、医師も宿にも融通を利かせられるかもしれない。」
かくして一夜明けて翌朝に、
荷車を借りてノースァーマの街へ行くことにした。
アルテナやシアンにもその旨を伝え、二人ともそれに頷いた。
シアンはともかく、アルテナは察しがついていたのかもしれなかった。
*
夜、皆が寝静まった頃、
バーントは未だに眠り続けているソーマのそばに立っていた。
「……、……、……」
穏やかに寝ている彼の、頬についた傷を見ていた。
魔物に連れ去られる前にはついていなかったという傷、
獣や枝では付くことのない、斬られたような一本傷。
村人の放った矢でついた かすり傷は、もう塞がってはいるが、
今しばらくは痕として残るだろう。と、予想できた。
この傷も、もとを辿ればバーント達の行動の結果になる。
(例え違うと言われても、そう考えてしまう。)
それほどまでに、バーントは悔いていた。
恐る恐る頬へと手をのばし、
そっと触れるか触れないか程度に、
そして、彼の頬に手のひらが触れる。
柔らかな頬、傷の違和感。
彼の涙が今も目に焼き付いている。
そして
「……、……すまない……」
バーントは、水滴がぽつりと落ちるように呟いた。
それを聞くものは誰もいなかった。




